進路をめぐるトラブル 前編
今回は淳一君目線の話しです。長くなったので前後編にいました。連投しますので、よろしくおねがいします。
俺は両親と喧嘩中。進路についてあれこれウルサク言ってきたのが発端だ。
親父は大学の経済学部に入り銀行員になれという。母さんは看護師か介護の資格がとれる学校へ行けと。親父は、俺の偏差値の低さを知らない。それに銀行のような堅苦しい仕事はごめんだ。母さんの言う事の方が少しかは現実的だ。医療系の資格があればくいっぱぐれしないかも。でも働く場所が俺には大問題なんだ。老人ホームや病院では、”人の魂(まあ幽霊ともいう)”が視える俺には、さすがにキツいものがあるかもしれない。
二人とも煩く俺に説教するように言いあい、しまいに意見の違いから夫婦喧嘩になったりして。
ああ、うざい。
”オレは華道の大家になる”と。キレて両親に宣言した。
ただこの言葉で、ばあちゃんを巻きこんでの大喧嘩になってしまった。今、家の雰囲気は最悪。冷戦状態だ。こうなりそうだから言いたくなかった。心の奥底にしまい込んでいたかったのだけど。
春休みの初日。バイトを口実に朝早くから出た。
今日の市場は切り花。俺はまず水瀬花屋にチャリで向かった。家出と思われないよう、ちゃんと書置きもしてきた。まだ午前5時、彼岸すぎたとはいえ、まだ寒かった。
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「おはようございます」
「おはよう、淳一君。今日はどうしたの?朝の仕入れは別のバイト君を入れたからって、言ってなかったっけ?」
少し寝ぼけ顔の店長に言われ、ああそういえばと思い出した。花の仕入れも大事な勉強と出て来たけど、まあいいか。一緒に行く。
「忘れてました。店長、バイト代はいいですから、一緒に行きます。勉強もかねて」
ついでに、新人バイトをしごいてやるか。
「はは、それなら私も飛鳥ちゃんに怒られなくすむな。じゃあ、朝ご飯、一緒に食べていく?
今日は、兄がいないので、納豆と味噌汁だけだけど。」
「ごちになります。ありがとうございます」
さっきコンビニのお握りをパクついてきたけど、暖かい味噌汁は魅力的で腹の虫がなった。
へへ、俺って育ち盛り。さっきの話しだと、敦神父が食事を作るような口ぶりだったな。以外。
本当にご飯と味噌汁、納豆だけだった。家の中が冷戦状態で緊張してるから、店長と二人でなんだかホっとする。きっと敦神父がいるときには、おかずが出るかも。今度、狙ってみようか。
市場へ向かう車の中、店長から進路の話しがでるかと思ったけど違った。俺はこの話題に神経質になりすぎてるのかも。今年から高3だからなのか、実際に聞かれる確率が高いんだ。
「無給で申し訳ないんだけど、バイトの悟君は花の知識はなくてね。上手くフォローしてくれるとありがたいだけど。」
新人バイトは、悟というんだ俺の2個上だそうな。まあ、男子が花の事に無知なのは、わりと普通だよな。ばあちゃんに生け花を習ってる俺が特別かも。
俺の”華道家”宣言の後、しばらくして、ばあちゃんに部屋に呼ばれ、こってり絞られた。
”その気があるなら、なぜもっと懸命に稽古しないのか”って。ばあちゃんは、草月流という生け花の流派の師範の資格を持っている。俺が華道家になるには、その資格をとるのが早道だ。ランクは4級から1級。1級も細かくランク分けされ、上の方へ行くには東京まで試験を受けにいかないといけない。当然だけど、お金がかかる。もともと、花自体、高いものもあるし、受験代、東京までの交通費・宿泊費もかかる。
TVで有名なカーリーは、この草月流出身で、全国の草月流のコンクールで、何度も優勝経験のある人だ。そういう基礎があって、フラワーアレンジメントとしての今の活躍があるのだろう。夢の実現への確率は限りなく0に近いけど、道筋だけはおぼろげにわかってる。
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市場では、新人バイト君と一緒に店長の後をついて歩いた。”売れ筋の花で、生きのいいのを、なるべく安く””あと、流行しそうな花を見つける”定番の花の補充もかかせない。カスミソウとか薔薇、菊、百合、などなど。それには在庫を把握していないといけない。そこらへんは、店長に任せてるのだけど。
「淳一先輩は、すごく詳しいですね。いろいろ教えてくれてありがとう。」
「いやいや、先輩は勘弁。淳一でいいから。」
「え、でもあの、仕事では先輩だし・・、あ、僕の事は”悟”と...」
お互いの呼び方をきめたところで、春休みと祭日ぐらいだろう。悟と一緒にする事があるのは。彼はどうも言葉がはっきりしない。口ごもるような自信なさげだ。さっき店長から、この新人の情報をもう少しもらってる。
”津崎君は大学受験に失敗して、コンビニでバイトしながら勉強してるようだけど、その辺はあやふやなんだ。私は、あえて聞かないけどね。”
進路の面には触れるなって事ね、それは俺にも好都合かも。
今日の市場は切り花の日。仕入れはやっぱり店長の経営者としての腕の見せ所。もっとも飛鳥ちゃんがいたら、もっと値段に煩いかもしれない。俺は店長の仕入れをみながら、わからない時には、質問をした。(邪魔にならない程度に)
「店長、さすがにこの芍薬は、時期が早いせいか、いまいちの気がしますが」
「ああこれね。ある会社からの注文の花のうちの一つ。入社式の時に飾る花の中で指定されてるんだ。漢方薬にもなる植物だからね。社長が何か、これにちなんだ話しをしたいから是非といわれてね。花卉農家の人に少し無理を言って頼んだものなんだ。」
入社式か。この時期、卒業・退職・入学・入社・異動と、人の動きが激しい。花の需要も多いので定番のものは多めに入荷しておく。
そろそろ引き上げようという時、悟が両手を上に上げながら、こちらに慌ててやってきた。
何やってるって、オンシジウムの花の精霊に多くまとわりつかれてる。今回は、ウチではこの花の仕入れはなしのよう、多分、次の仕入れまでに間に合うと判断したようだけど。
悟は視える人なんだな。精霊に囲まれて文字通りお手上げ状態なのは、あの花の精霊は人の手を握ると、踊りだして止まらないという厄介なクセをもっているからだ。多分、さんざん踊らされての結果だろう。
でも、視えない普通の人から見ると、すごい変な人だぞ。残念でした だな。市場の人達が、悟には、哀れみをもって生暖かいまなざしを向ける事になるだろう。
「店長さん。この精霊の花、仕入れて下さい。さっきからまとわりつかれて」
「悟君。朝早いので寝ぼけてますね。この花は在庫が結構あるので、次の仕入れまで待ちます」
店長がため息をつきながら、冷ややかに宣言。そうそう精霊の主張ばかり聞いてもいられないし、店長の様子からして悟はこの手の失敗を、何度かかやっちまってるようだ。
「あのな、悟。残念だな。」と肩を叩くと、彼は、ハっと気がついて、”そういえば...”と。
遅いっつうに。
店に戻っていると、そこにはばあちゃんが待っていた。何用?雰囲気違うんだけど。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)更新。週一のペースです。
ちなみに、オンシジウムの花言葉は、”一緒に踊って”ですw




