思い出ーストロベリーキャンドル
今回は悟君目線。俊君と上手くやっていけるでしょうか。。。
小出 俊 君という敦神父さんの知り合いの青年が、僕と同じく、水瀬花屋に下宿する事になった。店の2階部分が住居部分だけど、さすがに4人暮らすのは、狭いかも。僕だけでも、どこか部屋を借りたほうがいいだろうか・・
俊は、俺の2つ下、大学へは行かず、高校卒業後、すぐ就職したんだそうだ。
「で、悟先輩は、こうやって朝早くに、軽く食事して、仕入れ手伝いに行くんですね。僕も一緒について行っていいですか?朝飯代代わりで、なんでもやります。」
ここに滞在する意味が、いまいちわからないけど、訳アリっぽいので、聞かない事にした。
「今、親父と冷戦中なんだ。本当は自活するのがいいのだけど、敦神父さんの好意で、ここに寝泊まりさせてもらってる。他の時間は、殆どコンビニでバイト。それから食費・光熱費として月4万、店長に払ってます。食事つきで、掃除とかします。洗濯は、僕はコインランドリーにであけてます。今はそれでお金を貯めさせてもらってる最中ってとこかな。」
朝食の味噌汁を飲み終え、仕入れへ行く準備にかかる。前日に店の在庫を確認、最近の売り上げ傾向など、飛鳥先輩がまとめた表を見て、自分なりに仕入れを組み立ててみたりする。実際は店長がしてるけど、僕も手伝うからには仕事覚えたい。
2階から俊が降りた来た。動きやすい服装だけど、昨夜と同じ格好だ。市場は少し冷えて、水でぬれる事もあるので、予備の作業着を探して渡した。
「ああ、悟君。ありがとう。しばらく俊君には一緒に仕入れについて来てもらうから。俊君は、市場で、もし細々とした仕事を頼まれたら、よろしく。」
店長も労働を織り込み済みなんだ。
「なんでも言って下さい。、フォークリフトも運転できますから」
俊は、何者?どこから来たんだ?遊びに来ただけなのか。それに、何か浮世離れしていてるのに、世慣れてるって正反対の印象を受けた。それは理解できない。
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今日は鉢物買い入れの日。うちは、それほど買わないので、台車をつかって運び、花屋の車につむ。この作業、結構、腰にくる。この間のコンビニの深夜シフトで、腰を痛めてしまったようだ。少しの荷物でも、ピキっと痛みが走るときがある。コンビニの深夜のバイトは接客が割と少ない分、品出しなどがあるので、重労働だ。
「悟先輩、僕がやります。腰痛いんですよね。」
「ああ、悟でいいよ。もう一人のバイトの淳一もそう呼ぶし。それにしても、俺が腰痛って、よくわかったな。
すると俊は、急に悲しそうな寂しそうな顔をして”母さんが腰痛持ちだったから、その動作とよく似てたから”と、過去形で答えてくれた。そういう事なのかな?
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昼食は、俊が作る事になった。店長が配達に行っている間、僕は花屋で一人で働く。3時間のバイトを延長する事になっても、今は何も言えない。破格で下宿させてもらってるから。今日は淳一は珍しく休み。なんでも”上の免状とるのに札幌まで習いに行ってくる”とか。
生け花も免状(免許?)とるのは大変なんだ。
店長は手早く注文の品をまとめると、配達に出かけた。その間、一人で花の仕分けとか値段つけ、もちろん、その前に店内の掃除だ。飛鳥先輩が閉店後に念入りにやってくれてるけど、一応、軽くはする。いつもながら、店内は綺麗になっている。が、窓が汚かった。夜中に雨が降ったせいだろう。ガラス拭きをしてると、いつのまにか、俊がそばにいた。花の精霊たちが彼に群がってるのが、俊には見えないようだ。
「悟せ...悟さん、掃除くらいなら僕も出来ます。」
「あ、じゃあ、お願いしようかな。」
誰かが働いていて、自分が何もしないというのも居心地が悪いだろうし。
一緒に働きながら、俊は自分の事を話してくれた。彼の父は小さい時に交通事故で死に、それ以来母一人子一人だった。”寂しくはなかったけど、母はだいぶ苦労したみたいです”なんて重い話しのはずなのに、掃除をしながら、なんでもない事のように。
「俊、それって敦神父さん、知ってる?」
「はい、こっちに来た時に話しましたというか、もう知っていたみたいです。」
僕は年の離れた兄が、本州で暮らしてる。すでに結婚して。そう考えれば僕は家族はいる。ただ、兄とはもう数年来会っていない。仕事が忙しいのだろう。母さんとは、いろいろあったけど話した結果、まあまあ、僕の今をわかってもらえた。でも親父はだめだ。頭ごなしに意見をおしつけてきて、あげく怒鳴りちらす。一緒にいないほうがいい家族ってあると思う。
だから、家族の事については俊には同情はしない。人それぞれだし。
「ずっとコンビニバイトして、将来は店を持つつもりですか。悟さん」
「悟でいいよ。今、僕は何をしたらいいのか、考え中なんだ。バイトでお金ためたら、自分の決めた道に進むための資金の足しになればと。」
よく考えれば、”何をしたらいいかわからない”っていうのは、贅沢かもしれない。俊には高校を卒業した後、選択の余地がなかったんだ。
(もし働かなくても、帰る家があって、困らないんですね)
俊がそういってる気がした。
「悟、僕の顔に何かついてる?」
うっかり見つめてしまったのは、こっちのほうか。彼は何をしにここに来たのだろうか?
