急な仕事・・・花嫁はユリがお気に入り
飛鳥ちゃん視線です。
水瀬花屋は日曜に、ブライダルブーケの仕事の代打を頼まれます。式の前におこったハプニングは・・・
「すまないけど、飛鳥ちゃん。今日はM市へ一緒に行ってくれる?」
店に着く早々、店長からお願いされた。今日は淳一はお休み。俊君は、シフトの関係で今日は仕事に出ていない。店は、悟君がまわしてく?ちょい不安だけど。
「お世話になったM市の花岡花屋の店主からの、お願いなんだ。今日の4時からの結婚式のブライダル・フラワーの仕事を任された。花岡花屋が受けた仕事で、店主の父親が危篤で、すぐ実家の札幌へ行くそうだ。でそのピンチヒッター。M市には、葬儀者社お抱えの花屋しかないそうで、頼める花屋は他はないらしい。」
「で、私はいいですけど、店はどうするんですか?淳一に頼んでみますか?」
確か、家の活け花教室の手伝いだとか。今回は扱いが面倒なダリアだから、教室で補助をするといっていた。それに、花卉農家さんに、実際の消費者の反応を報告しないといけない。そこを淳一がまかされたのだろう。ただ悟君一人で店をまわすのは、無理なじゃないかな。
首をかしげながらも、花ばさみ、オアシス、花屋用カッター(薔薇の棘を切る)など、必要なものを一覧にして書きだしてから、チョコチョコ動き回って、揃えていった。
「ところで店長、向こうでの具体的な仕事はなんでしょう?」
「ブーケと両親に贈る花束、それと披露宴のテーブルに飾る花もお願いされてる。盛大な披露宴になるそうで、ホテルのスタッフは、花まで手がまわらない。ブーケは花嫁さんの希望で、百合の花。ただどうもイヤな予感がするんだ。」
店長はその端正な顔を少し歪めながら、準備作業の手を止めない。
店長の”イヤな予感”は、残念な事によく当たるだよね。たまには、”ラッキーな予感”もあってもいいのに。私は、自分の不安な気持ちを、ため息といっしょに吐きだした。
実際は店は開店休業状態。淳一が、今日の教室のために、注文より少し余分に花を持っていったのと、店長が、棚卸のように、花を集めて車に乗せたので、店はスカスカの状態になってしまった。
「花は向こうで用意してあるんだけどね。精霊たちが、”つれてけ”ってうるさく言うし。ま、必要なかったら、それはそれでいいからね」
不安そうな悟に、鉢植えを買うお客さんのために、店長が書いた注意事項を書いたカンペを渡した。仏花はまとめてあるので問題なし。残りの菊や百合は、値札をつけたので大丈夫。花束は作れないので(花もないし)他の店を紹介。店の名前と電話番号を書いた紙を渡す。
エプロンをしめて、カンペを見ながら、悟は不安そうだ。実際は、朝にお客さんが来た時は応対してるはずなんだけど、まるっきりの一人なのは初めてだからかな。
「毎日曜日にお供え用の仏花を買うお得意さんもいるんで、店は閉めるわけにいかない。大丈夫、鉢物はそうそう売れるものじゃないから、ウチでは」
情けないけど、それがウチの現実だからしょうがない。花の積み込みを手伝ってもらって、私と店長は、出発した。M市はここからだと車で2時間とちょっと。ついたらすぐブーケ作り。式に間に合わせないと。あ、披露宴の前にテーブルの花だ。これは数が多そう。
作業の順番を考えながら、問題はテーブルに花を飾るのにどれだけ時間がかかるかだ。普通のホテルならば、テーブルの上の花器は一輪挿しくらいなんだけど。
それより、もっと大変なトラブルになるとは、出発した時には、私は思いもしなかった。
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「ハクション、ズズ、ハックション・・・私は、生涯・・クション」
結婚式のリハーサルを覗くと、花婿の豪快はクシャミがとびこんできた。鼻は何度もかんだのか、真っ赤になってる。風邪でもひいちゃったのかな?
