孤独な青年とアリウム・コワニーの主張
坂崎先生も人使いが荒い。まさか展示の手伝いまでさせられるとは。
午後から坂崎先生門下の花展があり、午前中、注文をされた花を配達に行った。現場は修羅場だった。門下生の方々は、すでに花の種類・デザインを決めてあったので、あとは活けるだけだったはず。でも彼らは、花選びで揉めてるらしい。同じ花なんだけど、花の向きやと大きさが若干違うからだ。私は淳一と一緒に展示会場づくりを手伝う羽目になった。
店のほうが心配だ。いつものように悟が店番をしてくれてるが。とりあえず、花束の見本デザインのネタ帳のように置いてきたが。
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やっと会場作りから解放され、慌てて店に帰った。もう午後1時。本来なら休憩時間に入ってるはずだけど、まあしょうがない。
「ただいま。遅くなってごめん。坂崎先生に...」
と、言いかけたところで、店の雰囲気がおかしいのに気づいた。花の精霊が大勢そろって、見知らぬ若者を、とりまいてるのだ。心配そうな顔をして。
「おかえりなさい。店長。敦神父さんにお客さんです。悟君がいうには、もう帰ってくる時間なんだそうですが、まずお店で待っていてもらいました。すぐお昼にして休憩をとって下さい、店長。ちなみに今日のお客さんは、彼だけでした。」
花は売れなかったか。ガックリくるようなホっとしたような複雑な気持ちだ。兄さんは、今日は教会の新築または改築関連の話だから、会議はもめるはず。
「こんにちは、小出 俊といいます。敦神父さんとは、名古屋で知り合いました。北海道に来たので会いたいと思いまして。あの、ご迷惑ですね、敦神父さん、相変わらずお忙しそうで」
小出 俊 と名乗った青年は、だいたい悟と同じくらいの年齢かな。洗いざらしのジーンズにシャツ、デイパックという軽装。”北海道に来た”というのに、荷物も少ないし軽装すぎないかな。
「俊君、初めまして。私は、敦神父の弟の水瀬 亘 。ここの店長です。兄は高台町会館で会議なので、ここで待っていて下さいね。もうさすがに帰ってくる頃でしょう。」
それから、クボタ珈琲店から、ホットを4人前頼んだ。
俊君とやらは、飛鳥ちゃんと楽しく話してる。表情も一見明るい。口調も穏やかだけど、若者らしい。なにも心配することはない。おそらく。飛鳥ちゃんも、花の精霊の言葉に戸惑ってるが、まさか唐突に、”力強く生きていきましょう”とは言えない。
そう、花の精霊は、”彼は死ぬことしか考えてない”と心配して大騒ぎしてるのだ。いやな要素はある。荷物が少なすぎることだ。駅にでも預けてるのかと思ったが。
「ところで俊君、今日は教会に泊まる予定かい?」
巡礼をかねて、信者が教会に泊まる事はある。だが、彼は笑顔で首を振った。
”僕、クリスチャンじゃないし、どこかにテント張るつもりです”という、
嘘だ。これは私の直観、ここじゃ精霊たちに問うこともできないので、2階に上がることにした。2階で話しを詳しく聞いてみよう。
2階への階段を上がっていく途中、兄さんが帰ってきた。兄さんの分もコーヒーを頼んでおけばよかった。階段から俊君を見ると、コーヒーに手を付けてなかった。嫌いだったのかな。
「兄さん、お帰り。小出 俊 君が、きてるよ。」
途端、兄さんの顔色は、アジサイのように七変化した。まず、私の言葉に、”え?”って驚く、それから、すぐ”思案顔”になり、思いついたように”厳しい顔”になった。最後は笑顔で俊君に、”やあ、よく来たね。名古屋からかい?”と聞いた。”ええ、そうです”の俊君の答えに、”これはまずい”って顔を一瞬した後、”お昼をウチで食べていかないかい”と、緊張した笑顔で誘った。
兄さんは、感情が表に出やすいというか、何考えてるかまるわかり。表情が豊かだ。
私は、自他ともに認めるポーカーフェイスなのだけど。
昼食を一緒にの誘いは、断られた。それで兄は、また厳しい顔になって、気乗りしない俊君を、2階の自室にひっぱっていった。これ、緊急事態かもしれんな。
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2階にいった花の精霊たちが、続々と経過報告にやってくる。やっぱりいやな予感はあたりそうだ。上で兄さんは、俊君の話を聞いてるようだ。
”母親がくも膜下出血で急逝したこと”
”派遣先から雇止めにあい、寮を出ることになった事”
”今、無職である事”
報告してくれる花の精霊たちは、兄さんと俊君には見えない。精霊たちは、私に兄に加勢するように言ってきたが、”生きている人”なら、兄さんのほうが話を上手に聞き出す。私が行っても俊君、警戒してしまうかもしれない。
兄は、彼に昼食をだしたようだ。食事といっても、ごはん・味噌汁・お浸し、あ、悟君母さんが、イカ大根を差し入れてくれたんだった。思い浮かべると、おなかがなった。
<あんな敦神父さん、初めて見たわ。食事を出したのに、俊君は断ったのよ。そしたら、”いいから食べなさい”と、静かだけど強く言ったの。それも2回も。今にもごはんを強制的に口の中にいれそうな雰囲気>
精霊の話に、彼らの訴えていた事が、事実なのを確信した。
