キャスケードブーケとブライダルブーケ
飛鳥ちゃん目線の話し。店長と淳一君のブーケづくりを見学します。
今日はお店は休みなのだけど、午後から淳一が、店長から特訓をしてもらうとかで、どんなものかと、店に出てきちゃった。ウチも小さいながらもフラワーアレンジで少しかは有名になったらしく、市内だけじゃなく近郊からも依頼が来るようになった。
私も出来ないだろうか・・・せっかく花屋でバイトしてるのだから、ここで技能を身に着ける。生け花のほうは、”やっと人並みくらいか” と、この間。淳一に鼻で笑われたけど。
「おや、飛鳥ちゃん、今日は店はお休みだけど}
「はい。今日、淳一君にブライダルブーケの作り方の特訓をすると聞いたので、私も興味あって。」
「ははは、飛鳥ちゃんには、向かないかもしれないな」
店長、その笑い顔、なまぬるいです。やめてほしい。まるで、”あなたには、絶対無理”といわれてるようです。でも、ブライダルブーケって本人の希望を優先するけど、オーソドックスなブーケを皆選ぶことが多いらしい。形も決まってるし、生け花よりは、少し易しいかなと思ったのだけど。
「この間、淳一君はキャスケードブーケに失敗してね。まず、今日はそこから練習。難しくはないけれど、どうもグリーンの扱いにてこずったのが原因。ブライダルブーケは、それが終わった後になるかな。試しに小さなブーケを作らせてみるつもりです。」
店長は、笑ってるけど、今日は何か目が鋭い。かなり特訓を考えてますね。
もし、淳一がブライダルブーケを作る事が出来れば、店長の負担も少しかは減るだろうか。ああでも、淳一って、花のアレンジのプロになりたいとか、華道家としてやっていきたいとか言ってたから、来年には、この街を出て行く可能性のほうが高いか。
花の整理をしてる店長に思い切って尋ねた。
「私に花のアレンジの技術は習得できるでしょうか」
「飛鳥ちゃん。花のアレンジにはいろいろ基本形があってね。前にラウンドブーケを作ったよね。あれは花束だけど、後で花瓶にさす事を前提にしてる。形と色の組み合わせを決めると、そう難しくはないよ。でもブライダル用になると、別ものかな。とにかく手先が器用でないといけない。」
そうこうしてるうちに、淳一がやってきた。店長に”よろしくお願いします”と頭を下げている。らしくないけど、花のアレンジの勉強、本気の本気なんだ。
「飛鳥先輩、今日は休みじゃ?」
「今日は、私も勉強させてもらうわ。ただし、見学ね。実際は難しそうだから」
「じゃあ、見学料、カンパしてくださいよ。ブライダルブーケのほうは、実費なんです」
実費かぁ。ブライダルブーケって、高い花を使うのよね、多分。
「淳一君、キャスケードブーケのほうは、店のウィンドウに飾りますから。今度は私がついてますから大丈夫でしょうけど。」
「失敗しないように頑張るです」
そうして二人で、ブーケスタンドで、話しながら基本の花とグリーンを、ピックアップしてる。デザインは、この間失敗したデザインで再挑戦。
「十分、水に浸したオアシスに、まずさすのは、U字型ワイヤーをさしたゲイラックスとレモンリーフのほう。ここで間違えたね。ワイヤーはこうやって、さして2本を一本にする。これを必要枚数だけ作るのが先」
最初から間違えちゃったんだ。私の作ったラウンドブーケは、ワイヤーは使ったけど、花をまとめるだけだった。ブーケスタンドで飾るってだけで、やり方が違うのね。
二人は、グリーンを、オアシスに交互に挿していく。ブーケの土台のような部分だ。それから大振りの白薔薇を真ん中に挿した。
「飛鳥ちゃん、キャスケードといっても、半円の形のラウンドが基本形。今回は窓に飾るので、少し傾かせて花を見せる様に、全体を傾けるんだ。この間、飛鳥ちゃんが作ったのは、プレゼント用の花束で、まっすぐだったでしょ。」
店長に説明してもらった。淳一は、時々、ストップをかけられてる。花のバランスとか、まとまりとか注意されてる。必死に自分が書いたヘタクソなデザイン画をみながら、店長に自分の意図を主張してる。”ここは、この花を置きたいんです”とか。
すごいな。自分なりの完成図を、持つ事が出来るんだ。私はまだ、店長の見本のマネをするだけ。そうだ、今度、ミニブーケの独自アレンジに挑戦していよう。店の中で飾るよう、花を入れるものを、工夫する方法もありそう。
二人の作業は、ワイヤープランツをたらし、完成のようだ。でも店長が”今いち”って顔をして、花を見てる。え?これで完璧じゃないの?
