ブルースターの花束
今回は、店長目線です。新人バイト・悟君にまだハラハラしてるようです。
市場は夏時間になり、午前6時半から開始となった。仕入れから戻ると、仕分け、値段つけ、と切花の水の取り換えなどなど。やる事は山ほどある。
新人バイトの悟君は、今のところ”猫の手”状態。作業中の擦り傷など怪我もするので、心配な所も多い。春休み中は淳一君が、かなり指導してくれてたみたいだけ。彼には特別に手当として、ショウウィンドウ飾る花のアレンジを、もう一度、お願いしてみよう。空間を大きく使ったアレンジも、彼にとって大事な経験になる。
店での悟君の仕事は、開店の9時半までの、準備作業が主になる。いや、淳一君が来てくれて本当に助かった、花の扱いの最低の基本だけはなんとかしてくれた。やっぱりバイト代上積みしようか。飛鳥ちゃんに相談だな。
ある日の朝、開店早々、中年の女性のお客さんが入ってきた。悟君はちょうど帰る処でエプロンをはずしかけてた。すばやく私が対応しようと、”いらっしゃいませ”と声をかけたのだけど、軽く会釈されただけで無視された。
「3000円くらいの花束を作って下さい。部屋に飾りたいので」
「はぁ、あの僕はまだ見習いなので・・・店長に」
「ええ、店長さんのアレンジ上手の噂は聞いてます。でも私はあなたに作ってほしいのよ」
私はコメカミに青筋がたってたかもしれない。わざと彼に作らせて、難癖をつける気か?
ったく、最近、どの店でもクレーマーの存在に神経をとがらしてる。この間、”喫茶くぼた”でも、クレーマー外人が来た。”このコーヒーは飲めたものじゃない。まるで下水だ”と、2杯目を要求。温和で気の弱いくぼたの店長は、ただ驚くばかりで、2杯目を入れたそうだ。
「すみません、彼は見習い中で、もう彼の勤務時間はすぎてますので、ここは私が・・」
「いえ、彼に作ってもらいたいの。そう頼まれたし...」
頼まれたって誰に、なぜ?よくわからないが、仕方ない。花の希望を聞くように悟君に言って、あとは、私が大事な所はアドバスしながらか。
「花は彼に選んでもらうわ」
その言葉で、悟君は、え?とのけぞってた。顔は平静に見えるけど、内心かなりあせってる。
これは、他の花屋の陰謀?”水瀬花屋のアレンジってダサイ”と噂でも流すつもりか。50は超えてるだろう中年女性は。
悟君、仕方なく花を選び始めた。まず、ブルースターを5本ばかり。ほうー。オーソドックスにカーネーションや薔薇じゃないんだな。それから白のトルコギキョウを3本、スプレー咲のデルフィニウムで白の小さめの花1本、スノーホワイト5本。
おいおい、それじゃ花束が寂しすぎるんじゃないか。水色と白でも微妙に色が違う花。クールでおしゃれともいえるけど、どうアレンジするかだ。
私はグリーンのレザーファンを持って来て、悟君の花あしらいに、ポイントだけ教えた。彼は花の精霊と話しながらのようだ。小声でコソコソ話しながら、アレンジしてる。
<違うわよ。私はブルースター。勿忘草とは全然違うじゃん。信じらんない>
「え?本当?ごめん。名前、間違えて覚えてた。」
<花が小さいからといって、これじゃつけたしよ。もっと花を立体的にして>
「すみません。。こうでいいですか。スノーフレークさん」
精霊の文句に、彼は頭を下げて声をだして謝ってる。ああ、あれほど言ったのに。普通の人には花の精霊は視えないって。
合計いくらになったかな。アレンジ料はサービスとして。おっと3000円こえてる。でも、これはこれで、ちょうどいいバランスなんだけど。
「あら、素敵に出来たわね。で3000円ね」
「消費税を入れて3280円になります」
私は、さりげなく花束を微調整して、全体のバランスを整え、余分な葉を少しとりのぞいた。このくらいなら、怒られないだろう。ほぼ悟君のアレンジだ。
それにしても花のアレンジはその人を表わすというけど、この清楚さと寂しげな花束は彼そのもののような気がした。時折何かを諦めてるような寂しい表情をする悟君。今度、兄に相談してみよう。
マダムは花束をかかえ、すまして出て行った。彼女のゴテゴテの服に全然、合ってない。はは。後で文句でもくるかも。
「ところで悟君、ブルースターを主役にした理由でもあるのかな?青系統の花は、意外とアレンジに工夫がいるんもんなんだけど」
「ブルースターを勿忘草だと、ずっと思ってました。」
全然、違うだろう。とツッコミを入れたい。さっきブルースターの精霊にすごく怒られてたので、私は我慢だ。臆病そうだし、ここを辞められても困る。
「で、悟君は勿忘草が好きなんだ?」
「いえ、ブルースターです。友達が間違えて教えてくれたみたいで・・・」
語尾がはっきりしない。暑くもないのに、顔を赤くしてる。その時、何があった。悟君。私は好奇心をおさえなければ。でもその”勘違い”の由来を聴きたい。
「水色と白の花を上手に組み合わせました。そこは及第点です。難を言えば、あの女性からもっと花の希望を聴きだすように、努力すべきでしたか。いやでも、あれは私でも無理かも。
悟君、あの女性に試されたようだよ。まあ、ヒマが出来たら、アレンジ花の本を少しみてみるのも楽しいよ。」
アレンジが出来れば、飛鳥ちゃんがくるまで、バイトを延長できるし、私も少し楽ができる。正直、悟君が帰った後、急な注文で配達があるときなど困る。店を閉めて行かないといけない。
その事を悟君に、聞いてみると、ボソボソとした声で申し訳なさそうな答えが帰って来た。
”いえあの僕は、この後、三条教会で敦神父さんの手伝いをする事になっていて・・”
おや、それは初耳。後で兄に問い詰めましょう。
秘密にするつもりだったのか、悟君は素早く店から逃げるように出て行った。まあいいけどね。教会事務が忙しいのは知ってるし。
店で後に残った花の精霊たちが、口々に言って来た。
<あの人、悪い人じゃないのよ。頼まれたから気軽に引き受けただけみたい>
<そうそう、好奇心の強い人のようだけど、悪意は感じなかった>
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後日、この花束の本当の注文主がわかった。朝、市場を出るとき、悟君が頭をかきながら、
「すみません、あの花束は、うちの母親が近所の人に頼んだそうです。僕を指名した花束にすれば、売り上げに貢献したって事で、僕のかぶが上がるんじゃないかって、考えたそうです。余計なことするなと、怒っておきました」
「いやいや、お母さんは君の事をとても心配してるんだね。やっぱり母親だよ。まあ、少しは売り上げにはなったから。お母さんに”悟君はよく頑張ってます、心配はいりませんから”と”と伝えておいてください。」
彼は私に怒られるとでも思ったのだろうか、ホっとした顔をしてる。
まだ猫の手だけど。あの花束は利益は出なかったけど、それは悟君には秘密だ。
水曜日深夜(木曜日午前1時だい)に更新。基本一話完結。週一の更新ペースです




