オンシジウムと悟
正月に実家に帰った悟は、すぐ戻ってきました。父親と何かあったようです。
正月は、商店街の話しあいから、4日から営業という事になった。営業してる店はウチを含めて半分ってとこか。それも仕方ない。雪と風で開店しても休業状態だ。ヘタにシャッターをあけると、風がドアを壊しそうだ。
昨夜、悟が遅く店に帰って来た。父親と喧嘩でもしたのだろうか。頬に殴られた跡があった。”もう一度大学進学問題を父親と話し合ってくる”と、実家に帰ったのけど、やはり喧嘩になってしまったのか。悟はまだ寝てる。微熱も出てる。
休日はもちろん、外が大吹雪でも店内の切り花・鉢物の手入れと世話はかかせない。花卉市場は来週からなので、仕入れがないぶん今週は楽だ。
切り花の水を取り替え、いつもより低めに室温を設定。花をプチ休眠状態にした。そこへ悟がボーっとした顔で起きて来た。
”店長、僕やります”と、作業エプロンをつけた。防水を考えたビニール製のものだけど、悟、それ裏返だ。気が付いてない・・・まだ熱が少しあるのかも。
「店長、昨夜は遅くにすみませんでした。」
「いや、大丈夫。それよりまだ熱があるようだから、寝てなさい。だいぶ強く殴られたようだし。」
彼は頭を下げると、オンシジウムの精霊が一緒に頭を下げる。花の色と同じ赤いドレス姿。見た目は高校生くらいに見える。悟は、年末に正月用の花を自分で選んで買っていった。見ると正月というより、”何か意図があるのか?”という花束になっていた。
「オンシジウムだけ持って帰ってきたんだ。」
彼はアレンジの仕事はしないけれど、結構センスがいい。少なくても基本さえ教えれば、飛鳥ちゃんをすぐ追い抜くだろう。でも、オンシジウムだけ花束から抜いてくるのは、解せない。
<すみません、私のせいなんです>
「僕は大丈夫だから、気にしないで。あのまま君を置いていくのは、ちょっと不安だったからね。いろんな面で。」
「話しが見えないけど、どうかしたの?」
「いえ、なんでもないんです。昨夜、ウチの父親、酒に酔って 又、説教が始まったって、もう酔っ払い相手に言い返すのも面倒なんで、黙ってたんです。そうしたらオンシジウムのほうがキレちゃって・・」
仕事がひと段落ついたので、小休止する事にした。
「居間のほうに戻ろう。ここは寒いし。」
居間で、甘酒をわかして悟にだした。彼は年末から試験のためのラストスパートで夜遅くまで勉強してる。福祉関係の資格をとるため大学へ行くそうだが、父親はまだ、経済学部→銀行 の進路路線にこだわってるのだろうか。
「オンシジウムが殊勝に頭を下げるなんて、だいたいお前がキレて怒った所でどうしようもないだろう。」
身を縮こませ、星座してるオンシジウムの精霊に、ため息交じりで小言を言ったが、恐縮するばかりで。
「僕は福祉の資格をとり、地方の公務員になりたいんです。あの児童相談所とか生活保護を担当する仕事につきたい。父は、大学に行く事は認めてくれたんですが・・・」
彼は手を頭にあげて困ってる。きっと言葉を選んでるのだろう。物事を正確に伝えようとしてるのだろう。彼らしい。
<でも、悟のパパさんは、すっごい強情で、独りよがりで、”なぜ、上級国家公務員の試験じゃないんだ”とか”男なら東京で出世を目指すべきだ”とか。>
オンシジウムは話しだすととまらない。悟からも話しを聞きたかった。このままだと父親と断絶したままかもしれない。
「上級だなんて、無理なんです。父は現実の状況をわかってないんです。父はお酒を飲みながらの話してるうち、泥酔しちゃって。その時、精霊が視えたようなんです。僕の横にいたオンシジウムにむかって、”息子の彼女なんだろうけど、今の内別れたほうがいい”とか”服装がハデすぎ””慎みがない”とか、言いたい放題で・・」
「オンシジウムが反論して、口論になったんです。で、僕がちょっと反論して、父に殴られました。受験時に女性と遊んでる場合じゃないって。」
わかりやすいほど、優しくて単純でおバカな所があるな、悟は。この花屋でさんざん淳一に精霊の事を教わったはずなのに。精霊の性別や年齢はないって。
「お父さんって、”みえる”人だったの?」
「すみません。そういえば、母が前に、父は酒を飲むと独り言が多くなるって、言ってました。泥酔すると見えるのかもしれません」
そのときは花の精霊がいたのだろう。悟の母親は、たまに店に来ては花を買っていく。精霊は基本、人を癒そうと優しい言葉をかける。父親の愚痴をなだめてたのかもしれない。
「で、悟君のお父さんは、泥酔するのはいつもの事なのかい?」
「いえ、父は接待でお酒を飲む機会があるので、家では飲まない人だったんです。母が言うにはここ1年ほど、家で飲むようになったとか。仕事の愚痴が多いそうで、父も仕事でストレス貯まってるのかもしれません。」
悟も少しは変わったようだ。私の兄にふりまわされてたので、修道会にでも勧誘されたかと思ったが。
「兄の敦神父に、勧誘されなかったかい?”君も修道会に入って、世界平和のために祈ろう”とか”神父の数が少ないんです、助けて下さい”とか」
「いえ、全然、そんな事はないです。ただ見聞を広めた方がいいと言われただけでした。」
悟は彼なりの道を見つけた。大学に受かり、この店を出て行くだろう。目出度い事だ。そうだけど、少し寂しい気もする。
オンシジウムが私の顔を見て、少しバツが悪そうに、でも嬉しそうに話す。
<悟のお父さんと喧嘩してる時、”ハスッパのアバズレ娘”とか、私言われて、けど意味がわからなくて。でも悟が、”彼女は可憐で清楚です”と、反論したんです。で、喧嘩になって>
はぁ・・・オンシジウムは、少しだけ嬉しそうにしてる。悟が花束で家に持ち帰ったのなら、オンシジウムは彼の家族に対しても平等に接するべきじゃないのか?口論になるなんて論外。
私はオンシジウムに説教してみた。わかってくれたかどうかは少し疑問。
水曜日か木曜日の午前1時代に更新します。




