ライラック騒動
店長目線での話しです。
悟君が、根本から切られたライラックを店に持ってきた。苗木なら、頼まれ市場で注文した事あるが。
「悟君、どうしたんだい?これ。家にあったのを切ってきたのかい?」
陽気が続いたせいか、ライラックも例年よりはやく蕾を付けたようだ。その木はもうすぐ白の花を咲かせる予定だったはず。蕾が膨らんでる。
「いえ、あの、僕の近所に一人暮らしのおばあさんがいて、今度、高齢者用の下宿に住むらしいんです。で、家を壊し更地にする最中の時に、ちょうどそばを通りかかって...」
「で、そこで切られたライラックを見て、可哀想に思って、もらってきたんだね。」
多分、花の精霊に”なんとかして”って、泣きつかれたのだろう。彼は慣れてないせいもあるけど、花の精霊の頼みを断れないようだ。
ライラックは小さな花が密集して穂先のような形になってる。よく見るとすでに開花してるのもある。
「粗大ごみと一緒に、小型トラックに積み込まれそうな所を、僕が頼んでもらってきました。
だって、あんまりじゃないですか。この白のライラック、あと少しで咲きそうなのに。蕾の処に小さな子供がたくさん寝てる。それも一緒にゴミだなんて・・・」
眼をこらすと蕾の処に小さな精霊がたくさん寝ていた。これが見えていたら、さすがにエグイ映像だったかもしれない。一つ自信を持って彼に指導できる。彼は花卉農家には絶対向かない。花卉農家はそれが仕事だから、より高く売れるよう花を分別して出荷してくる。当然、出来のよくないものは、廃棄の対象になるわけで、彼はそれに耐えられないだろう。
「悟君、うちでも桜や梅・桃などの花枝を扱ってるけれど、これはだめだ。花の形とかじゃない。専門家が育てたものじゃないと、虫がいたり、病気だったりするとクレームの対象になるから、売り物にはならないんだ。花穂自体も小さいしね。植えて4,5年って木だろう」
<本当はね、おばあさんはあの家を離れたくなかったの。おじいさんと一緒に庭仕事をよくしてたの。だから一人でいても庭を見ると寂しくないって。おじいさんと一緒にいるようだって。>
花の精霊が、私のエプロンを引っ張って、さかんに訴えて来る。とりあえずこの木の処置をなんとかしないと。それでなくても狭い店内は、ライラックが陣取った分、動きづらくなってる。精霊には、そ知らぬふりをした。彼女の訴えはまだ続く。
<それなのに、あの息子ったら、”一人暮らしは心配だから”の一点張りで。本当は土地を売ってお金が欲しいのよ。あんまりだと思わない?おばあさん、一人でなんでも出来て、私たちの世話もちゃんとしてるのに。>
はいはい、わかりました。私は延々と続く恨み節にギブアップして、精霊の顔を見た。中学生くらいの女の子に見える精霊は、その白いワンピースが少し汚れていた。
「あんまり愚痴愚痴言わない事。人の悪口を言うと、結局は自分に帰ってきますよ。ほら、ランピースが少し汚れて来たでしょ」
私の言葉に、精霊と悟君は、あわてて服を確かめてる。悟君、君は関係ないから。ワンピース着てないでしょ。はぁ、まったく。
「あの、どうしたらいいでしょうか?」
どうしたらって事の発端は君だ
「悟君はどうしたいんだい?助けたのは君だよ。売り物にはならないけど、花穂の枝を切り、蕾を開かせる事は、なんとか出来るだろう。で、それから?どうしたい?」
少し、自分でも考えてほしい。今まで人の意見に左右されるか、何も考えないかどっちかだったんじゃないか?彼は。
「あ、あ、あの一つ思いつきました。この子はおばあさんの事をとても慕っています。咲きそうな枝を花束にして、おばあさんに持って行くってのは、どうでしょうか?」
「とてもいい考えですね。でおばあさんの名前とか住所とかは、悟君が知ってるんですね。」
ちょっと強く言ってみた。彼は社交的とは言えないので、多分知らないと推測できる。嘆く精霊のためなら、なんとかするだろう。
