淳一と薔薇の精霊
飛鳥先輩が、薔薇のラウンドブーケを作ったと、嬉しそうに話してる。それをを写真にとりブログにアップすると、大盛り上がりだ。悔しいけど、スマホの写真を見る限り、ブーケは上手く出来てるし、花のバランスもいい。先輩はこれだけ出来るようになったのか...
「淳一君、花を選んでるけど、何かの注文?」
「いや。自分の勉強用っす。キャスケードブーケに挑戦します。」
ちょうどいい。ショーウィンドウのアレンジ花にしよう。キャスケードブーケ用の、ブーケホルダーがあったはずだ。店の表に飾る花として、華やかでふさわしい。”きゃすけーどって何”とキョトンとした顔の飛鳥先輩に、大まかなデザインを書きながら、説明した。ブライダルブーケに出来る様に作るつもり。
キャスケードは、基本のラウンドブーケに、流れるような縦のラインで花をつける。ブーケトスしやすいように、下の部分を取り外す作り方もにもあるようだ。俺の作ってるのは、基本形だけど。
花は、薄い黄色と薄いピンクの薔薇、スプレー咲きのカーネーション、それと、レザーリーフとワイヤープランツ。
俺なら簡単に出来ると思っていたのだけど、意外と難しい。花の茎は細いし、ワイヤープランツは、難しくはないけど、考えていたより扱いが面倒だった。時間がかかるかも。せっかくラウンドにした薔薇も、花びらが落ちかけてくるのもあるし。おかしいな。ちゃんとワイヤーで止めながらやってるんだけど。
「淳一君、それはなんですか?薔薇のハリセンボンですか?」
げ!店長の冷ややかな目線。笑顔が怖い。俺はあわてて、さっきのデザインの絵を見せ、”キャスケードにしたいんです、ウィンドーのアレンジ花にちょうどいいし。”と、説明したが、店長の表情は、変わらなかった。こりゃ、だめかも。
「ラウンドブーケの時は、小ぶりの薔薇で、土台にグリーンをあてがい、落ちないようにしました。これはキャスケードと主張するなら、花の側面や底面にグルーを付ける事。花がおおきめなので、余計、形がとれないのでしょう。底と茎を補強する必要もあります。」
参った。キャスケードって思ったより面倒なんだ。薔薇のハリセンボンじゃ、笑われる。
「淳一君、残念だけどこのアレンジは、不合格。ブーケは出来るだけ短い時間で仕上げるのも、大事な事です。今日はもう遅いですから、ショーウインドウの花は諦めましょう。淳一君には、帰るまでに、その薔薇をちゃんとしたラウンドブーケにする事。花代は自前ですよ。ラウンドブーケなら、なんとかなるでしょう。飛鳥ちゃんが出来たんですから」
ううう。残念、勇み足だったか。俺はラウンドブーケにきりかえ、茎を短くしたのは、切った枝をワイヤーで継ぐ。なんとか薔薇だけで丸い花束にした。茎の部分は、視えないように不織布で隠したが、それでもあんまり見栄えがしない。もう少しグリーンをと、麦を入れてみた。地味!!それでも苦労したブーケ。ツギハギの処があってもいとおしい。大事にしよう。
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店の閉店は午後8時。後片づけをして、仕上がったブーケを店長に見せ、”家の中で飾るにはいいでしょう。”とギリギリ合格をもらった。俺のばあちゃん(生け花の師匠)より厳しい査定かも。
あれやこれやで、店を出たのは9時。冬の間は、飛鳥ちゃんに送ってもらったりしたけど、今は学校へも水瀬花屋へも、チャリで通ってる。
それにしても残念だ。ブライダルブーケってすごく高価なものもあるけど、実際に手間と技術、それに花代と。合計するとそれだけかかるのは当然だな。店長も、ブライダルブーケを作ってる時は、丁寧にかつ迅速に作業してた。簡単そうに見えたんだけどな。チャリを飛ばしながら、今日の失敗をいろいろ考えてみた。6月とはいえ夜がまだ肌寒い。
家までは、まず国道を一直線に西へ行く、花屋からだと30分もかからない。ちょうどその半分ほどきた所で、信号待ちをしていた。何かザワっとする。この悪寒は寒いせいじゃない。
”何かいる。悪霊っぽい幽霊かなにか”そう思った途端、横断歩道の向こう側にいる女性の幽霊がいるのが視えた。
