ブライダルフラワーの準備・人に身分ってある?
ブライダルフラワーの準備で大忙しの、淳一と店長。そんな中で淳一は、俊の本音をかいまみるのですが・・
日曜の午後に結婚式があり、式用の花のアレンジを、この店が引き受けた。聞いて俺は唖然としたね。
敦神父さんから結婚式の花のアレンジを店長に依頼したのは、昨日、つまり金曜の夜だ。明日、式をあげるって事だ。何を考えてるんだ、いや、何も考えてないんだ、あの神父。ったく使えねぇ。切り花の市場は金曜日の朝だ。知っていたら、それなりの花の種類と数を入荷したのにな。
「結婚式って、日取りは前もって決まってるものなのにね。」
「”うっかり忘れてました”だと。もし花屋を敦神父がついでたら、即、つぶれてたな。」
「で、在庫のほうはどう?急な事なんで、こちらとしては定価+αでいきたいとこ。」
店長が、新郎新婦との打ち合わせから帰って来た。顔色が冴えないって事は、花が間に合わないかもって事かな?最悪、足りない時は、他店に融通してもらうしかない。
「店長、で、どうだったっすか?花はウチので間に合いそうですか?」
店長は、苦笑しながら首を振った。
「ギリギリ。丁度、時期が悪かった。お盆用に百合とストックは、昨日、多めに入荷しといたけど、薔薇やカーネーションなどが足りないかもしれない。カスミ草は、完全に足りない。で、近郊で栽培してる農家さんに直接、買いつける。連絡しておくから、飛鳥ちゃん、これから俊君と一緒に行ってくれる?」
飛鳥先輩、住所を聞くとすぐ飛んで行った。俊君というのは、ちょいと訳アリ青年で、来週から野菜の仕分け工場で働く事が決まった。それまでは、彼を一人にさせない。そう敦神父と店長からお願いされた。
うちの店の花の精霊たちが、どれほど心配し慰めているか、彼は見えないので(まあ普通そうなのだけど)知るはずもないけどな。少しかは精霊の力も効いてるのか、知りたい気もする。
「淳一君、結婚式は日曜日の3時からね。場所は三条教会。祭壇用の花は、教会で午前中にミサがあるので、こちらで出来るだけ組み立てた花を、正午に持っていき、そのあとを教会で作業。花嫁のブーケ。それと髪に飾る花冠。頼まれたのはこの3つだけど、どうも他にも急に何かありそうなので心して。OK?」
「わかりました。じゃ、店のほうは、飛鳥先輩と俊君で」
「いや、彼女と悟君で留守番してもらう。俊君はこっちの手伝い。それと淳一君、祭壇に飾るメインの花をよろしく。予算は2万だそうです。形は扇形か三角形。後ろはあまり派手でなくていいから。」
一瞬、スルーしたけど、店長、2万なんて大きなアレンジ花、俺には無理っぽい。それにそれだけの花が揃うかどうか。
「店長、花が足りなくなったら?それに俺には無理めです」
「少しだけ足りないのなら、他店で揃えましょう。その時は飛鳥ちゃんにお願いするとして。
それでも間に合わないときは、サイズを縮小して値段を下げます。向こうにはこちらの事情をなんとか了承してもらいました。花冠を作らないといけないので、そっちが終わり次第、祭壇の花をチェックしますから心配しないで。残りは向こうで作業する事になりますが、なるべく汚さないように。時間が押してますから。」
俊君を連れて行くという。俺はこれには驚いた。友達・親類の集まる結婚式、彼の劣等感、つきまくるんじゃないかな。
「俊君には教会の会場作りを手伝ってもらう事になるでしょうが。私と兄がいるんで大丈夫です」
指示された事を含め、店長の口調に、少しあせりが出てる。だろうな。作業時間は3時間弱。花の数はギリギリ。人も足りない。作業は明日だし。今日はデザインを書いて店長にチェックしてもらおう。あとオアシス作り。長方形で2m(多分、そんなに使わないだろうけど、予備。)
店で花を数を確かめながら、頭の中で組み立て描いていった。それを花の精霊が、上からのぞいて、ケラケラ笑う。チェッ、どうせ絵はヘタだよ。精霊たちは、俺たちの心配をよそに、ワクワクしてる。だよな。結婚式だ。
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朝、早くから店に出て来た。庭のグラジオラス、その他、使えそうな花を切ってきた。
母さんには、事後承諾という事で。代金は、多分、雀の涙かばあちゃんの生け花教室行だ。
「おはようございます。さっそくとりかかりますけど、店長、何か変更事項は?」
「そっちはないけど、花冠のほうは大弱りだ。白い薔薇で花冠を作ってほしいと昨夜電話があってね。新婦さんって小柄な女性だから、花冠までにしてしまうとね。あわないんだ。困った。」
それ、こっちにも影響します。白い薔薇をメインに組み立ててたのに、花が間にあわねえ。
当人を説得するにももう時間がない。神父のバカヤロー。
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他の教会は知らないけれど、カトリック教会では、結婚式の祭壇の花は、特に色に制限はないのだとか。中咲の菊はともかくとして、華やかでも地味でもいいそうだ。花は式がなくても、祭壇に少しかは飾ってあると悟からが言っていた。
午前中、店で白とクリーム色の薔薇をメインに組み立てた。店長が、俺のデザインを修正しながら、チェックしてくれたので、少し楽だった。小さい胡蝶蘭を脇にいれて、なんとか基礎部分は出来た。後は、左右と向こうで形を修正するだけだ。