それから彼には、ライラックを小枝に分け、根本割の方法を教えた。これで水の吸い上げがよくなるといいけど。午前中は、店の仕事もやりつつ、その仕事は一人でさせた。
結局、悟君は残業になった。まあ、可哀想だから1時間分だけでも残業代をつけてあげようか。そこらへんは飛鳥ちゃんと相談。
飛鳥ちゃんの出勤と同時に兄さんも店に帰って来た。昨日はB市の教会で会議だったはず。この間から、あそこを巡回教会にする準備をしてるようだけど、信者数が少ないせいか結束が固い。会議は上手くいかなかったろう。顔色が冴えない。まあ、ニコニコしてるけどね。
「おや、悟君、たくさんのライラック。花もいいですが蕾もかわいいですね」
「敦神父さん、この花は満開になると、いい香りなのよ。教会の玄関におくのはどうかしら?」
飛鳥ちゃん、貧乏教会へ営業をかけてるようですが、残念。これは売り物じゃない。
「これは悟君が、近所の家から、もらってきたそうです。売り物じゃありませんよ。」
すごく残念そうな顔をした飛鳥ちゃんに、さっきのライラックの精霊が飛鳥ちゃんに、飛びついていった。
<私、とても悔しくて。おばあさんが可哀想で>
”まあどうしたの”という飛鳥ちゃんに、精霊は口を堅く結んで、涙をボロボロ流すだけだった。さっき、”悪口は自分に還る”って言葉が、身に染みたようだな。
「飛鳥ちゃん、ちょっと訳ありのライラックで、この木があった庭の持ち主は、伐採に気が進まなかったようだよ」
終活がはやるなか、身内とはいえ、いろいろと強制されるのは、私もどうかと思う。特に生き物や植物に関しては、よほどの話し合いが必要だと、私は個人的に思ってる。私は独身なので、身軽だろうけど、借金をせず赤字を出さずに、この花屋をやって行きたい。それだけで、私が急逝した場合、最低限の迷惑ですむだろう。
「亘、この白のライラックの枝、4本ほど、僕に下さい。三条教会とE市の教会の玄関に飾ります。午後からはE市で事務処理に行くので、ちょうどよかったです。」
え?E市の教会で事務処理?あそこは、巡回教会になる事を承知したのかもしれない。訪れる人を、せめて花の香りで出迎えるのもいい考えだ。E市の教会のこういう結果を兄は本当は望んでいないだろう。でも仕方ない。神父の数が足りないのだから。
「それは、素敵です。敦神父さん、ライラックは、一つの木が枯れると周りの木は花が咲かなくなるって聞いた事あります。寂しがり屋なんです。このスイトピィーを4本ほどいかがですか?税込みで324円。二つの教会で2本ずつ。ライラックだけよりぐっと華やかに見えますよ」
確かにライラックの話しは聞いた事があるけど、それを営業トークにたくみに使うとは、さすがというか、兄相手に容赦がないというか。
で、結局、兄は買わされた。私が消毒液やらなんやらを水にいれ、そのまま三条教会に飾れる状態にした。E市の教会用に薬剤の量を指示して渡した。午後からはE市に行くと言っていた。
やっと処理が終わり、悟君はライラックの花束を持って帰った。精霊も彼について行くという。彼の仕事ーおばあさんに花束を持って行く”に人探しは、人見知りの彼にとって、いい経験になると思ったから。ほんとに些細な事だろうけど。
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その二日後、悟君から、無事に花束を届ける事が出来たと報告を受けた。件のおばあさんは、大感激だったそうだ。精霊も”少しの間だけど、慰める事が出来る”と、笑顔をとりもどしたそうな。
「で、店長、のこった裸木。何かに使うのですか?」
飛鳥ちゃん、そこが君の限界かも。生け花でもアレンジでも自由に発想する事も大事なんだよ。この二又の木も、何かの役に立つ。
まあ、結局、使わずにゴミになってしまう事もあるかもしれないけど。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に更新。週一のペースです。基本、一話完結。




