表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/75

律義者のダリアのコラレット、イジメられっ子を心配する 

悟君視線。いつものように教会で休む悟君。そこに小学生がやってきた。どうもイジメから逃げてきたようで。

 今日、店での開店準備が、いつもよりずっと、忙しかった。


「坂崎先生の処から、ダリアの予約を受けててね。ダリアは切り花にするには、難しいんだ。だから、手早くよろしくね。それから水に入れるときは普段より深めで」


 店長は、箱から出したダリアを、根本だけお湯の中に入れた。1分間ほど。僕はそれを新聞紙にくるんで(花弁が水につかないよう)水切りした。いつもより深い水につける。水上げに1時間ほどかかるらしい。


「ダリアの茎は空洞で折れやすく、葉は腐りやすい。本来、切り花に向いてないんだけど、品種改良されて、切り花として扱えるようになってきたんだ。なかなか水を吸ってくれないので、こうやって湯につけたりするけど。」


 結構、種類が多かった。よく家の庭で見かけるようなのから、”これもダリア?”というものまで。大輪から、小花の一重のダリアまで。これ全部、教室で使うのかな。もちろん、ダリアに合せるグリーンと小花も注文通りに。


「生け花としていろんな種類を試したいそうだ。教室で使う分だけど、結構な量になった。坂崎先生は、熱心だからね。この間は熱帯の花を使ったりしたし。」


 僕としてはテキパキやったつもりだったけど、仕事は規定の4時間より30分、オーバーした。下宿代4万払ってる自分としては、花屋の経営のほうも気にかかってた。店がつぶれたら家に戻らなくてはいけない。それはまだイヤだし。


 この間、飛鳥ちゃんに帳簿をみせてもらった。6月は特に厳しかったそうで、9月になりやっとギリギリ黒字になったとか。だから残業代だなんて、ちょっと言えない。


 飛鳥ちゃんが来たんでタッチ交代し、僕は2階で用意されてあった昼を食べた。ちなみに昨日の残りのカレー。母さんがサラダを差し入れしてくれた。野菜不足にならないようにだってさ。まあ、確かに働いてるとついつい食事は、手抜きになりがちで、店長と敦神父は、母の差し入れ大歓迎のようなんだ。僕は気恥ずかしいんだけど。


 店に降りてきても、まだ飛鳥ちゃん、忙しそうだ。ごめん、三条教会に行かないと。今日は今度の日曜に、研修会があるとかで、その資料作りの手伝いをする事になってる。


「悟君、この中から教会の玄関に飾るくらいの花を持って行って。」


スプレー咲のダリアもあるし、中にはイキの下がったのもあるみたいだ。その中で僕は、赤と白の中輪のダリアを選んだ。赤の大きな花弁の上に、”副弁”という白くて小さな花びらがついてた。


「これは、コラレット咲というんだ。悟は、かわいらしい系の花が好きなんだな」


 いやでもその、そんな事はない。ただ大輪は玄関の花瓶では無理。花瓶とのバランスを考えるとこれが一番だった。あと、グラスグリーンと白の小さめのストック。これだけで間に合うだろう。


*** *** *** *** *** *** **


 玄関にあった花は、すでにドライフラワーのようになってた。それともわざとかな。だとしたら、風通しのいいところで干しておかないと。


<それ後まわし。早く花を花瓶にいれて>


 男の子の声がした。白シャツにサスペンダーの半ズボン。入学式でみかける服装だ。ありがちな格好だけど、やっと僕は見分けがつくようになってきた。これは花の精霊。


「ごめんごめん、すぐやるから」


 すこし膨れた顔が可愛い男の子の姿だった。


「君は、ストックの花の精霊かな?シャツが白いし」

<ブー!僕は、ダリアのコラレット。玄関での出迎え係と聞いて、キメてきたんだけど、これで大丈夫?>


 玄関にずっといるのは、ヒマだろうと、僕と一緒に事務室に行こうと誘った。”イヤダ”とのたもうた。お客さんが来た時、すぐ出迎えたいのだそうだ。事務室はお客さんきたら、すぐみえるようになってるから大丈夫なんだけどな。多分、来客は郵便屋さんくらいなものだろう。

平日だし。お出迎え係として意気込んできたのにガッカリさせてしまうかもれない。


 事務室は資料はすでに、薄い冊子にまとめられてた。


「ああ、今日は、信徒会長とか信者がきてくれて、あっという間に製本してくれたんだ。せっかく来てくれたのにごめんね。悟君。いつものように司祭室で勉強してって」


 あ、やっぱりバレてたか。コンビニのパートが主収入じゃ、いつまでたっても親から独立できない。ちょっと思う処あって、大学を受験する事にした。ただ、親父の言うような”経済学部で銀行員”ではない。そこの処で反対をされるかもしれないけど、お願いするしかない。