おもむろに、店長は西洋アジサイを持ってきて、メインの白薔薇の後ろに挿した。メインの白薔薇をひきたてる花姿の地味な白のあじさい。で、印象が全然、違った。なんかのTV番組みたいだ。淳一は、ちょっと悔しそうだ。白薔薇のバックに白のアジサイなんて思いつかなかったのだろう。
「これで華やかになりました。今回は白と薄い黄色をつかったので、色は難しくないほうです。後は花のバランスかな。こればっかりは、ひたすら経験し、自分で工夫するしかないです。」
ウィンドウに花を飾った時には、もう夕方になっていた。今度はブライダルブーケにとりかかるようで、二人は、作業台を片づけていた。
薄暗くなった中、ウィンドウのブーケは、華やかに光ってるようだ。じっと見てる人もいる。
さすが店長監修だけある。
*** *** *** *** *** *** ***
ブライダルブーケ作りが始まり、私はびっくりした。大輪の薔薇を一本メインにして、小、中の薔薇、アクセントで赤の千日草。にグリーンが少し。それらの花材を店長は、花首から少しの処で、斜めに切りティッシュでくるんだ。それからU字ワイヤーで根元を突き刺し、ティッシュを固定するように、ワイヤーをねじり、茎のようにした。根元の水をたっぷり補給し、ワイヤーにフローラルテープを巻いて行った。
花の部分だけで、茎に見えるのはワイヤーなのだ。根元の水だけでは持たないし、花瓶にさしても、どうしようもない。
ちょうど薔薇の精霊が、憮然とした表情でその作業を見てたのでおそるおそる聞いた。
「ねえ、ちょっとひどい扱いね。ごめんなさいね。怒ってる?」
精霊は、首を横に振ったが、かなりご立腹されておられるのでは...
<花嫁のブーケとして皆に愛されるのは、名誉な事。われが気に入らぬのは、それが練習台ということ。他に喜ぶ人もなく、誰の心をも癒す事の出来ぬ。仕方のない事とはいえ、こういう役目も必要なのじゃな。>
精霊の白い豪華なロングドレスは、まさにお姫様そのもの。細い眉はしかめ気味だ。
店長と淳一は、使う花材すべてに、同じような細工をしていった。なるほど、これは私はあまり好きじゃないかもしれない。それに、私の知ってるブライダルブーケと違う。
この間、従妹の結婚式に出た時、彼女の持っているブーケは、茎がむき出しのままだった。
ちょっとカッコ悪いなと感じたくらいだったけど。
「はいは~い。店長、質問です。私、この間出た結婚式では、普通のラウンドブーケでした。」
「それはね、飛鳥ちゃん。お客さんの要望によるんだよ。ブライダルブーケのトスをするにしても、しないにしても、式が終わった後、花を飾っておきたかったのだろう。この方法では、花がもたないからね。記念としてブリザートフラワーにする人もいるようだよ。ウチではやってないけどね」
だよね。お客さんの要望しだい。
質問に答えながらも、店長は手を休めず、ワイヤーの茎を合わせ、花の形を整え、さっきと同じように花全体をナナメに傾ける。最後にワイヤー茎全体をフローラルテープで巻き、その上からリボンをまいて、出来上がり。
「見た目綺麗に。ブーケトスに備えてコンパクトに。なにより花が安定してるのがこのやり方の長所かな。当然、迅速に作業しないといけないけど。」
最初の花材の選択と細工が、ブライダルブーケ作成の重要ポイントなのだろう。淳一は最初こそモタモタしていたけど、根が器用なのだろう。店長には及ばないけれど、上手に作業してた。
確かに店長の言う通り、私は好みじゃないけど、それ以前。こういう細かい作業は、多分、私は得意じゃない。松ぼっくりツリーと違い、花を使っての作業は、慎重でないと花姿を壊しそうだ、
「店長、どうですか?」
「そうだね、まあ、花束自体は悪くないけど、花材の処理がやっぱり慣れてないというか、当然だろうけどね。これは練習しかない。ちょうどタンポポ類が咲きだしましたから、少し練習させてもらいなさい。店の花では高価すぎで、花も可哀想ですしね」
まあ、そうだろう。もし私が結婚する時は、こういうブーケはいらないな。可哀想じゃん。普通にラウンドブーケ使う。うん、それがいい。
<結局、我はもっても明日がせいっぱいじゃろう。>
