水瀬花屋 新人バイト君
お盆も近づき、水瀬花屋では、高校生のバイトを雇うことにしました。
「飛鳥ちゃん、お盆用の花束が足りなくなりそうだ。大急ぎで作って」
8月に入って、私のバイトしてる水瀬花屋は、にわかに忙しくなってきた。商店街の中の小さな店なのだけど、イベントのある月は忙しい。
お盆の季節には、お参り用にの花にと、小さくまとめたものが、重宝される。菊数本とストック、派手にならないように、花瓶に入るくらいの太さにまとめてある。
この手の花束は、店の脇で、見つけやすい処にひっそり置いてある。そのほか、菊を種類別に数本まとめて、他の花の横に置いてある。
ところで、店長は朝は早い。ほぼ毎日、愛用のバンで6時前には仕入れに出かけるそうだ。
私は勤務時間は2時から終業の6時まで。店長は、2時から4時までの間だけ休憩に入る。
何もない時はそれで店は十分、やっていける。ただ行事のある夏の繁忙期と暑さとで、さすがの店長もゲッソリしてる。閉店後も一人で残業してるようだ。もちろん、残業代は出ない。(自分の店だしね)そんな時、”天の助け”、新人バイトが入る事になった。
**** *** *** *** *** ***
「ごめんくださいませ。水瀬店長さん、いらっしゃるかしら?」
紺色の縮緬の着物をスッキリと着こなした60代らしい婦人が、店にいらした。店長は休憩中だったけど、あわてて飛んできた。
「これはこれは、坂崎先生、と息子さん?でしたか?」
「ほほほ、お上手ね。孫よ。この子、高校2年だけど夏期講習にもいかないのよ。それで、ほら、あなたからバイトの子、頼まれてたでしょ?この子を使っていただけないかなと思って。」
坂崎先生は、お花の師範で、ウチは花を定期的に注文を受けてる。上得意客様だ。
で、そのお孫さんは、今どきの若者よろしく、ジーンズは、はやりの腰パンで、頭は爆発したような金髪。自分ではイケテルって思ってるのだろう。でも私には、だらしない風体に見える。
パンツが見えそうだ・・・
”ないわーこれはないわ”
いくら人手が足りなくても、この花屋は圧倒的に女性客の多い店だ、こんな店員さんがノソっと出てきたら、お客さん、怖くて逃げてしまう。本人もバイトする気はないんじゃないのかな?細いツリ目が、不機嫌そのもの。全身から”オレはいやだ!”ってオーラが出てる。
「ばあちゃん、俺、バイトはするつもりだったけど、花屋なんて、男がするもんじゃねえだろう。クラスメートに見つかったら、笑いものになるし」
思春期、真っ只中の男子高校生が、花屋でバイトは、さすがに恥ずかしいだろう。それは、私でもわかるけど。
「淳一、お前のやってたバイトって、クラブだかバーだかのウェイターじゃない。学校に知られたら”即・退学”。ここは口裏をあわせてもらって、”ここでバイトをやってました。”って事にすればいいわ。そういう事で、店長さん。バイト代はいいですから、この子、コキ使ってやって下さい」
いやまてまて、本人、イヤダといってるのを無理じいするのもどうか。それにしても、坂崎先生は、暗に”ここでバイトしないと学校に通報します”って言ってるような。
亮一君とやらへの強引さに、店長も唖然としてる。
「あらまあ、もうこんな時間。これから出稽古があるの、じゃあ、よろしくお願いしますね。淳一、ちゃんと働くのよ。でないとスマホ代、出さないからね」
「あのですね、坂崎先生。うちの店は・・」
と店長の声に、聞こえないのか、無視したのか、坂崎先生はスタスタと店から出て行った。ドアのベルがチリリンと鳴った。私も店長も淳一君も、唖然として先生を見送るばかりだった。
”くそばばぁ”と彼が小さくつぶやくのが聞こえる。ふてくされた不良顔の彼の背景は、色とりどりの華やかな花達。つくづく彼はここでは”場違い”なのだ。すぐ出ていくのかと思ったら、苦々しい顔で店内で立ちすくんでる。
「あの、淳一だっけ。花屋は、案外、力仕事が多くて大変で、正直、男子のバイト君が入ってくれたらありがたい。でも、ここで働く気があるのかな?ないなら、僕から先生に”彼には無理のようです”って言っておくよ」
店長!上得意様にそう言っちゃうの?もっと言葉、考えようよ。ほら、”この仕事は彼にあってない”とか”もっと別の仕事のほうが能力がだせる”とか。
柔らかい笑顔で、”君、使えないから用なし”って言ってる店長って、本当は怖い人?