リハを終え、控室に戻る新郎は目も真っ赤だった。
「まずいな。いやな予感が大当たりだ。うちの店の花で足りるかどうか微妙だな」
クシャミを連発してた花婿を花嫁が介抱してる。
「失礼。今回、花岡花屋の代わりを務める、水瀬花屋の水瀬亘です。あなたは、もしかしてユリアレルギーじゃないでしょうか?祭壇にはむせるほどの白百合がありましたから。」
「え?そんなアレルギーあるんですか?あ、でも、もうクシャミ・鼻水はだいぶよくなりました。大丈夫ですよ。30分ほどの式なので我慢できます。」
試しにと、もう一度式場に店長と花婿が入っていく。途端、盛大なクシャミが何度も聞こえた。これは無理だろう。
意外と知られてないけれど、百合にはアレルギーを起こす人がいるそうだ。っていうことは、式場のユリは撤去しないとだめで、ブーケもユリは厳禁だ。ちょっと冷や汗でてきた。頭は勝手に、持ってきた花の種類と数を確認しだした。
花嫁・花婿・親族に牧師さんと店長を交え、相談が始まった。どっちにしろ、祭壇のユリは刺激が強すぎる。参列者の中でもアレルギーの人がいるかもしれない。
「ユリアレルギーだなんて初耳です。確かに香りの強い花であるけど、式にはかかせません」
「無理ですね。式場内は狭く窓も閉まってる。例え、窓を開けたにしても身近にアレルギーの素があれば、花婿はひどい目にあいますよ。」
そもそも、なぜ”教会での式はユリが不可欠”なんだろう。確かに敦神父が、”白百合は聖母マリア様の花”と言ってはいたけど。
最後には、牧師さんが折れ、ユリは祭壇から別の部屋に隔離された。それからが大変。結婚式用の祭壇の花を、こしらえないといけない。ブーケもリクエストのユリじゃだめだ。
店長とあたふたと外にでて、車の中から手持ちの花を取り出し、式場の手前のホールにおいた。原価計算しないととか、淳一か悟、ひっぱってくるべきだったと後悔する。仕事も問題も山積み。
間に合うだろうか・・・
まず、店長はブーケの花を選び出してる。うちで持ってきた花で祭壇を、飾れるだろうか。数が少ない。披露宴のほうは、花岡花屋の店長が会場に必要数の花を用意してるはず。ここの教会自体、ホテルの付属のようなもので、1階が廊下でつながっている。
店長は、花嫁さん相手に、ブーケを、白とクリーム色の薔薇のブーケにするからと、説明している。これは、彼女も納得するしかないだろう。花婿があれでは、誓いのキスは鼻水の味なんて事になるだろうし。
「・・・という訳です。薔薇が好きではないのなら、マーガレットやガーベラ、そのほかの花もパステル調の色の花を持ってきました。」
「いえ、いいです。薔薇でお願いします。気が付かなくてすみませんでした。」
彼女、すごくがっかりしてる。そんなにユリの花が好きなんだ。披露宴を開くホテルの従業員にがやって来て”テーブルに飾る花、お願いします”と、せかされた。返事はしたけど、花嫁さんを放っておけない。大事な結婚式を、晴れ晴れとした気分でうけてもらいたい。
「元気だしてね。花嫁のブーケは、特に種類は決まってないのよ。私も何回か式のブーケを見たけれど、ユリだけというのは、さすがになかったわよ。ユリが入る場合は他にも胡蝶蘭やトルコキキョウとかがはいり、豪華な花束の例が多いわね。」
花嫁さんは、すでにウエディングドレスを着てメイクもバッチリ。ここで泣いたら台無しになる。彼女が、うつむきながらボソボソと、話してくれた。
「私をとてもかわいがってくれた伯母がいたの。私が中学生の時に交通事故で死んでしまったけど。伯母はユリが好きで、庭にもいろんな種類を植えていたわ。私も伯母と一緒に庭の手入れをてつだったりして。式のブーケをユリにすると、伯母が一緒に式にいてくれる気がしてブーケはユリでとお願いしたのだけど、とても残念だわ。」