テントの話しは嘘だろう。デイバッグには、おそらく着替えも一枚くらい。ひょっとしてロープとか入ってるかもしれない。お金も殆どないはず。失業したうえに母親の葬儀だ。ここに来るだけがやっとだろう。もしかしてろくに食べてないかもしれない。それでも、彼はコーヒーも飲まず、最初は食事も拒否した。
彼は自殺する決心をしてる。その手の自殺志願者に対応した事がある。私も助祭(神父さんの見習い)の時だ。
私のその時の上司の神父は、きわめて慎重に相手に”自分がわかった”ことを悟られないように、苦心して応対していた。無論、緊張してるのは隠す。いつもの通りに話す事から始めた。
<ねえ、いかないの?店長もわかったでしょ?彼が死にたがってるの>
わかる。ただ、俊君は兄に会いたくて来た。(死ぬ前に一目ってとこか)心のどこかに、助けてほしい気持ちもあるのだろう。本人は自覚してないかもしれないが。
とりあえず様子見。というかさっきの花展の仕事が残ってる。今日、終わりに、生け花の手入れをする。その時に(ないとは思うが)しおれた花やグリーンの交換や手直しがある。ひょっとして追加の注文があるかもしれない。備えておかないと。
普段でないような珍しい花や、需要の少ない花、単価の高い花は、保冷室に。行灯作りの朝顔もちょっと見てみないと。やれやれ、今日は曇りで暑い。北国では珍しい。
<ねえ、聞いてるの店長。一人の若者が自殺を考えるなんて、よっぽどなのよ。私たちがその心を感じ取るくらいだから。こういう時は、皆で力を合わせて彼を助けないと。私も小さい花だけど、仲間と寄りそってるから力もでるのよ。>
「そういう君は、アリウム・コワニーだね。生け花で、確か末次さんがメインに使ってた。」
コワニーの精霊は、大きな声で自分の意見を主張しながら、私にまとわりついてくる。もちろん、邪魔になる事はないが、声が聞こえるので煩わしい。こんな性格の花だったんだな。メインの花材にはなる事は少ないので、もっとおとなしいかと思った。
「あのね。彼は敦神父さんを頼って来たのよ。だから敦神父がいいの。俊君って明るい顔をしてたじゃない?上辺だけ取り繕ってるのよ。初対面の私たちは、むしろ最初は警戒されるから、かかわらないほうが、早道だと思うのよ、コワニー。」
飛鳥ちゃんの援護射撃。<でも私はそう言ってる場合じゃないと思うし、急がないと、思うし・・>コワニーの精霊は、それ以上は口ごもってる。プっとふくれた顔がカワイイ。
電話が鳴った、飛鳥ちゃんが応対をしてる。
「ええ、ですから店長は...ええ...そういう事情で、申し訳ありません。坂崎先生。手があきしだい、私が手伝いに行きますから。」
きっと坂崎先生からのヘルプ要請だ。花の追加注文ではなさそうだけど。
「店長、坂崎先生から電話がありましたが、店長は緊急のお客様で手が離せないと、言っておきました。今のうちに30分でも仮眠してください。顔にクマが寝てますよ。」
少し助かった。お言葉に甘えて少し休むかなと思った時、2階から兄が降りて来た。
「亘、昼食にしましょう。」
「俊君は?」
「”食事はいい”言ったけれど、強引に食べさせました。本人、一昨日から何も食べてないようで、食べだしたら止まらなかったですよ。最後は泣きながら食べてました。おいしいってね。今は、疲れがでたのか熟睡してます。」
よかった、とりあえず、食べる事が出来るなら、安易な行動には出ないだろう。起きたら、兄にまかせようか、それとも私もいるべきですかね。
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花の精霊の情報と、私の推論は当たった。うれしくなけどね。俊君は、母一人子一人の生活。父親とは子供の時に死別。それ以来、親戚づきあいもなく、母親が急逝した後、天涯孤独になった上に、努めていた工場も雇止めという名のクビ。葬式代で貯金が殆どなくなり、再就職先のアテもなく、兄に会いに来たそうだ。そして、どこか山の中でひっそりと、首を吊るつもりだったそうな。
「ひきとめておいてくれてありがとう。俊君の母親が信者でね。名古屋で会議があった時、偶然、教会で彼と知り合ったんだ。その時は、ごく明るい青年だったのだけどね。その後、風の便りで母親が急逝したとは聞いてたんで、心配はしてたんですが。天涯孤独の無職になってから、もう自分は生きるのがツライし死んでも構わないだろうって。彼はもともと友達も少なかったので、話し相手も相談相手もいなかったのでしょう。ところで、彼が食事、今日は水分もとらなかったのは、首を吊ったときに、大小、下から垂れ流しになるのが、恥ずかしかったからだそうだ。」
空腹万歳。彼が空腹でいた事で、なんとか糸口が見つけられそうだ。とりあえず、相談相手にには、私はなる事が出来る。宿泊もウチか教会でなんとかなる。幸運な事に、これから農作物の収穫期。まわりの集荷工場では、人を大募集してた。もちろん、本州にかえっても仕事はあるだろうが、俊君には、”家族”が必要だ。今は一人にしないほうがいい。
コワニーの精霊は、きっと大声で<私、俊君の家族になります>って彼につくだろう。
君の姿は彼には見えないが、残念だよ。
週一のペースです。最近、更新日が不定期になって申し訳ないです。




