梅の花の精ー飛梅
教会にはいると、梅の花の精霊からのSOS。敦神父とあわてて向かう飛鳥ちゃんですが・・
飛鳥ちゃん目線の話しです。
教会に花の配達で玄関を開けると、シュっと何か小さなものが、私の肩の上にのった。
<助けてください。お願いします>
”飛鳥ちゃん、ご苦労さん、花はお御堂だけでいいから”
のん気な敦神父の声が事務室から聞こえてきた。適当に返事しながら、小さな何かを手の上に乗せた。
「あら、玄関に飾ってる梅の花の精霊ね。香がする。で、何かあったの?」
手のひらの精霊は、平安時代の男性の装束のようだけど、何せ小さい。本体の梅の花を見ると小さな桃色の花が一輪だけ咲いていた。
<我を飾ってくれた主様が、大変なのです。助けてください>
当たり前だけど、この子に”主様”とやらの名前や住所を聞いてもわからないだろう。
「ここにあなたを飾った人を探せばいいのね。じゃ、梅ちゃんは、私の肩の上に載ってちょうだい。
精霊は”梅ちゃん”という名前には、不満そうだったけど、時間がない。私は、まず持ってきた花を素早く水切りして、バケツにいれる。活けるのは後回しにする。
玄関の花を飾ったのは当然、信者さんの人だろう。事務室の敦神父に聞いてみた。
「ああこの花は、石井さんという信者さんが持ってきました。体の弱い人のようでね。なかなか教会にも来れないようです。私も赴任してから、話したのは、それが初めてでしたから。一人で暮らしの年配の女性なので少し気にかかってます。今度、訪ねていこうと思ってます。」
「その今度は、これからって事にしましょう」
ヘ?って顔をする神父さんを引っ張って、石井さんの家へ向かった。市内とはいえ、迷いながら。
郊外の中古の一軒家。ドアベルを鳴らすが反応がない。今日の分の朝刊がまだ状差しにささったままだ。鍵はかかってない。
私は、そっとドアを開けた。TVの音に交じって、うめき声が聞こえる。肩にいた梅ちゃん(梅の精)がとっとこと中に入って、”やっぱり倒れたままです”と血相かえて走って来た。
「神父さん、石井さん、中で倒れてるって。」
「え?誰がそう言ってるの?」
「だから、梅ちゃん、梅の精よ」
居間に入ると、電話の前で石井さんとおぼしき老婦人が倒れていた。うんうん唸ってる。ウワっ大変。
「神父さん、はやく救急車よんで!えっと私は、何をすればいいかしら?背中をさする?」
とりあえず、ソファにあった毛布のようなものを、石井さんにかけ、声をかけ元気ずけた。
救急車には、神父さんが付き添って行った。梅ちゃんも石井さんと一緒。
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「そうですか、そんな事があったんですか。帰りが遅いから、敦兄さんに雑用を押し付けられたのかと思ってましたが」
石井さん宅を、とりあえず火の始末と、電気だけ消して、教会にもどり花を活け、店に戻った。もう夕方になってしまった。店長に連絡するのを、すっかり忘れたので、今頃の報告になった。
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翌日、敦神父さんから、その後を教えてもらった。なんでも心臓の発作で、あのままだと命を落とすところだったとか。
「息子さんには連絡しましたが、海外赴任中だそうで、すぐには帰ってこれないようです。ご主人さんはもう亡くなられてるし、親類縁者も本州に住んでいて連絡してもやはりすぐには来られないようなのです。結局、入院などの手続きは私と信徒会長と後、町内会長さんにも協力してもらいました。」
”今の個人情報流出になるだろ”って、店長のツッコミは敦神父は、”そうなんですか?”ととぼけた、いや知っていてとぼけてるな、あれは。
「そうそう、梅子さんによろしくって。お礼を何度も言われました」