「やるよ!でないと、どんなしっぺ返しをされるかわからないからな。ったく、あのばばぁ、やる事がパネェからな。言って置くけど、俺は生け花の師範の孫でも、花の事は、あまり知らないからな。」
この開き直った態度はどうなのかと思うけど、事前に”知らない”って言ったのだけは、少しかは褒めてやろう。
「大丈夫だよ。じゃ、これからよろしく。花の名前と値段は、今日中に飛鳥ちゃんに、教えてもらって。当分はお盆用の花束作りと、後、レジの打ち方も飛鳥ちゃんに習って。それと服装だけど、そのたんぽぽ頭はバンダナでまとめて。それとエプロン。水を使うし汚れるから」
店長は、口早に新人バイト・淳一君に伝えると、急いで、バラやらランやら、やたら豪華な花を選ぶと、後はよろしく と、店から出て行った。つまり、私は店の仕事と新人の教育を丸投げされた。残業確定かな。この忙しい時に私と、多分・使えないだろう新人とで、どうすれと・・・
店長は、午後からの結婚式の花嫁のブーケ作りを頼まれていた。
普段は、ウチよりもっと大きな花屋が、結婚式場の専属として契約してるそうだ。
ただ今回は、花嫁さんが、ブーケ作りに店長を指名したそうだ。おめでたいセレモニーだから、花に損傷がないよう、ブーケはその当日に作るのが常道だ。
私は、頭がパニックになりそうだ。落ち着け、私。パニくるのは仕事終わってからだ。
まったく!今日はとんでもなく忙しくなるわね。
*** *** *** *** *** ***
午後は、休む暇どころか、お客さんを何度かお待たせさせてしまった。
私は、淳一君に とりあえず、お供え用の花束の作り方を教えようとしたが、スルーされた。
ビニールがまいてあり、バケットに入れてある花束は、値段がついていて、即、レジ打ち出来る。私は、横でビニールの上から包装紙でくるんで、時にはリボンをつけ、お客さんに渡す。私はとにかく淳一君に教えながらだ。ただ彼は意外と物覚えがよくて、そこは助かった。
忙しさがひと段落したところで、私がうしろの作業台でヘタってると、戸惑ったように質問された。
「あの、俺、何時から何時までですか?」
亮一君の勤務形態やバイト代について、店長は決めてなかったんだ。今更気がつく私もえらそうに言えないけど、店長もあんまりだ。
「ごめん。私も聞いてない。4時までには、店長、戻ってくるだろうから、その時に話し合って頂戴ね。さてと、今、少しだけ時間がとれそうだから、花束を作るのに、取り扱い方を教えるから」
30cm弱の花束を作るのに、まず、茎の切り方、余分な葉の始末、花束にする時の注意点などを教え、いまある束を見本にして、同じように作らせてみた。もちろん形も整えてだ。
裏で作業をしながら、ボソっと言った。
「せっかくお参りに、お墓に持っていっても、終わったら、花はすぐポイッだ。これってバカみたいじゃないっすか?」
へ?実は私は、本州にある墓所へは、行く機会がなかった。お墓参りが、そういうシステムになってるとは・・
「詳しいのね。」
「先輩が知らなさすぎ。俺は強引に、うちのババァに、死んだ爺さんの墓参りに連れてかれたからさ」
とほほ・・・確かに私は無知だった。ところでバイト君 その仏頂面は、なんとかならないのかな・・。二人で黙々と花束を作りながら、店でお客さんの相手して、店長が帰ってきた時には、ヘトヘトだった。
*** *** *** *** *** ***
「ごめんごめん、勤務時間と時給を決めてなかったね。亮一君には朝8時から飛鳥ちゃんが来る2時まで。休憩は30分ね。本当はもっと早い時間に来てほしいだけどさ。時給850円しかだせないし、ごめんね。後、開店前に私がいろいろ仕事内容を教えるから」