<ごめんね、明日は、水を補給しながら、窓に飾るから。>
店長と淳一は、ブライダルブーケのさらに細かい注意点を話してるし、私は薔薇の精霊と話してたので、気がつかなかっただけなのかもしれない。ドアのほうから風を感じたので、”いらっしゃいませ”と、振り返ると女子高生が立ってた。この制服は、星が丘高校の近くの北高の制服だ。部活の帰りかな。もうだいぶ暗いけど。
「いらっしゃいませ。綺麗でしょ。ブライダルブーケです」
私は、淳一からブーケを奪い取って、女子高生に見せた。彼女がそれで喜んでくれたら、少し精霊も喜んでくれるかなと。
「私ね。外の花のスタンドを見て、キラキラ光ってて、吸い込まれるように店に入って来たの。ごめんなさい。」
「あの花は、キャスケードブーケという形なんです。豪華でしょ?」
学校で何かあったのか、どうも彼女の表情がさえないというか、ずっとうつむいてる。
「これ、あなたにあげる。元気だして」
淳一が払うはずの実費を、私が払おう。だってこの子、本当に元気がない。花束一つで少しか、気分がよくなり、ついでに精霊も喜ぶ。一石二鳥だし。
後ろで淳一がため息をついた。店長が2階に上がって行く音がする。ブーケを持った彼女はポツポツと話し出した。
「私、学校でイジメにあって、高校を中退したの。苦しくて悲しくて、自殺を考えてたのは、覚えてる。でもその後、訳がわからなくなって、気がついたらこの花屋の前にいた」
記憶喪失?パニック?
「ねえ、病院へ行きましょう。それとも警察か。経緯を話して、保護してもらいましょう」
私の言葉に、淳一が、チッっと口を鳴らし、私のほうを見下した。なぜ?
「二人ともわかってないだ。あんたはもう死んでるの。早く天に帰る道を見つけないと」
「え!」私と女子高生の言葉が、ハモった。どうも私は、又、見間違いをしたようだ。広くないこの街で、私は”独りごとを言う痛い女子”に分類されてるかも。
「それで、私は、なんで死んだんですか?やっぱり、自殺しちゃったんですか?ああだから、周りが暗闇ばかりで、これが自殺した報いなのね」
そう言うと泣き出してしまった。どうしたらいい?店長。敦神父さ~ん。
「あなたは、自殺してませんよ。あなたが何を考えてたのかまでは私はわかりませんが、あなたは事故死です。高層住宅の階段から落ちたらしく、踊り場で倒れてたそうです。打ちどころが悪かったのですね。残念な事に。階段には鞄とその中身が散らばってたそうですよ。」
ええと、高層住宅...思い出した。駅の北側に10階建てのマンンションがあった。確か、ラフィール・ヴィラ。
「店長、事故の事、知ってるんですか?」
「ええ、地元の新聞にも出ましたし、今年の2月でしたっけ。冬の階段は危ないので要注意 という特集もしてました。思い出しましたか?女子高生さん。私も名前までは思い出せませんが」
彼女は思い出そうと考え込んでる。薔薇の精霊は、”無理しなくていいのよ。今なら私がなんとか出来そうだから”なんて言いながら背中をさすってる。
「そう、思い出した。2月のすごく寒い日で、私、フリースクールに誘われて、慌てて用意して行こうと急いで、で...」
その瞬間に、光の筋が彼女の前にさしてきた。大丈夫。この筋を道にたどっていけばいい。
「思いがけない事だったので、記憶が飛んだのでしょう。よくある事です。さて、それはブライダルブーケです。それらしく頭にベールを乗せましょう。」
スカーフのような大きさの白いベールは、花嫁さんのベールのようで、少し違っていた。そのベールをかぶった彼女は、”体が軽くなって、幸せな気分”と、笑いながら薔薇の精霊と一緒に、天に帰って行った。よかった。
「飛鳥先輩は、本当に見分けつかないっすね。ここまでくると尊敬しちゃうくらいですよ。ブーケ代、折半でどうでしょう。言い出しっぺは先輩っすからね」
ふふ、全額出すつもりだったから、ちょっと得した。それにしても、”被るだけで体が軽くなり、幸せな気分になるベール”。店長、私にも下さい としつこく要求したが、もらえなかった。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)更新します。基本、一話完結 週一のペースです。




