淳一、美術展へ行く
今回は、淳一君の話しです。美術展行ったところ、不思議現象に出くわします。
これも必要な勉強なのだろうか...俺は、文化センターの前で、改めて考えてみた。
文化センターでは、今日は美術協会が主催の美術展を開催中で、今日が最終日。
事の始まりは金曜日の放課後だ。いつものようにバイトへと忙しく帰り支度をしてると、美術の赤間先生から呼び出しがあった。
なんだろうと思った。熱心ではないけど、不真面目でもない生徒のつもりだけど。提出した絵が”ヘタすぎて不可”だったのかもしれない。そういえば、キャスケードブーケのラフスケッチを店長に見せたら、ため息つかれたな。俺は絵を描くのは苦手なんだ。緊張して美術準備室に入った。
赤間の要件は意外なもので、俺の目の前にチケットを差し出し、”行ってこい”とご託宣を下した。
”君は、フラワーアレンジ専攻で、札幌のデザイン学校に進学希望って聞いた。君が美術系に興味を持ってるとは知らなかったよ。フラワーアレンジも一種の造形美術。管内の美術展をやっているので、勉強しておいで。”
赤間のいう事に、最初は”はぁ?”って感じだったけど、陶芸部門では花器も出展されてるそうで、半信半疑でやってきた。チケットもらったし。
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美術展は2階で開かれていた。入り口でパンフをもらった。文化センターに入った時から気がついたんだけど、俺の後ろに何かいる。人でも動物でもないやつ。どうも俺はいわゆる”ひきよせてしまうタイプ”なのか。まあいい。邪気は感じないし知らないふりしよう。
きっとどこかで離れるだろう。
自分の後ろの気配は無視しながら、会場をグルリと見る。入り口からL字に曲がっていて、壁には絵などの平面的な美術品。通路になる床の真ん中には、陶芸作品や木彫りなどがおかれている。
油絵や陶芸のほか、水彩、日本画、織物、などいろいろな物が、展示されていた。最初に俺の目が留まったのは、”空飛ぶペンギン”の絵だ。その下は熱帯植物が描かれていた。
なるほどね。植物モチーフの絵も多いな。熱帯植物といっても、どうも馴染みがないせいか、本当の植物かどうか、自分にはわからない。ふたつ隣の作品は、イラストのようだ。この絵には覚えがあるような。あれだ。再放送でみたアニメだ。植物のようななのに囲まれ、少女が座り込んでいる。これは”風の谷の人”だ。もちろん顔も服装も違うけれど。それにしても、奇妙は植物だ。一目で”存在しないもの”ってわかった。
実は最初は乗り気じゃなかった。バックレようかとも思った。ただ、店長に話すと、”かならず行く事”と念を押されてしまった。来てみると、いろいろあって、それはそれで結構楽しい。
バイトがない日曜日もひさびさで、俺は思い切り背伸びをして、隅の監視員の人と目があい、バツが悪かったりして。”風の谷”の絵の次へ進むと、悟を見つけた。友達と一緒らしい。
「悟、何、お前も店長に言われてきたのか?」
「違うよ。美術部の友達と一緒に。顧問にチケットもらったし。それから、ここはあまり大声だせないよ。雰囲気でわかるだろ?」
確かに。皆、わかったような顔をしながら殆ど沈黙のまま鑑賞してる。ワイワイ言い合いながら感想を言う事はないんだ。
悟とはラインで、やり取りする事にした。さっぱり訳わかんねえ絵もあるし。
”この女の人の絵は、おもしろいというか、マンガみたいだな。目と口だけデカイ。”
”淳一なら、例えばこの女性に花を贈るとしたら、どんな花を贈りたい?”
そう聞かれ、うむむ、とうなってしまった。派手で明るくて赤か黄色のダリアって印象の女性だ。でも、白のミヤコワスレの花とか渡したら、意外と喜びそう。
陶芸作品の中には花器も展示されてて、俺は逆に悟に質問してみた。
”これって、いろんな形の小さな花器を組み合わせてる。悟ならどんな花を活けたい?”