”そんな昔に亡くなったのなら、とっくに天国にいます。現世には戻ってこないでしょう”
なんて、エセ霊能者じゃあるまいし、言えるわけもない。
<いい考えがある。飛鳥ちゃん、俺たちをブーケにしてくれ>
ユリの精霊(今回は中年のちょい悪親父風)が、私の肩に手をかけ自信満々な様子で言った。
彼の案はこうだった。教会の前は少し広い芝生の庭があって、そして教会&ホテルは、高い丘の頂上にある。当然、風が強い。花嫁さんにユリのブーケを庭で上に放ってもらう。後は風が後押ししてくれる。
「本当に大丈夫なの?すぐ落ちてきたら、花嫁さん、かえって傷つくわよ」
<俺にまかせろって。今日の風に土下座してお願いするから。ブーケが視えなくなるまで上にいけばいいだろ?>
ユリの精霊って、こんな押しの強い性格のもいるんだ。
花嫁さんは、意外にも、この計画に乗り気だった。ロマンチックな性格なのね。頭のベールだけはとって、ドレスを汚さないように、私は裾を持って、花嫁さんと外に出た。
で、私が急いで作ったユリーのブーケを渡し、彼女はそれを勢いよく空に放り上げた。
上昇気流にのったのか、どんどん花が上に上がっていく。最初は小さなボールくらいに見えたのが、ピンポン球くらいになり、ゴマのように小さくなって、そして視えなくなった。多分、上昇気流とやらに、うまくのっかったのだろう。
精霊から、<向こうへいったらちゃんと、彼女の気持ち伝える。言っておいてくれ>と、空から木霊のような声が響いた。もっとも聞こえたのは私だけだけど。
「今日は天気が良くてよかったわ。あのぶんだと、天国まで特急でつくんじゃないかしら」
花嫁さんは、少し涙を流しながら笑ってた。
それからの仕事は、もう地獄のように忙しかった。祭壇の花は、少しだけ豪華さにかけるけど、花婿がクシャミをすることもなく、花嫁も笑顔で式をおえた。
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「で?こっちから持ち出した花の代金は?」
立場逆転。淳一にそこをつかれるとは。
「ブーケにしたユリの代金だけは、私が払うわよ。これは自分が勝手にした事だから。でも、他は店長に聞いて。」
私だって、こっちから持ち出した花の原価くらいは、計算してる。すぐにでも花岡花屋に請求したいくらいだ。なにせ、もう店の花は、少ししかない。明日、市場でどれだけ仕入れることが出来るだろうか。
「さっき、花岡さんにメールしていろいろと説明した。花婿のユリアレルギーを確認しなかったのは、向こうのミスだ。持ち出した花の代金から、ユリの花の分を引いて、その代金は貰う事になってる。飛鳥ちゃんのバイト代くらいのお礼は貰うから。」
って、それじゃ、店長は苦労した末のただ働きじゃないですか。花のアレンジ代も労働代も0だ。ガソリン代も。元神父の人のよさ?店の経営には不向きかも。
「いいんだ。本当なら持ち出しの花代を貰うのも、遠慮したんだ。でも、向こうがそれはとんでもないって固辞されたから。花岡さんは、私に水瀬花屋を継いだ当時とても親切にしてくれてね。本当は、恩返ししたかったんだけどね。」
気持ちはわかるんだけどね。私も花嫁さんの笑顔をみた時はうれしかったし。
淳一が、ユリの花をいれたアレンジ花を、飾った。グリーンを多めに。緑のカーネーションを入れて。そういえば、あの空にほうったブーケは最後はどうなるのだろう?ユリのおっさん精霊のニヤついた顔を思い浮かべた。
週一更新です。(木曜日の午前2時までにはなんとか更新したいです)
遅れたら申し訳ない。基本、一話完結です。




