ダリア・ダリア・ダリア
淳一君視線です。淳一の祖母の活け花教室でダリアを使った授業をする事になった。予想に反して、お客さんが多く忙しく働く彼です。
そもそもの発端は、俺のばあちゃんだ。
”店長さん、活け花に出来るダリアがあったら、見繕って入れてほしいのだけど”
ダリアが”水揚げが悪い”せいで、切り花としては、市場にはあまり多くは出ない。むしろ庭の花として人気だ。
ばあちゃんの注文で、うちの店ではダリア注文は、5か月前にしたそうだ。注文栽培 の形になった。花卉農家は張り切って、注文以外の品種も栽培してくれちゃって、店長も、せっかくだからって、注文外の種類も入荷しちゃったり。考えなしは、敦神父だけかと思ったら、店長もそうなのか?
そうして、ダリアを使った授業が、始まった。ばあちゃんの活け花教室では、部屋中ダリアや他の花の精霊てんこもり。彼らは誰もがわくわくしてる。浮足立って落ち着きなく、お喋りしながらも身支度にも余念がない。ばあちゃんの生け花教室で、これだけ賑わうのもへんな感じだ。たかだか教室、花はせいぜい生徒さんがたが、家に持ち帰って飾るだけ。
<ねえ、まだかしら?お客さん、待ちどうしいわ。一番人気は誰になるかしら>
「はぁ?客なんかこねえよ。今回は教室だからな。展覧会じゃないから」
<いや、来るね。俺たちを吟味しにくる。ダリアの精霊は未来がわかるんだ・・なんてね>
まじめな俺がバカだった。
確かに珍しい品種もいれてるけど、その事は別に宣伝したわけじゃない。第一、集客をねらっての花展は、ウチには無理。それにダリアは寿命が短いし、手入れも一苦労。珍しい種類は再入荷も無理めかも。
俺も、”黒蝶”というおおぶりで、暗めな赤のダリアの花を活けてる。これって、TVで見た事あるな。生け花というより、赤の花ばかりのアレンジのメインになってた。俺はもっと、”和”の雰囲気で活けてみたいな。デザインは出来てるが・・・実際に花を見るとやっぱり迷うもんだ。
ひと段落ついた所で、俺は思い出した。今回は花卉農家さんが、出荷したダリアの写真と名前の一覧表を、メールで送ってくれた。飛鳥ちゃんがプリントアウトしてくれた。飛鳥ちゃんは水瀬花屋のブログも作成してる。今回は店でも初入荷の花もある。
そうだよ。飛鳥先輩の事だ。きっとブログにアップしてる。ウチの名前は出さなくても、狭い市内だ。花の関係者には、つつぬけだろう。俺は急いでばあちゃんに打ち明けた。もしかして、客くるかもって。”はぁ、ブログ?”なんて、答えるばあちゃんに最初から説明するうちに、ピンポーンとチャイムがなった。(教室専用の玄関からだ)
「失礼します。うちは、A市で花屋・奥野ををやってるものです。こちらでいろんなダリアを、生け花にするというので、少し見せていただきたいと思って来たのですが」
げ!同業者もくるんか。なんかムカつくけど顔ではにこやかに対応した。
「ええ、今回は、ダリアの花卉農家に直接注文しました。熱心な農家さんで、ダリアの新品種も出荷してくれました。ただ、ダリア自体、切り花としては少し難しいので。あいにく店長は急な出張で留守してまして、詳しい事はわからないのですが。」
出張は本当の話。ちょっと遠いM市から、ブライダルの花のアレンジのピンチヒッターだ。
本当なら、俺が行きたい所、ばあちゃんに"修行が先だよ”とどやされた。出張には飛鳥先輩がついていってる。店は臨時休業、一応、悟が店番をしてるけどよほどの緊急でないかぎり、応対はしない方針だそうだ。
「それにしても、坂崎先生は、チャレンジャーですな。前に熱帯の植物を使った活け花展をやりましたね。珍しい花を注文されるのは、花屋としては、うれしいものです。水瀬花屋さんがうらやましい。」
あああれね。パンクシアとかピンクッションとか、アロテアだったかな。もうあそこまでいくと、自由花すぎて、アレンジ花の形になるよな。あわせる花も難しかったし。
もう少し手入れしたい自分のを残し、俺は奥野花屋さんを、ばあちゃんに紹介した。そのあと、ダリアの写真付き一覧票をもち、作業中の生徒さんの邪魔にならないように、説明して回った。
不安げな顔をした精霊の処では、若い生徒さんが苦労してた。若い女性の姿の精霊は、生徒の手元を、覗きこんでる。
<ああ、いいところに来てくれたわ。この切り口じゃ、水が上がってこない。少し湯につけないと。活けてる人に言って>
と、ボンキュッパの女性姿の精霊が俺の胸に飛び込んできた。