三条教会では、信者のらしい人達と俊と敦神父が、大慌てで、式場作りのため椅子を並べたりして、動き回っていた。店長も、祭壇の花の最終仕上げをやってくれた。まだまだ修行がたりない俺だから自信もなかったので、助かった。
<やっぱ、ひよっこには任せられないって事ね>
<いや~、花の種類はあるけど数がすくない。テクニックがいるんだと>
<もしかしたら、売れ残るかもって、少し寂しかったけど、ハレの舞台でうれしい>
<式が始まる前から、踊ろう。一人でも楽しいし、この教会の空気は、気持ちいい>
精霊たちは好き勝手な事を言ってる。ま、俺がひよっこだってのは、認めるから。本番ではいい仕事してくれな。近頃は結婚式をせずに籍だけ入れる形が、はやってるとか。でも、こうやっていろんな人(含む精霊)に祝ってもらえるのは、多分、殆どの人は結婚式が、最初で最後かもしれない。
なんとかメドがついた所で、信者の人から、
「マリア様の像とフランシスコ様の像”の前に、花を飾りたいんです。庭の花でもいいんですけど、お祝いの日ですから、華やかな花をと思って。あと玄関に”ウェルカムフラワー”として少し。お願いします。余ったのでいいですから。」
あまらないっすよ。今回は、飛鳥ちゃんに一覧表をもらい、予定外の花を使うたびに、しっかりチェックいれてますから。ちょっと困ってたら、敦神父が、祭壇用の花の予算2万に入れていいから、と。店長はもう新婦を説得にいってるので、俺だけできめるか。
実は予備にラナンキュラスを持ってきたのだけど、白と黄色とカスミ草で、ウェルカムフラワー(玄関用)の花を活けた。形は、ラウンド。像の前の花は、スプレー咲の薔薇の赤と白のストック。左右同じにした。像のほうは、もう余りもの活用。
花嫁さんが控室からお御堂に出て来た。なんだか機嫌悪そうだ。店長が言っていた通り、白薔薇の花冠は、小柄な彼女には似合わない。せめてウェデングドレスを、派手に裾の広がったお姫様ドレスなら、よかったか。
実は店長の話しを聞いて、飛鳥ちゃんが、俺にカチューシャを渡してくれてた。細いタイプで髪留めの実用本位のやつのようだ。”もしかして必要になるかも”
飛鳥先輩は、ブライダル用のコサージュについても、本とかネットを見て、知っているようだ。万が一の時の用心をしたのだろう。ちなみに、俺は、それは専門学校で習うつもりでいた。
店長に、カチューシャを差し出し、これに数本の薔薇をつけた形にしたらどうかと、ホールで提案してみた。苦労して花冠を作った店長には申し訳ないけど。あれは、派手すぎて花嫁が目立たなくなる。
「どうですか?店長。カチューシャの前だけ、薔薇を4輪ほどつける。これだと、周りからもよく見えるし、バランス的にOKと思うんですが。」
軽く描いて、店長に説明。店長は少し苦笑いしながら
「淳一君、名案です。これで花嫁さんも納得してくれる、というか、説得しましょう。余った白薔薇は、ブーケに紛れ込ませます。」
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式は滞りなく終了。30分ちょっと。祭壇の花の精霊たちは、新郎新婦にだきついたりして、祝福してる。彼らなりの愛情表現なんだろう。その中で一人(?)俊の側に心配そうに立ってる精霊がいる。カーネーションの精霊。
「ありがとうございます。手伝ってもらって。助かりました。正直、今回は時間もなくてアセってたんで。」
「いや、下宿してるからね。手伝うのは当然と思ってます。それにしても、華やかな結婚式だったですね。花に囲まれて。でも、切り花ってすぐ枯れるでしょ?少しもったいないかな。」
いえいえ、なんとか1週間はもたせるように、処置してきてるしと言い訳しようとして、その口調の冷たさに気が付いた。
「ま、一生に(多分)一度だから、思い切って贅沢したんだと思うんすよ」
「今日の彼らは、それが出来る身分なんですよ。僕とは違う。両親は、式は上げず籍だけ入れただけ。記念写真もなしです。母の葬式ですら、花はほんの少しだけ。弔問客も少なく寂しい式でした。」
いや、今は式を挙げない夫婦も増えてるし、葬式も家庭葬が多くなってる。でも、それは選択肢がある人も多い。
俺は返答に困った。こういう時こそが神父の出番だろ!
「式をどうするかは本人の希望だから。俊さんもこれから恋人が出来たら・・・」
「だから、恋人すら出来ないだ。低賃金で長時間労働。休みの日は疲れて寝るだけの生活。恋人なんか出来なかったよ。多分、これからもさ。そういう身分に生まれついてるんだ」
俊の顔からは、笑顔が完全に消えてる。俺はムっとした。”自分ばかり不幸”ぶりっこか?確かに大変な生活を送ってきたのは、わかる。が、そこで悲劇にひたっていては、先に進まない。
ああそうだった。もう俊は、”先に進みたくない”んだっけ。
「俺さ、年下で世間を知らないひよこだけど、俊さんが元気になるよう、出来るだけの事をする。俺だけじゃなく店長も飛鳥ちゃんも悟もそう思ってる。だから元気をだして下さい。」
陳腐だけど、正直なとこを言った。俊は”僕は別に元気だし”とかは言わず、泣きそうな顔をしてる。俺は俊の背中を軽く押す。
「店に戻りましょう。後は信者の人と神父にまかせて、花屋は撤退です。」
泣きそうになった俊を慰めたのは、飛鳥先輩の入れたアツアツのコーヒーだったかも。
俺は自分が”使えない奴”であるのを、思い知らされた。
遅くなりました(´・ω・`) 今回、長めです。すんません。
週一更新、基本、一話完結です。




