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カラーのコート・水仙の盃

貧乏な三条協会から花の注文が続いた。不信に思いながら淳一が教会へ行くと、信じられないものがいた。

 三条教会の敦神父から、又、花の注文がはいった。


 クリスマスもすぎ、教会は光熱費の節減のためにと、ホール・お御堂は温度を低くしてるそうだ。だから、切り花も割に長く持つはずなんだ。なのに1週間もたたないうちの今回の注文だ。それに去年の今頃は、節約のため切り花ではなく鉢花を飾っていたはず。花を取りながら、少し不思議に感じた。


 今回も前と同じく、白とピンクを基調にした花数の多い花束なんだ。もちろん教会で結婚式もお祝い事があるわけじゃないそうだ。


「店長、これでいいですか?白の薔薇、カラー、ラナンキュラス、水仙、ピンクのストック、カーネーションです。後、こぶりで、売れ残りそうな店の花もつけたしたんっすけど...」


 カスミソウにグリーン物もいれた超豪華版。大丈夫か、敦神父さん?この2度の注文で、花代は1万を軽くこえたぞ。


「教会に入ってビックリするかもしれないけど、よろしく、淳一君。ホントは私が行った方が速いんですけどね。兄は、”無理やりは気が進みません”と断られてね。まあそういう事だから。」


”まあ、そういう事”って、店長もっとはっきり言ってくれよ。これってもしかして幽霊関係かも。


 店長には先入観がないほうがいいですからとかなんとか言われて、ごまかされ俺は外にでた。。



 教会に入って、さすがの俺もビックリ。店長がハッキリ言わないはずだ。


 紙のような薄っぺらいものが、猛スピードで教会を、飛び回ってる。意味のない叫び声付きでだ。で、教会の中はその飛行体のせいなにか、かなり寒かった。どこも出入り自由。幽霊だし。だけど、俺の体を突き抜けてった時には、さすがにビックリした。通った後、寒くなって同時にお腹が空いた気分になった。おかしい、さっき昼を食べたばかりだが。


 敦神父が、ホっとした顔で事務室からでて来た。


「ああ、淳一君。すぐ花をお御堂の花瓶に活けて置いて下さい」


「了解です。で、教会を飛びまわってるものなんですけど?」


「彼女ね、うん、大丈夫。花が来たし静かになるから。」


 訳わかんねーよ。っていうか、放っておくのか、あれを。一応、女子のようだけど。悪霊の類だったら、神父として放置しておくのは、まずいんじゃないか。


 話しかけようとした時、ちょうど携帯がなって、神父はあわてて事務室に戻って行った。


************ ****** *****


 まず、お御堂に行き、活けてあった花をチェック。そのダメージのひどさに驚いた。なんだこれ。まるで夏の炎天下の日に窓の側においた。そんな痛み具合だ。1週間たってないのに、冬で寒い部屋でこうはならないよな。


<空飛ぶ魂に、皆、力を与えるんで、すぐ天に還ってしまう。ワシもそろそろ旅立ちの時なんじゃけどな。>


 玄関に飾ってある菊の花の精霊が声をかけてきた。じいさん、教えてくれ。神父は花の精霊が視えないし、あの調子じゃ幽霊に話しを聴けてないだろう。


<どのくらい前だったかの。あるとき、この教会に入り込んできたんじゃ。お御堂のスミでうずくまってる時もある。裸の女性なんじゃが、寒いのがつらかったらしい。カラーの精霊が、かわいそうに思って、自分の力を全部使って、体をくるみ温めてたんだが。ほら、ワシらは、力を出し尽くすと、すぐ天に還る事になるから。>


 カラーか。前回は店長の作った花束にカラーが入ってたんだな。俺も3輪入れて来た。店長得意の強制送還コースを、敦神父が止めたのかかもしれない。彼女が、何を叫んでるのかわからないが、苦しそうだというのはわかる。とっとと送ってもいいんじゃないか?


 

 手早く活けてお御堂に飾ると、花の精霊達が飛び回る幽霊を花の前にひっぱって来た。女性の幽霊で本当に裸だった。年齢はわからない。シワシワ、骨と皮の干からびた外見。


<じろじろ見るの、失礼よ>

<まず、体を温めましょう。震えてるし。>

 精霊達が、いろいろ話してる。


<私にまかせて>


 カラーの精霊は言うとすぐに、幽霊の体は白いコートで、頭から薄黄色のベールがかぶさった。


<彼女の事、よろしくお願いします>


 口早に言うカラーの精霊に、俺は深々と頭を下げた。残された自分の時間を、即、使い切るなんて漢らしい。カラーの精霊は天へ帰って行った。


 残った精霊は、それぞれ幽霊に慰めの言葉をかけている。それで、少し彼女は落ち着いてきたようだ。


 敦神父がやってきて、静かに声をかけた。


「少しか落ち着きましたか?ここでユックリ休んで下さいね」


 彼女は、神父の言葉は聞いてないようだった。だいたい、幽霊は独りよがりで、周りが見えない事が多いが、花の精霊の言葉は通じるようだ。ただ”一緒に天に帰りましょう”と話しかけられても、彼女は首を横に振るだけだった。