”さあ、花の事はわからないけど、案外、秋っぽく演出するといいかも”
”秋ね。ツルウメモドキとか菊か...違うなピンとこないな”
ばあちゃんとの生け花のレッスンは、ちょうど最終段階にはいってる。花器についてもいろいろ意見がぶつかる。あと少しで草月流の4級の免状がもらえる。これでデザイン専門学校には、AO入試で入れると思うんだが。
いろいろな事を考えながら、展示品を見て回るのは面白かった。悟の友達もラインに入って、いろいろ説明してくれたり、アドアバイスしてくれたり。周りからは、鑑賞もせずにスマホばかりいじってる場違いトリオに見えただろうか。
順路の最後のほうにあったその日本画に、最初に反応したのは悟だった。
”うわ、すごい。和風ファンタジィー。これお金かかったろうな”
”ああ、日本画の顔料、つまり絵具は、油絵よりもかなり高いんですよ。淳一君”
それは、空を飛ぶ龍に乗った巫女姿の女性。白い肌。長いストレートの黒髪。眼が切れ長。凛とした雰囲気が絵の全体にただよとってる。
二十歳くらいかなこの女性。なんて思ってると、その絵の女性が俺のほうに顔をむけた。本来は斜め横顔なのに。俺の目の錯覚?いや、二重にタブってみる。斜め横の顔は最初の表情だけど、俺をみる顔は、眉根をひそめ、目が吊り上がってるような。俺、あんたの悪口も言ってないし思ってもないし。いやいや、俺の錯覚だ、昨日、ゲームやりすぎて遅かったからだ。
錯覚どころか、声が聞こえて来た。絵の女性の声。幻聴だ。
<何故迷い出、ここまで来よったか。よく来れたものじゃ。入り口近くには”戦士”もおるに。まあよい、はよう現身に帰るのじゃ>
俺の後ろにいるものに、声をかけたんだ。
よく見ると、俺の陰に隠れる様にして、6歳くらいの女の子が立ってる。細く白い糸のようなものが足元に見える。今にもきれそうだ。
「お嬢ちゃん、どこから来たの?お名前は?」
<ううんとね。たぶん”すえ”。皆が私の事、そう呼んでるから>
<”すえ”とやら。なぜここに来たのか?ここはそなたにとっては、怖い者もおろうに>
<すえね、サエちゃんの絵を見に来たの。>
「その、サエちゃんってお友達?}
<う~ん、確かひまごとか言ってたような。ひまごって何?>
どうやらこの子は、子供じゃなくて実際はお年寄り。ひまごは、ひ孫の事。サエちゃんは、この絵の作者の、海道 冴子 って人の事だろう。現実ではもうボケてるのかもな、すえばあさん。
すえさんの白い糸は、いつの間にか切れていた。臨終間近でここに飛んできたんだ。
<ついに事きれてしもうたか。そこの若者。そなたの花の香りに助けられて入ってきたものじゃろう。はよう天に送ってやれ。>
「ええ!無理っす。花の精霊もいないし。第一、俺はそういうの出来ないっすよ。」
今までは、たまたまだ。花の精霊が力を貸してくれたし。
<やれ、ふがいのない。では我が送りこんんでやる>
巫女姿の女性はそう言うと、持っている長い杖のようなもので龍の頭を、トントンと軽く合図した。それで龍は口をあけて光を吐き出した。ウワっと俺は光の帯にさわらないよう、飛びのいた。すえさんが光の帯にのった途端、猛スピードで窓に向かい天に昇って行った。
俺も死ぬときは、超特急コースで天国へいきたいものだ。
なんて独り言ちしてると、周りからの痛い視線に気づいた。しまった!やっちまったか。悟もその友達も変な顔をして俺を見てる。悟はいわゆる魂・幽霊の類は見えないんだ。幸せな奴。
「ああの、その大丈夫?何か言ってるように聞こえたけど」
「いやあ、なんでもない。この絵を見て、アニメのセリフを思い出したんだ。つい口にでちゃったみたいだ。あっはは」
笑ってごまかした(つもり)。龍にのった女性は、何も変わってない。すまし顔だ。こういう場合もあるって事、これから美術展へ行く時は心しないといけないか。ああ、面倒だ。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)更新します。基本、一話完結。週一ペースの更新です。




