表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/75

進路をめぐるトラブル  後編

淳一君目線の話しの後編です。

 「ばあちゃん、何か急に入用な花?まだ、開店前だけど」

俺は、ばあちゃんと横の生徒らしき女性に声をかけた。今日は教室はないはずなんだけどな。


「水瀬の店長さん、おはようございます。朝早くご迷惑かけてすみません」

ばあちゃんは、余所行きの顔で丁寧に頭を下げた。俺の言葉はスルーか。


 なにやらB市での生け花教室で、そこの講師が急病。ばあちゃんはそのピンチヒッターって事らしい。


「急遽代理でB市に行くところです。こちらでも少し花を見繕って持っていきたいと思ってまして。」

「そうでしたか、それはそれは、ご苦労様です。ちょうど切り花の仕入れから帰ってきた所なので、今、広げますから、中にお入りください」


 この花屋は、本当に休まないし、こうやって時間外でも応対もする。もちろん時間外料金なんてとらないから、固定客へのサービスの一つなんだろうけど、働く側にとってはブラック花屋じゃねえか。


 店の中で、花を広げながら悟にばあちゃんの事を説明した。顧客情報だしな。


 今日仕入れて来た切り花を改めて見てみる。みな鮮度がよく花の形が整ってる。こういうのを選びとるのも、店長の才覚だろうな。午前中の作業は、てんこ盛りだ。俺は悟に教えながら、枝をわけたり、葉をとったり。水切り用に使ってるハサミのキレが悪くなってきた。”キレが悪いと、切り口がギザギザになって、花の水の吸い上げがよくない。”なんて、えらそうに悟にレクチャーしたり。


 ばあちゃんから呼ばれた。なんの用だよ。忙しいんだよな。ったく。


「淳一、店長には許可をとった。花代は私が出す。今日中に、この店のショウウィンドウに飾る花を、活けてごらん。ちゃんと飾る場所の大きさや高さとか、考えるんだよ。店長の合格が出れば、淳一が札幌や東京へ稽古へ行きなさい。資金は私が出すから。本気で華道家で食べていくつもりなら、もっと上の師範に教わる必要があるからね。」


 ばあちゃん。ショウウィンドウのアレンジフラワーは、店長の仕事だ。店の売り上げ、ひいては商店街の顔にもなってる大事なもんだ。残念だけど俺にはまだ無理だ。飾るときに少しは手伝うけど、花選びは、”売れ残りそうで日持ちしない花”を優先してるようだし。


 考え込む俺に、ばあちゃんは、腰に手をあててフフンって調子で、

「は~ん、怖気づいたかい?広い空間での花のアレンジは、お前は無理なんだね。それならまあ仕方ない。”華道家になる”夢は、キッパリ諦めるんだね。」


「余計なお世話だよ。ショウウィンドウの花は、店の顔だから大変なんだよ。」

 

 出来るかどうかは別として、あそこに飾る花は、大事なんだ、ばあちゃん。あの花を見て、フラっと花を店に入ってくるお客さんもいるんだ。俺の習ってる生け花は、まだ、室内に飾るような小さなもの。もちろん、自分なりにアレンジは考えてるし、勉強してるつもりだ。


「大丈夫ですよ。淳一君。花代は出してくださるのだから。不合格の時は、そのまま撤去して花をお持ち帰りしてくださいね。大丈夫、ひいきはしませんよ。片づけも飾りつけも一人でやって下さいね。そこに脚立がありますし。不合格でも落ちこまない事。何事も経験ですから」


 不合格前提かい!それに脚立って、そんだけ高さが必要なのか?あせる俺に、店長はニッコリ顔で、追い打ちをかける。

「飛鳥ちゃんが来るまで、店の仕事のほうもよろしく。」


 店長は、元は神父だけど、見事な”鬼”っぷりだ。

*** *** *** *** **** ****


 結局、昼の12時まで、悟を教えながら働いた。ヘビーだった。今までも、土、日や祭日、夏・冬休みに、午前中から働きに来てたけど、去年に比べると、花の取り扱い量が増えた。今は春でシーズンだからかな。


 昼になって敦神父から3条教会に呼ばれた。ここでも働かされるとか?と恐怖しつつ行ったら、弁当をもらった。暖かいお茶つきで。敦神父は、午前中、会議があったとかで、そこで出た弁当を、余分にもらってきたそうな。優しいよな。敦神父は。


