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旅立ちの夜

飛鳥ちゃん目線です。

店の前のベンチに男性がずっと座っている。誰かを待っているようなのだが・・・

 秋の夕暮れはつるべ落とし。特にこのごろは冷えるので、店の前に置いてある鉢などは、早めにしまうことにした。今日は、空を見ると濁った水色の空、夕暮れの黄金色の空は終わり、夜空の空になっていた。


 私は慌てて後片付けをはじめた。ふとベンチを見ると中年の男性が座ってる。あたりをキョロキョロしながら、たまに”どうしたんだろう?”と頭をひねったりして。


 待ち人来たらずってとこかもしれない。中年男性の座ってるベンチはもともとは売り物で展示してたものだけど、ペンキがはげたり古くなったので、そのまま店のインテリアとしておいてる。


 年配の方にとって、ゆっくり座れるこのベンチは、誰か彼か座ってる事が多い。


 ベンチの彼は、外の片づけを終えた時も、まだ座っていた。私がいる間だけでも30分はいたのだろう。冷えて来たし、思い切って声をかけてみる事にした。具合が悪くて動けないって事もあるかもしれないし、念のため。


「あの~誰かをお待ちになってるのですか?よかったら店の中へどうぞ。誰かきたら店の中からすぐ見えますから。」


「ありがとうございます。でも、マイクロバスを待ってるのです。友人と二人で交代で運転で、近所の人達を連れ、温泉へ行く予定でした。昼には出発する予定だったんですけどね。」


 昼から待っていた?私が出勤してきた時にはいなかった気がするんだけど、きっと見落としたのね。普通の紺のズボンのシャツに薄手のジャンパー。男性の服装は本当に普段着で、荷物、一つ持ってない。一泊なら、男性ならお財布だけ持つ人もいるのかも。


「携帯をならしたらどうですか?もしかして、旅行の日を勘違いって事もあるかもしれませんよ。」

少なくても、私はよく約束の日時をコロっと勘違いしてること数度。そのたびに友達に多大な迷惑をかけた。


「それが、携帯を忘れたらしくて。旅行の時は忘れないんですけどね。面目ない」


 笑いながら頭をかく彼に、スマホをかそうとした時、左のほうから賑やかな笑い声が聞こえた。待ち人さんやっとご登場かな。よかったよかった。でも、マイクロバスが来なければ、どうしようもない気もする。そして店の前の通りはマイクロバスどころか車すら一台もない。


<いやいや、ごめんごめん。待たせてしまって>

<出がけにね、なんだかんだとあって>

<全員、揃ったから出発しよう。予定ではA岳温泉だったけど・・・>


 ああいいな、あそこなら紅葉が綺麗だろう。いや待て待て。今、出発しても急いでも到着は夜中になるんじゃないかな。そんな時間にチェックインできるのかな?


<武田さん、予定地変更。私たちがナビを務めるから>


 初老の男性のいう事も変。どこに変更になったのか言わないと、ナビがあっても運転手は不安なんじゃないかな。


「いや、目的地よりなにより、バスが来ないと。相棒の敏夫は何やってんだか」

<ああ、敏ちゃん、来られないわ>

<武田さん、あなたがバスを作って>


”ええ、そんな無茶な”なんていう武田さんを無視して、はやくはやくとはやしたててる。


 ここで鈍い私は、やっと理解した。武田と呼ばれた男性は生きてない。魂だけの存在。そしてガヤガヤと話してるのは、花の精霊だ。そういえば少しだけ百合の香りがする。まったく、これだから淳一に馬鹿にされるんだよね、私は。


 店長が出てきた。遅いから何サボッてるんだと見に来たんだ。やっば~。怒られるのかと思ったら、違った。


「武田さん、簡単ですよ。あなたが運転したいと思った車を思い浮かべて下さい」


 店長が私の肩に手を置いて彼に声をかけた。店長の声は、あくまで冷静でそして優しい。”聞くだけで癒される声”ってあるんだな。


「私は乗り慣れた車がいいですわ」


 武田さんがそう言うとすぐに、目の前にくたびれたベージュのマイクロバスが現れた。

バスに、花の精霊の面々が乗った。武田さんは、乗り込むのを横で見守ってる。最後に彼が乗り込む時、こっちを見て笑った。


「私、死んだんですね。今頃わかるなんて、お間抜けな事です。そういえば、家で準備してる時胸がすごく痛くなったのを思い出しました。」


「よい旅を。また会える日まで」


 私は”行ってらっしゃい”と言うべきか、”さようなら”というべきか、迷ってるうちにバスは動き出し、浮き上がって紺色の空に消えてしまった。


「さて飛鳥ちゃん。私は知ってるからかまわないけれど、魂だけの人会話してるのを見られると”変な人”認定されますよ。もう少し早く気づけるといいんですけどね」


「いや、あの...あはは」


 店長の諦めの笑顔と盛大なため息を頂戴した。まったく私もお間抜けさんだった。


 その日、三条教会で小さな通夜があった事を、後で敦神父から聞いた。あの花の精霊たちは、その時に備えられた花。”おくり人”じゃなくて”おくり花”ね。武田さんも道中、賑やかで楽しいかもしれない。


 



週一更新(木曜日 午前1時~2時)

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