 敦神父に電話がかかってきて、ちょっと面倒な事だったらしく、席をはずした。


 司祭室に行こうとする僕を、コラレットの精霊が引き止めた。玄関にお客様だ。といっても小学生も3年生くらい?ちょうど精霊と同じ背丈だ。その子は玄関のスミに隠れ、外をチラ見してる。そのうち、土足のままホールに入って行った。あ、注意しないとと、と思ってるうち、他に5人の男の子のグループが教会にあがろうとしてた。


<悟、あの5人。ギスギスした気配、悪意しか感じない。教会に用事がないのなら、追い払ったほうがいい。ホールに隠れたさっきの子のほうが、気になる。僕、そっちの方にいくから>


 と、スっと消えた。教会で行事は今日は何もない。小学生は、ここに用事はないはず。近くの学校の子なのだろうけど、信者の子達ではない気がする。見た事ないし。


「こんにちは、何か用があるのかい?神父さんなら、今電話中だから、ここで待っていてくれる?すぐ来ると思うから」


”チッ””逃げられた””あいつはヘタレ野郎だからな””だな、ダンゴムシよりな”

子供達は、小声で囁きながら(と言っても僕には聞こえるけど)、挨拶もせずに、乱暴に戸を閉めて走って行ってしまった。


<悟、ナイス。あの子、イジメられてたらしいぞ。服も汚れてるし、足も少し怪我をしてる。見てやって>


 花の精霊は、子供の姿はしていても、子供というわけじゃない。コラレットは、とても可憐な花で精霊も可愛いけど、性格は違うんだな。それでも、悟と呼び捨てにされると、調子狂う。


「大丈夫、彼ら5人とも、もういなくなったから。それより、膝のところスリむいたのか、血が出てるね。手当するから待ってて」


 怪我だけじゃない。この子、すごい痩せてる。身長もさっきの子とくらべると随分低い。

服も古いだけじゃなく、ところどころ穴が開いてる。


<僕はさ。すごく大事に育てられたんだ。温室で温度や湿度も管理されてたし、土も水も育ててくれた人はすごく気を使ったようだった。でもこの子は違う雰囲気がする。”愛されてます”っ感じがしないんだ。人の子供はもっと我儘で活発なんだろう?>


 コラレットの言う通りだ。敦神父がこっちにやってきた。事情を説明しなくては。彼は花の精霊は見えないんだっけ。敦神父は説明するまでもなく、一目でわかったみたいだ。


「やあ、こんにちは。えっと名札では、尾田 義則 君。義則君、一緒に昼ご飯食べていかないかい?仕事が忙しくて、私も悟もお昼まだで、お腹ペコペコなんだ。悟君、コンビニでお握り買って食て下さい。中身は鮭と筋子ね。義則君は中身は何がいい?」


「ええと、ええと、」


「じゃ、鮭とおかかだね。悟君よろしくね」


 って、僕、昼は食べたしお腹一杯なんだけど。あれ?敦神父、俺がご飯にカレーをかけてたとき、すでに食べてたような。まあいいか。レシートを忘れずにもってこないとね。



 義則君を囲んで、本日2回目の昼食。敦神父が器用に包みをはずすのをじっと見て、義則君も、恐る恐る包みを破いた。


「やったー!上手くむけた。」

「うん、上手上手、じゃあいただきます。」


 義則君はあまり話しをしない子だった。イジメられてたはずなのに、その事を訴えないんだ。それにこの年頃の子にしては活気がないというか。


<足りてないんだよ。花は太陽の光・水・養分・愛情が必要なんだ。どれかが欠けると、綺麗に咲くことが出来ない。自分が生きる事に専念せざる得ないからね。この子もそうかも。何かツライ事があっても抵抗できるだけの力がない。愛情が足りてないのかもしれない。だからダンゴムシのように丸まって身を守ろうとする>


 僕もコラレットの精霊の言ってる事がよくわかる。義則君は、家庭で充分に愛情をもらえてないかもしれない。前に児童養護施設にボランティアで行った時、他の子と離れたところで、ジっとしてる子がいた。その子の目からは、なんの感情もかんじられなかった。ビー玉のような目。義則君もそういう目をしてたのだ。敦神父と話す前は。



「また、遊びにおいで。通り一本はさんで、水瀬花屋ってあるから。あそこは、花がたくさんあって楽しいよ。兄妹がいるなら一緒においで。」

「本当?僕に妹がいるんだけど、今度連れてきていい?」


 敦神父さん、笑ってうなずいてるけど、なにげに店を巻き込もうとしてる?ううむ。飛鳥ちゃんはともかく、淳一にはため息つかれそう。


 少しだけ笑顔になった義則君を、コラレットは外に出て途中まで送った。”イジメのグループを見つけたらすぐ知らせる”って。


”私の出来る事は、本当に限られてるのです”


義則君を見送ったあと、神父さんはそうつぶやいた。僕は、これから進もうとしてる道が、自分の意志100㌫なのを、確認した。

週一更新 水曜か木曜の深夜に更新出来る様頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