 教会のロビーでご飯を食べながら、俺は両親の愚痴がつい出てしまった。俺の進路なのに、二人で勝手な事いいやがって、しまいに喧嘩になって、いい迷惑。そもそも、俺は”華道家をめざす事”は黙ってるつもりだった。札幌へ出て花屋かどこかで働いてお金をため 東京へ出て自立してからなんとかしようと思ってたんだ。


「でもさ、淳一はいいよ。好きな事がハッキリしてて。僕は大学へ行った後の進路も考える事もなかった。去年、大学は落ちたけど、今年は受験すらしなかった。去年、落ちたとき、すごくむなしくなって。。いくら頑張っても結局は、最後は死んで終わり。じゃあ、頑張らなくていいんじゃないかって。」


 そそくさと下を向いて弁当を食べてる悟。この進路の一つの分かれ道で、そんな無常観にとりつかれたんだ。俺は考えた事なかったな。いわゆる幽霊が天に帰っていくのを何度も目撃した。

時には悪霊っぽいのにも出会った。結局、”帰る”だけなんだ。俺たちは。俺がたとえ、そう言ってみた所で、悟の無常観はとれないだろう。


「とりあえずさ、コンビニでも花屋でも、目いっぱい働いてみれば?家にいると、親ってウザイだろ?なんなら、敦神父にお願いして、この教会で隙間の時間をつぶせば?」


”敦神父って?””この弁当をくれた優しい人。店長のお兄さん”


 俺に言えるのはここまで。後は自分で考えて結論をだすしかねえと思う。

*** *** *** *** *** *** *** ***


 昼食後、さっそくウィンドウに飾るアレンシ花にとりかかった。一応、花屋でバイトするようになり、俺なりに勉強してる。花の型は全体の形を卵のような楕円にする事にした。


 オアシス(花用の吸水スポンジ)は、間に合わなかったので、今回は浅い花器と剣山の使う。

最初に、楕円の半分を描くように、雪柳の枝を曲げてさす。どうだろう、あそこに置くにはちょっと高さが足りないかも。セッカエニシダの枝を使う。うん、これでいいか。反対側の円には、レースフラワー(白)。なんとなく楕円になった。中心には、ピンクのチューリップとバラ、マーガレット。薄いグリーンの胡蝶蘭。これは値段の高い切り花だ、一度使ってみたかったんだ。


 1時間以上は奮闘しだろうか。思ったより花の全体が、ウスボンヤシしてるきがする。乙女チックで自分でアレンジしてて恥ずかしいぐらいだったけど。楕円を形づくったセッカエニシダとレースフラワーは、確か本の通り。真ん中の花は、鮮度の落ちてきてる(ちょうど満開の花)のを、意識して使った。精霊の必死の頼みには少しは答えてあげないとな。


 店長が見に来て(手伝いどころかアドバイスも何もなかった)、へ~そうなんだと納得顔でつぶやいた。


「淳一君は、バイトにきた当初は、パンツはずり落ちてるわ金髪だわで、荒っぽい印象を受けたんですけどね。バイトするうちに心根を入れ替えましたか?アレンジ花全体が、随分、おとなしく柔らかい印象ですね。まあ、ギリギリ合格でしょうか。難をいうなら、乙女チックすぎ。もう少しグリーンが欲しいとこですが。」


 乙女チックすぎ、、、ですよね~。俺、自分でも思ったぐらいだし。それでも飛鳥ちゃんに花を見られて、俺は真っ赤になってしまった。俺、決して乙女じゃないから。


「いいわね。精霊たちが喜んでるわ。ああでもなにこれ、胡蝶蘭の切り花。店長、これウチもちですか?もったいない。高いのに」


「いえ、坂崎さん、淳一君のおばあさまが、今回、花代をもってくれるそうです。」

「淳一様、使った花の一覧票をお願いできますか。請求書をつくりますので。代金のお支払はどういたしましょうか?」


 お客さん(それも高額のお買い上げ)となった俺は、飛鳥ちゃんに、バカ丁寧に応対されつつ、半分、からかわれてるので、キレて、”全部、ばあちゃんが払う。来月の引き落としと一緒”


 合格してよかった。この花たち、家にもちかえったら、ばあちゃんに”乙女”と大笑いされるな。俺は男らしい性格のはずなんだが、どうしてこんなアレンジ花になったのか。


 ま、修行不足なんだろうな。外側のセッカエニシダのところ、マネしたしな。

水曜日深夜(木曜日午前1時代)に更新します。週一のペースです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