 静かにしてる時間は、わずかだったかもしれない。彼女は精霊の腕をすり抜け、叫びながら飛び回りはじめた。精霊に頼んで、強制的に元の場所に座らせた。俺の身がもたねえし、可哀想で見てられない。


「離して!アイツが私を殺しにくる。助けて。離して。」


「あなたに害を与えるようなものは、ここには入ってこれません。大丈夫。」


 敦神父は、そう言いながら、奥の部屋から香炉を取り出し、炭の上に香をおいた。いい香りがお御堂の中に広がる。線香のニオイじゃない。花の香りでもない。どこか木の香りっぽい。その香りのおかげか、彼女はやっとおとなしくなった。


「大声を出すのは構いませんが、理由を教えてくれますか?」


「大声をだしてないと、頭の中にアイツが入り込むんだ。そして、”殺せ”って命令してくる。声が響いて頭が痛くなる」


 よくわからないけど、それって幻聴とかだな。それにしても死んで頭が痛くなるのは、ありか?肉体がないんだぜ。


「ツライ思いをしたんですね。でも、あなたは死んでるんです。もうあなたに害を与える者はいません。」今度はちゃんと話しを聞いてるようだ。


<寒かったのでしょう?>

<お腹もすいてたでしょ?>

<あなたの言ってる”アイツ”は、もういないのよ>


 一応、精霊の言葉を敦神父に伝えた。大した情報ではないけれど。


「誰も信じてくれなかった。アイツの事。お腹がすいて叫んでも、誰も来てくれなかった。寒いと言っても。。。」


「誰も気づいてくれなかったって?」


「無視されたんだ。きっと、そうに違いない」


 誰に無視されたのか、聞きだす前に幽霊は体を丸めて、泣き出した。また、空中をハイスピードで飛びはじめるかもしれない。


 敦神父が、何か銀のスプーンのようなものを振った。水がでてきて、こっちにまでかかった。


 何をするんだ。この真冬に冷たいっつうの。ただ、花の精霊たちは、水がかかると嬉しそうにしてた。まあ、植物だしな。


 水仙の精霊が前に出てきて、彼女に小さな黄色のカップを差し出した。


<これを飲んで。楽になると思うから>


 水仙の精霊は、見た目が小さな女の子だった。その子に驚いたのか、彼女は泣き止み、精霊の差し出したのを見、恐る恐る見つめてる。


 あれって中身はなんだろう?精霊が渡したのだから、花の蜜かなと思えたが。


 なんにもわかってない敦神父に、状況を説明した。神父には、ジェスチャーのように何かを飲んでるようには視えたそうだ。


「あの中身は聖水かもしれません。花達にもタップリかけましたから」


 そこで俺は合点がいった。カップに見えたのは”水仙の金の盃”ってやつだ。そこまで花の精霊につくしてもらって、その聖水とやらは、効目があるのか?飲むと暖かくなるとか、気分が落ち着くとか。



 俺の予想はオオハズレだった。


 水仙の金の盃で、聖水を飲んだ彼女は、いつのまにか精霊と同じような年恰好の女の子になっていた。若くなったというか、幼児に戻ったというべきか。


「ねえ、ここどこ?アユ、早く家に帰らないと、母さんに叩かれちゃう。」

<アユちゃんっていうんだ。私、”家”までの道を知ってるから、一緒に逝きましょう>


 彼女は、アユちゃん。子供に戻ったようだ。そのほうが彼女にとってはいいかもしれない。


 

<お兄ちゃん、そこのおじさんに、香炉を大きく振るように言ってくれる?>


 水仙の精霊が俺に伝言してきた。よく意味は、わからないけど神父にそのまま伝える。


「なるほど、香炉の煙と風にのって逝くつもりなんだ」


 香炉には金色の鎖がついていて、振る事が出来るようになってる。そこで、俺はバランスを崩さない程度に持ち上げた。俺が手を離すと香炉は振り子のように揺れ、香つきのささやかな風が、おきた。


 そこからは、アっと言う間だった。水仙の精霊と仲良く手を繋ぎ、他の花の精霊達と、フっと窓から出て行って消えた。


「私は、出来る事なら彼女の身の上を聴きたかったんです。慰めて、納得した上で天にかえしたかった。時間をかければ出来ると思った。現にお御堂で休む時間がふえて落ち着いてきた。思い出すほうが本人が納得する道だと思ったので。」


 敦神父は、そう考えたが、亘・元神父は違ったのだろう。


 幽霊の名前はアユちゃん、遅くなると母親に叩かれる、”叱られる”じゃないんだ。思い出さないほうがいいと判断した花の精霊が神対応じゃないかな。


 ********* **********

店に戻り、店長に教会での事を報告した。


「店長、人って死んでからも苦しむもんなんでしょうか」


「わからないよ、死んだことないし。件のアユちゃんは、おそらく長い間、苦しんできたんでしょう。魂がそれを覚えてしまった。無視されたと言ってたんでしょう?恨みもあったんでしょう。天に戻ったからもう安心です。」


 その夜、敦神父と店長が、随分と論戦していたと、後で俊に教えてもらった。


 





 


 


 

木曜日か金曜日の夜、午前1時~2時に更新します。

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