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ガーベラの花束

飛鳥ちゃん視線。

あるとき、飛鳥ちゃんは、女の子にガーベラの花束を頼まれますが・・・

 今日はホールでピアノのリサイタルがあるそうだ。日本では有名な人だそうで、きっとお祝いの花束の注文があるだろう。そう、私は期待してた。が、注文に来る人はいなかった。もう開演時間の6時半、9月に夜になると寒いし、風も冷たい。ついでに店の財政も寒々としたもんだわ。


 店長は花屋の組合の会議へ行っている。今日は土曜日だから会議後は飲み会で遅くなるかもしれない。淳一は大きな花展があるとかで、札幌へ行っていて休み。私一人で店をまわしてるけど、運良く(運悪く?)面倒な花束やアレンジの注文はなく、この時間になり客足も途絶えた。


 もう閉店準備にかかろうか。


 シャッターを半分しめ、札を準備中にして、花の手入れに取り掛かかろうとした。花を長く持たせるには、早め早めに対応しないとだめだ。結局、花屋って開店中より、開店前・閉店後のお客さんには見えない仕事が多い。力仕事でキツイし水仕事で冷えるし、手には傷が絶えない。それでも、花を少しでも長く美しく保たせるためなら、つらいのも我慢できるけどね。


「あの、花束をください。」


 と消えるようなか細い女子の声がした。よし注文キタ!


「いらっしゃいませ。どのような花束にしましょうか?」


 満面の笑顔で振り向くと、そこには、小学校5,6年生くらいの女の子が立っていた。痩せてる。肌の色が真っ白。繊細な美少女といった感じ。襟にレースをあしらった白のワンピースは、今の時間なら少し寒いかもしれない。


「ピンクのガーベラ、花束にして下さい。」

「わかりました。ガーベラだけだと寂しいので、周りにカスミソウをつけてはどうでしょう?」


 ガーベラを10本とカスミソウ2本、手早く花入れバケツからとりだし、高さを合わせて、仮のラウンドブーケにして見せた。このくらいのアレンジなら私でもなんとかなる。ガーベラが多かったかな。他の花を入れると、フェミニンな花束になるのだけど。


「・・・あのガーベラは5本でいいです。カスミソウも1本で。」


 ごめんなさい、言いにくいですよね。最初に何本くらい必要か聞くのが基本でした。ガーベラの精霊の勢いにおされてしまった。


「申し訳ありません。5本ですね。スプレー咲のバラをサービスでつけましょうか?」

「いえ、ガーベラとカスミソウだけでいいんです。」


 ああ、又、失敗してしまった。このくらいの年頃の子って、難しいのね。それにしてもお使いで頼まれたのかしら?きっと今日のリサイタルに持って行くのね。もう開演したけど曲の合間にならスタッフが入れてくれるかも。


「じゃあ、楽しんできてくださいね。スタッフの人に頼めば、コソっといれてくれるから。」


 開演に遅れた事はドンマイ!まだ大丈夫。と明るい調子で花束を渡そうとした。


「駅裏のホールで、ピアノの演奏会やってるので、そこへ届けてほしいのです。私は、行けないので。あの、ピアニストは私のパパなんです。」


 なるほど。場合によっちゃ、家族に演奏を聴かれると緊張するとかあるのかな?私の手から花束につけるカードを、とったとき、彼女の手が水のように冷たいのでびっくりした。冷え性?

細くて長い彼女の指を自分の手で包み込むようにして、温めた。


「暗くなって、冷えてきたわね。もう9月も末だものね。ピアノを練習するなら、手袋が必要なくらいだわ」


 女の子は、初めてニッコリ笑った気がした。手もだいぶ暖かくなったし、ああ、どうせなら、花を届けるついでに家まで送っていってもいいか。最近、小学生を狙う変態も増えてるっていうし。


「ありがとう。でも、花を早く届けてください。お願いします。あの、母さんがくるまで、ここで待っていていいですか?」


 もちろん。そのほうが私も安心だし、代金は母親が払うという事ね。1300円+税124円。選りすぐりのガーベラ、アレンジ料なし。カスミソウはサービス(というか、私が接客でミスったので、ペナルティのつもりで自腹)


 上にいる悟と俊に声をかけ閉店作業ををまかせ、私がホールへ花束を届けにいった。


*** *** *** *** *** *** ***


 次の日の午前中、そのピアニストさんが、店に来店されたそうだ。彼は、自分の娘は、少し前に難病で死んでしまったそうだ。


”ご丁寧に娘の名前のカードまで添えて。ガーベラはあの子が大好きな花で、私はよく、病室に持って行っては看護師に叱られたもんです。誰に頼まれたんでしょう?確かに私は今は、娘のいないショックでスランプだけど、こんな形だと。むしろもっと悲しくなるだけなんだ”


 と文句を言ったそうだ。そりゃ悟も慌てただろう。対応したのが私で、詳細がわからない。昨夜、悟と俊が店に降りて行くと、店には誰もいなかったそうな。もちろん、母親も来なかった。つまりウチは花の代金ももらいそこねた。


 ピアニストの男性は、次の演奏会のため飛行機の時間がせまり、結局、私が出勤してくるまでは、待てなかったようだ。


「頼まれたんですね。魂だけになったその娘さんに。」

店長は、そう理解してくれたけど、花代は私の自腹。


<ごめん、今更だけど、あの子は生きてないって事、飛鳥ちゃん、わかってやってるかなと。>

<うんうん、あの子は父親を心配する気持ちで一杯だったから、飛鳥ちゃんが気を利かせたと思ってた。>


 ガーベラの精霊たち、わかってたなら、一言、言ってほしかった。花の代金自腹はいい。でも、あの娘を亡くしたピアニストさんは、イタズラと思って傷ついたろう。それはとりかえしがつかない。


*** *** *** *** *** ***


 私は落ち込みをひきずったまま、花屋は秋のお彼岸で超忙しくなり、体を動かす事で少し心が落ち着いた。


 そんな時、あのピアニストさんから、手紙が届いた。げ!クレーム?と思ったら違った。


”先日は失礼しました。あの時は悲しくて一睡もできず、朝は少しイライラしていて、すみませんでした。実は次の日の夜、夢の中で娘と会えたんです。パパのピアノが聴けてうれしいって笑ってました。あの事は、娘がしてくれた事と、思うようにしました”


 と手紙に書いてあった。そして彼のCDも同封されていた。本人に頼まれたのは間違いないんだけどねぇ。彼女に会った時の様子を知らせるべきどうか少し考えたけど、やめることにした。

彼が、わりきってくれるなら、それはそれでいいんじゃないかと思って。


 

週一更新 水曜日深夜(木曜日午前2時ごろ) 基本、一話完結です。

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