やばいな。この幽霊、悪霊になりそう。よし、スルー。俺は敦神父と違って、そうそう人助けできるほど優しくもないし、能力もない。”俺の前には誰もいない” そう念じつつ横断歩道で幽霊とすれ違う。瞬間、生臭いニオイが漂う。そして幽霊が俺の後ろをついて来るのが、気配でわかった。
魂だけになった者は、生きてる人間にはそれほど影響を与えない。今までの経験からそれは十分わかっている。が、イヤなもんだ。
この幽霊は俺に何の用だ?それとも単にヒマだったからか?俺は国道に面してる神社の鳥居の前で立ち止まった。万が一何かあった時は逃げ込もう。神社の中には幽霊は入れねえはず。
俺は振り返り、幽霊に向かって”さっさと成仏しろ、でないと消滅するぞ” ドスの聞かせた声で脅した。幽霊はロングヘアの普通の女性にみえた。が魂だけだ。足が透けてる。それにかすかに黒いモヤがかかってる。
「私、捨てられたのよ。結婚する約束したのに、彼が急に婚約破棄してきたの。上司の娘さんと結婚するんですって。”オレを愛してるならわかってくれ”って。わかるわけないじゃない。男って本当に自分勝手。」
ふmふm。小説に出てくる、よくあるパターンだな。ひょっとしてこの女性は、捨てられて悲しくて、そのまま死んだんだな。きっと。
「でね、私、首をくくって死んだの。だから、ホラ、こんなに首がのびちゃて」
その言葉と同時に、女性の首が細長くのび、俺に迫って来た。目は飛びでてる。死んだ直後の顔だろう。俺は怖くはないけれど、さすがにその顔にビックリして尻餅をついた。
「けけけ、ああおもしろい。いい気味。男なんてこの世からいなくなればいいのよ。男なんてみんな呪ってやる。けけけ、くくく、あははは。」
自己満足の高笑いだね。呪われて死ぬくらいなら、人間、こんなに繁栄してません。
俺は服の埃を払いながら、
「あのな。死んだら何にも出来ないの。あんたも少しはわかってるだろう?視える人をこうやって脅かすだけ。早く天に帰らないと、魂が消滅し二度と生まれ変われないよ。」
女性は地面にすれすれの頭をねじり、こっちをねめつけて来た。
「睨んでも無駄。ほら、薔薇のブーケをあげるから、これをもって」
「私はこんな姿。もう薔薇なんて似合わない」
やっと少し幽霊のテンチョンが、落ち着いて来た。それでも、目と口から血のようなものが流れてる。
薔薇の精霊が姿を現した。外見はクリーム色のスーツを着た金髪・碧眼の外人男性。俺にはきざったらしく見えるけど、女性にはすごい”イケメン”に見えたのだろう。きおくれしたのか、俺の後ろに隠れた。後ろに来ないでほしい。彼女の首だけが、精霊を覗きみてる。
<大丈夫、首を治してあげる。>
精霊は彼女の首を優しくさすった。すると、首は元にもどった。表情も最初に見かけた時と同じように、つまり前にせりだした目も元にもどった。
<もう十分、苦しんだのだから、もう帰りましょう。私が送っていきますから>
だけど、どうにも道がみえない。普通は光の道が(程度の差はあるけど)視えるんだが・・
彼女を元の姿に修復するのに、力を使ったせいかな。困った。
困って思い出した。ここが神社の前であることを。困った時のなんとやら だ。
(神様、お願い。この女性を導いて)と俺は、社殿に向かって柏手を打った。すぐに神様はお願いを来てくれた。赤い絨毯のように、光の帯が神社から下りて来た。
「ほらこの光の上を歩いて。その薔薇の精霊が案内してくれるから」
彼女はちょっとはにかみながら、上へ上って行った。やれやれ。やっと昇天できたかな。
苦し紛れに神社の神様に頼んでみたんだけど、本当に聞いてくれた。やってみるもんだな。
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翌日の日曜日、俺は水瀬花屋に榊の枝を、神社に持って行った。ほんの少しだけどお礼だ。
神主さんが、水色の袴に白い着物の姿で、境内を掃除していた。
「それは、よかったですね。ここの神様も喜んでいるでしょう。なにやら付近でイヤな気配がしてたんですが、今日はスッキリしてますしね。」
鳥居の陰に昨日のブーケが放置されていた。もう花もかなり痛んでる。水瀬花屋についたらすぐにブーケをほどいて花瓶に入れた。”サンキュー、昨日は助かったよ”心の中で感謝した。
水曜日深夜’木曜日午前1時ごろ)に更新します。週一のペースです。