<俊はね、たった一人の肉親の母親を亡くし、仕事もなくして無職。ほぼ無一文。ここには自殺しに来たみたいね。敦神父と店長が、みはってるけど。俊君を一人にならないようにして、悟>
花の精霊(ううん、香りからして百合の精霊かな)が、僕にズバリ教えてくれた。自殺って、僕も責任重大?さっき家族の話しを愚痴ったのは、彼にとってツラかったかな。肝心の敦神父、どこへ行ってるんだ。
掃除がおわり、朝の開店の準備もほぼ終わったところで、売れ残りで、もうもたないだろう花を見つけた。これで花器が一つ空になった。花は僕がお金をだして買った。3本300円。ひょろ長い茎の先には、ろうそくの火のような形の赤い花が、咲いてる。
「それ、その花、なんていう花?」
「えっと、確かストロベリィキャンドルだったかな。ほら花がイチゴに似てるし。」
花を俊にわたすと、懐かしそうに花を眺めてる。
「この花、売ってくれる?」
「いいよ、あげるよ。ドライフラワーにも出来るよ」
ま、300円くらいなら、コーヒー奢ったと同じだ。売れ残りだからと断りもなく”無料”で持っていった時の明日香先輩の反応が怖いから、お金を出したまで。俊はきっとこの花が気に入ったのだろう。
「これさ、隣の家の庭にこの花がたくさん咲いててね、僕、本当に小さい時だけど。イチゴに見えたんだろうか、プチっと花だけ全部とったんだ。ご機嫌だったらしい。後から母さんがお隣さんへ頭を下げにいってさ。俺も頭を下げさせられたよ。”人の物を勝手にとっちゃいけませんって。」
それはそれで、ほほえましい話しだ。そう高価な花ではないので、隣人も笑って許してくれたに違いない。ホンワカ親子話し。
「でね、その晩、母さんがイチゴを2ケースも買ってきた。”お前があの花をとったのは、イチゴと間違えたのだろう、食べたがってたからね”てさ。その時、うち貧乏だったみたいで、イチゴなんて、買う事も出来ない高価なものだったみたいだ。母さん、無理したんだろうな」
僕はなんて答えたらいい?”そうなんだ””今でもイチゴは高いよ””イチゴおいしかった?”どれも、いい返答ができなくて、僕は黙ってしまった。接客が苦手なのもこの口下手のせいかな。
「そういう大事な思い出も、もう俊君しか覚えていないのですよ。そのあなたがいなくなったら、優しいお母さんの事は、永遠に人々の記憶からもなくなるのですよ。」
紙袋を二つ持った敦神父さんが、店の戸口に立っていた。
「優しいお母さん。苦労した事も楽しかったことも。あなたしか覚えてないんです。」
優しい敦神父さんの、いつにない強い口調だ。俊はさっきまでの笑顔から、苦虫をつぶしたような顔で、唇をかみしめていた。
”彼は自殺志願者”といった、精霊の言った事は、本当だった。
週一のペースで更新。基本、一話完結です。