「はぁ梅子って誰?もしかして私?なんで」
なんでも梅の香りがするお嬢さんに、励まされたって感激してたとの事。
梅の香りって、あの時、梅の精がいたからね。そういえば、あの子どうしたかしら。小さいくせにだいぶ頑張ってたから。
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店の仕事を抜けて、石井さんのお見舞いに行った。病室のドアは、開け放たれてた。今はどこもそうらしい。
「こんにちは、石井さん。お加減はいかがでしょうか?」
「まあまあ、このたびは本当にありがとうございます。あの時はお仕事中だったそうで、申し訳なかったです。」
石井さんは、ベッドに座ってるものの怠そうにしてるので、すぐに横になってもらった。”敦神父さんが石井さんを訪ねた所に、ちょうど宅配中の私がいた。二人で石井さん宅の異変を察知した”という事にしてある。
病室にはベッドの傍らに梅ちゃんが座っていた。
<ちょうどよいところに。私はもう天に帰る時が来ました。此度は主様を助けていただき、本当にありがとうございます。それから、私の事は、飛梅と呼んでほしかったです>
照れくさそうに笑うと、梅ちゃんこと飛梅は、姿が薄くなり消えた。
「あのね、私、寝てるというか意識がないとき、夢の中でとてもステキな場所にいたんですよ。祖母の実家筋の里にそっくりで、梅の花が満開でした。そこでかわいい男の子に出会って、ずっと話してました。中身は忘れましたけどね。目が覚めても幸せな気分が残ってます。不思議でしょ。あそこがあの世ってところかしらね」
返答に困ったので笑ってごまかした。多分、梅ちゃん・・じゃない飛梅がみせた幻覚か、飛梅君が石井さんの脳内に残る記憶を思い出させたかしたのかもしれない。
店に帰ってから、私は少し考えてしまった。よく少子高齢化が問題になるけど、石井さんの場合、伴侶はなくしたけれど、息子さんはいる。でも一人暮らし。もし梅ちゃんの知らせがなければ、あのまま亡くなっていた。いわゆる孤独死っていうのになったかも。
少しだけ難しいことを考えたせいで、作業の手が止まってたみたいだ。店長に注意を受けた。
「飛鳥ちゃん、考える事も必要ですが、花ばさみを持っているときは、作業に集中して下さい。刃物なんですからね。」
うっかり指切りました・・・なんて冗談じゃないですよね。すみません店長。私は謝って、作業を再開した。
「仕事熱心の飛鳥ちゃんが、仕事をサボってるのは、何か難しい事を考えてる時か、おなかがすいてるとき。石井さんの事は、敦兄さんにまかせていいと思いますよ。」
私は午前中に起きられない体質、それを承知で結婚してくれる奇特な男子は現れない可能性大だ。両親も親類も天に召され、ポッチのばあちゃんになった自分の姿が、さっきチラっと頭に浮かんだ。だから、石井さんの事が頭から離れなかったんだ。どうすればよかったんだろう?どうしたらいいだろうって。
「すみませんでした。店長。仕事、終わったらゆっくり考えてみます」
「そうですね。ただもしかして、考えてもどうしようもない事かもしれません。社会の中での家族の在り方が変わってますからね。それよりも、バレンタインのために店内をデコレイトするんじゃなかったですか?」
そうだ、まずい明日じゃん。ブログはそれっぽいのをアップしたけど、店内のアレンジ間に合わないよ。
”ただいま”と俊の声が聞こえた。強制的に手伝わせよう。
老後の心配より今日の仕事なんだよね。誰でもそうかもしれないけど。
水曜日か木曜日の午前1時~2時に更新します。
* 飛梅・・・菅原道真が九州に左遷になった時、庭の梅の木が追いかけていったという逸話があります。他の木で、桜は主人がいなくなる寂しさで悲しくて枯れてしまい、松は大阪あたりで力つきたとか。
その逸話からか、梅の花言葉には忠誠心というのがあります。