「朝8時ってまじっすか?、結構ツライんですけど・・」
がーんって顔をしてる。店長は、やさしく”頑張ってね”って、肩を叩いて仕事に戻った。
出来るなら私が朝のシフトと代わってあげたいけど、実は私も朝がてんでだめ。午前中はほぼ寝てるかゾンビ状態。ごめんね。淳一君。まだ呆然としてるようだけど、ファイト!よ。
*** *** *** *** *** ***
その日は、店長と新人バイト・淳一君と私の3人で、なんとか次の日の分の花束まで出来た。
そろそろ閉店準備って時に、小さな子供が店の中を覗いてる。イヤな予感。前もこんなパターンで幽霊の相手をする事になったんだっけ。
「僕、どうかしたの?もしかして迷子になったとかな?」
外に出て、私がそう尋ねた。すると、5歳くらいのその男の子が泣きだしてしまった。
淳一君が、驚いたふうに私を見てる。なによ。お客さんでなくたって子供には親切にだ。
「よう、泣かないで店に入ってきな。花を見てみろよ。いろいろあるだろ?1本だけボウズにあげるから、好きな花を選べよ」
亮一君の言葉に、男の子はオズオズと店に入って来て、すぐ、店内の花をジっと見てる。
”この花が好き”と指さした。それは赤のカーネーションだった。
「僕ね、ほんとは赤いカーネーションが欲しかったんだ。だけど、もう売り切れでピンクのを1本だけ買ってお母さんにあげようとしたんだ。でも怒られて頭叩かれちゃった。きっとお母さん、赤のほうが欲しかったんだ」
淳一君、カーネーション一本、お買い上げね。はぁ。男の子は彼に手を握ってもらい、道を教えてもらってるようだ。あれ?カーネーションと一緒にホウズキを持ってる。あ、今日、入荷したものだったかな。
店に戻ってきた亮一君に
「あの子、交番につれて行けばよかったのに、また、迷ったら大変じゃない。あ、とそれとカーネーション代、ホウズキ代、払ってくださいね」
そう正しい請求をしたはずなのに、亮一君は、はぁ?ってまじまじ私を見て、
「まじ、信じられね。区別つかないんだ。アホだな」と罵倒し、”あの子なら迷わず帰ることが出来る、鬼灯も持たせたしな”と付け加えた。
私は、キツネにつつまれたようだ。なぜ迷わないと断言できる。ホオヅキがなにか関係あるのか?、それでも、25歳の先輩捕まえて、アホとはなんだ。私は、淳一の頭をポカっと、軽くだけど叩いた。
「イテ、暴力反対」
「まあまあ、二人とも仲良くね。花代は、私が支払います。飛鳥ちゃん。」
ニコニコ笑う店長。私は”アホ”といわれたのだぞ。先輩の私が。まったく。
「飛鳥ちゃんは、超鈍感で区別がつかないところが、長所だよね」
店長、それ褒め言葉になってないです。
淳一は呆れたまま。
「先輩、俺、学校が休みの時は、休憩が終わったら、5時からもバイトしますから。」”どうもこの二人だと、安心できねえ”とブツブツいいながら、店長に了解を求めた。
「それは、ありがとう。閉店後の研修はボランティアって事でバイト代はなしね」
ふふ、世間は厳しいのだよ。淳一。ぞれでも、”やっぱやめた” とか言わない所は、いい子というか、ちょっとお人よし?。
次の日、ニュースで、昨日、花屋に来た男の子が写真を見つけた。義母による虐待死だそうだ。ああ、また、”生きてない子供”だった。うちの花屋、何かあるのだろうか・・
う~ん、よくわからない。ここはごく普通の店の雰囲気なのに。まあいいか。そのぶん、特別手当とかでないかしらね。