大人の美人にすがられるなんて、これからの俺の人生には、ほぼないだろう。花の精霊には、こうやって、うっとうしいほど抱き着かれるけどな。
俺はそのダリアを活けてる若い(といっても俺より年上)生徒さんに、ダリアの水揚げの事について、説明した。最初にくどいほど説明したけど、花が、ちゃんと水が上がってるかどうかがわからないのだろう。
「ああこれは、あれですね、なんといったかな。カクテル?いや違うな。」
「いえ、カクタス咲です。花の先端が内側に丸まってるので、尖って視えるのです」
奥野のおじさん、おしい!ま、俺なんか、この間まで知らなかったけどな。花の名前でも、品種改良され、さらにその中でも改良されて、”横綱””黒蝶”なんて名前がつく。俺は覚えられるだろうか。
お客さんは、次々にやってきた。狭い教室なんで、すぐ蒸し暑くなった。リーダー格の生徒さんが、エアコンを入れた。エアコンは、窓の側についてたけど、ちょっとまずい。俺は湿度・温度計を見て、冷房ではなく除湿するように言った。
本当はそれでも駄目なんだ。ダリアに限らず、切り花って風に弱いから、エアコン風の直撃を受ける生徒さん3人を、作業机ごと風があまりあたらない所へ避難させた。リーダー格の生徒さんは、あからさまにムクれた。だろうな。俺より年上のおばさんで、習ってる年月だけは長い。ただし免状は俺のほうは上だ。ついでに切り花のダリアについては、花卉農家さんから、いろいろ注意事項も、メールでもらってる。
俺が机の移動を指示してる間、精霊が背中にのっかってきた。勘弁してほしい・・・
<あのね、私、あそこは白じゃなくてピンクのほうがいいと思う。それにもう白の花が足りないかもしれないし>
たまにいるんだ、作業中にアドバイスしてくれる精霊。有り難いけど少し迷惑のような。
飛鳥先輩は、精霊のいう事を聞きすぎるんだ。だから”才能ナシ”の生け花になる。にしても、確かにアドバイスどおり、あそこの花器の盛花は、白よりピンクのカスミソウの方があう。そして、何より白のカスミソウが足りなくなるかもしれない。
エプロンのポッケから、スマホをだして悟を呼び出す。白のカスミソウの在庫を聞いて、俺は、ここでは、なんとかやりくりする事にした。週末で市場もあいてないのだから、店での販売に支障があったら、申し訳ない。
結果、最後のほうで、やっぱりカスミソウが足りなくなった。うむむ。アルケミラモーリスという小花の枝が、残っていたので、困ってた生徒さんに渡した。でもなあ、なんか合わない気がする。そこへ、ばあちゃんがやってきて、何やら指導して、その生け花は、華やかだけど、楚々とした雰囲気がでた。ばあちゃん、いいとこどり。くそ。
一般のお客さんから、”このダリア欲しいだけど、お宅で売ってる?”とか聞かれた。そういえば、俺は水瀬花屋のエプロンをしてたんだっけ。ダリアの在庫0じゃないけれど、種類や、その数は把握してない。なにより、売り値がわからない。
今回は特別注文という形だ。普通より値がはる。うちは教室で使うので毎回値引きしてる。
うっかり安値で売って、飛鳥先輩に怒られたくない。
「すみません、ダリアに関しては、店長に一任してるので、詳しい事は、わからないです。店長は外せない用事で、店のほうは臨時休業してますし、夜の6時ごろにでも店に来てもらえれば、ありがたいのですが。」
この言葉を、何人かに繰り返し説明した。ただ、このうち何人が実際にきてくれるかは、わからない。切り花は、安いものじゃない。ましてや新種の切り花用のダリアだ。時間がたてば、頭も冷えるってもんだ。
やっと客が途切れて、一息ついた所で、俺には仕事がまだ残ってた。今回のダリアを使っての活け花の感想を、生徒さんから聞いてまとめないといけない。それと、飛鳥ちゃんからは、写真を撮ってくるようにと。
今回、本当は一番苦労してくれたのは、花卉農家さんだ。その農家さんに、今回の感想を送る事になってる。写真もつけるか。俺の国蝶の活け花が、一番出来がいいと思う。
ばあちゃんと感想をまとめながら、送る写真の事を話すと、”淳一のは10年はやい。”と怒られた。そうだ、最後の仕上げをする時間がなかったんだ。ったく。なんか、水瀬花屋の店員の仕事をして、肝心の活け花がおろそかになったぜ。大失敗だ。
週一更新(水曜日深夜、木曜日午前2時ぐらい) 更新が遅くなったらごめんなさい。
基本一話完結です。




