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送別の花束に、クリスマスローズを

今回は、店長目線での話です。

 ここ数日、津崎 悟 君には、気を付けてみてる。バイト応募理由も、単に彼の望む時間帯だったから来ただけだ。なかなか苦労してるよう。当然だ。彼は花の事は殆ど知らないと言っていた。今日は切り花の仕入れの日で、仕事が多い。私も基本は教えたのだけど、今は、まだ慎重に確かめながら作業するので、効率は悪い。


 接客のほうはどうだろうか。悟君の前髪がメガネにかかって、正直、暗い印象を与えるかもしれないと、気になってはいるのだけど。


 笑顔がいまひとつ魅力がない。意識してないのだろうけど、客相手に苦笑いしてるように見える。不器用なんだろうな。さて、どうしたもんかと。午前中に配達予定の、お得意様への特注の花を、念入りにチェック。ガーベラは花の部分の保護シートは万全かどうか、雪柳の枝は、なるべく花がおちないよに全体をくるむ。


 難しくはないけれど、緊張する仕事をしてると、若い女性客が入って来た。私に声がかからない所をみると、悟君が上手く応対してるのだろう。それでも、やり取りの様子は注意してきく。


 ”でもあのその、この菊はよくお供え用によく使われるなので、その、送別用には...”

”いいのよ、あの課長代理、事あるごとに、ねちねちお説教するし、細かいことにうるさいし嫌な上司なのよ。私たちはどれだけ泣かされてきたか。定年前に辞めてくれて万々歳だわ”


 それで輪咲きの白菊を、腹いせにいれるという客か。発想が中学生のイジメレベルだ。


 悟君は二人の女性の勢いに負けたようで、私のほうを見てる。助けて のサインね。やれやれ。


 彼女らのところへ行くと、若侍姿の花の精霊が、すごい剣幕で怒ってる。


<そのほうら、なんと、礼儀知らずな。心のこもらない花など、送らぬ方がいい>

<待って、その、今なんとかするから。>


 あちゃ。悟君、花の精霊と話してる。慌ててるんだな。菊の精霊の権幕に、他の花達から、不穏なオーラが漂ってる。


「いらっしゃいませ。何か送別用のお花とか。年齢と性別がわかれば、見合った花束をアレンジしますよ。」


 ここは、仕事できます風を出さないとな。クールな作り笑顔で対応する。お客は逃がさず、礼にかなった花束になるように誘導する。”なるべく単価の高い花で”という飛鳥ちゃんの声が聞こえた気がした。


 わかってるけど、一応、送別会で渡すという花束を贈る相手の事を、聞いた。さっきの罵りの言葉は出てこなかった。悟君だと馬鹿にされ本音が出たんだな。


 正直、どんな花をどんな用途で使おうと、客の自由なんだけどね。花を用意したほうとしては、気分のいいものじゃない。さりげに、”退職する嫌な上司”の話題になるよう持ちかけたら、彼女らから、山のように愚痴がふってきた。黙って聞いていると少し怒りが収まったのか、少し冷静になって気分が落ち着いてきたみたいだ。そこをのがさずに、花束の提案した。


「どうでしょう。あなた方が送るなら、思い切り乙女チックにしてみるのも、華やかになっていいいかもしれませんよ。うすいピンクのバラやカスミソウ、ガーベラなどを組み合わせては、いかがですか?年配の男性にはもらうのが恥ずかしいかもしれませんけど。」


 私は候補の花をみつくろって、花束にアレンジした。思い切り優し気で、まるでブライダルブーケのように若い女性が好みそうな花束にした。彼女たちは、花に見入ってる。花束の花の精霊たちは、はりきって自分の”きめ顔”でアピールしてるからだろう。いやがらせは、忘れたかなと思ったんだけど。


「あいつ、きっとチョウ恥ずかしがるかもね。硬派きどりの奴だしさ」

クスクス笑いながらこづきあってる。


 やれやれ。本音は変わらないものだ。とため息をつき花束をピンクの薄紙で覆った。本当に女性に贈るにはぴったりなんだけどな。仕上げで花束の根元にリボンをかけてると。悟君が、売れ残りのクリスマスローズを持ってきた。この花の入荷もないだろう。


「店長さん、このクリスマスローズ入れて下さい。」


 何を考えてるんだ、客の希望外の花を入れる?それに時季外れだし、ちょっとバランスがとれないかも。


「この子達が、是非、その花束に入れてくれって。辞めていく人を慰めたいだそうです」


 確かにクリスマズローズの香りは、うつ病に効果があるそうだから、落ち込んでる時には、いいのだろうけど。彼女らの話しからすると、そう精神的に参るのような上司ではなさそうだが。


「”店長”だけで、いいですよ。”さん”はいらないから。クリスマスローズですか。まあ、いいでしょう。この花のぶんの代金は、悟君払ってね。」

「え?はい、わかりました。でも、花の精霊が・・あ、いいです」


 飛鳥ちゃん方式で代金徴収。花の精霊のいう事ばかりを聞くとこういう目にあうんですよ。



 数日後、初老の男性が、うちを尋ねて来た


「この間の花束を作ってくれたとか。会社を辞めた後、さすがの私も落ち込みましてね。再就職先を探すのもなかなか大変でね。そんな時、花をみてると心が落ち着くんですよ。あの下向きで赤紫の地味な花をみるとね。」


 入れて大正解だった。この人でも落ち込むのかっていう、威風堂々とした雰囲気の人なんだけど。


「ウチの花が役に立ってよかったです。それはクリスマスローズという花で、気分が落ち込んだ時にいいそうですよ。」


 彼はその花を、その花が欲しくて来たのだそうだ。

「申し訳ありません。生憎、在庫を切らしておりまして、今度、入荷いたしましたら、ご連絡いたします。」

「いや、すみません。よろしく頼みます。忙しいだの体がしんどいだの、仕事の愚痴を家内に聴かせてましたが、いざ仕事がないとなると手持ちぶたさで不安なもんですわ。」


 豪快に笑って出て行ったけれど、まさに”硬派を気取ってる”のだろう。花がない事へのお詫びとして、カモミールの茶葉をサービスした。せめて心だけでも平安でありますようにと。


 悟君を呼んで、少し説教をした。人前で花の精霊と話すと、危ない人に見られかねないと。私にしては珍しく親切でアドバイスしたのに、肝心の本人、上の空だった。


「仕事がないって、バイトはたくさん募集してる所ありますけど・・」

「それは、年齢制限があるかもしれないし、家族を養うには一定の給料が必要だ。保険料も馬鹿にならないしね。お父さんってものは、大変なんだよ。」


 ちょっと嫌味をいれて返してやった。私から見ると、フラフラとバイトだけで家でお気楽してる悟君が、若干、はがゆかったからかな。まあ、言われた本人、ポーカーフェイスで”はぁ、そうですね”と、ノホホンとしてるけど。


 


水曜日深夜(木曜日午前1時だい)に更新。週一。基本、一話完結。


今回、更新時間が遅くなってすみません。

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