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極楽鳥花 ストレリチア

 今日は、商店街のカフェ”くぼた”で、ランチをいただいてる。


 <ここのオムライス、おいしいのよ。卵がトロットロで。これだけおいしいのに、不思議と行列とは無縁で、お客は私一人だもんね。店、貸きり状態>


<まったく、色気より食い気だな。>

<見た目そのまま。色気は無理無理>


”うるさいわね”といいながら、ヴィジュアル系ロックバンドの風貌そのままの男子二人を、もう一度じっくり見る。髪は紫の部分があり、後ろは長い細い三つ編み2本。ヒモのようだ。服装はど派手な色のピラピラ薄い生地。デザインが奇抜すぎてよくわからない。


 そんな彼らは、ストレリチアこと極楽鳥花という花の精霊。普通の人には見えないので、私は独り言を言ってるようにしか見えないだろう。


<オムライスに熱中するのもいいけどさ。俺を見てよ、日光に当たらないと、花を咲かせられないんだよ、こんな奥まった場所じゃ、ちょっと不満だな。俺の美しさが目立たなくなるじゃん>

<もちろん他も美しいけどさ、花を見て欲しいしね>


 確かに店の奥に置かれている。うちの店長が”くぼた”のマスターから頼まれて、この日に飾ったのだそうだ。ウチと同じく店に閑古鳥が長居してるのに、ストレリチアの花束は懐にひびくんじゃないかと他人事ながら心配だ。この花は仕入れ時にもよるけど、高価なのだ。


 ヒゲマスターは、頭にもひげにも白いものが混じる50代。普段は花は飾らないカフェだけど、店のイメチェンでもしたいのかな。確かにこの花は高級感がただよう見栄えのいい花だけど、”くぼた”は、昭和感ただよう庶民的な店。ちょっとミスマッチの気がする。


「マスター。もしかして、これから店に花を飾る事にしたのかな?」


「いやいや、飛鳥ちゃん、これはちょっと特別なんだ。前まえから店長に頼んでた」


 そうそう、この花は水瀬花屋では、普段はない。前に駅前のスナックの開店祝いの花束とかには、仕入れるときもあるけど。


「へへ、今日はね、うちの家内の誕生日なんですよ。今日、ニューギニアから帰ってくる予定なんです。この花は家内の好きな花でね。」


 ”くぼた”の奥さんは、極楽鳥が研究のため保護されている施設に仲間と行ったそうだ。一緒に極楽鳥の歴史や生態などのレクチャーもあるらしい。鳥好きが高じての事らしいけど、奥さんだってそう若くない。すごい行動力。


「鳥好きのグループでそういう催しがあるのは魅力ある。私なら一人じゃ怖くていけないし」


 ストレリチア(極楽鳥花)の精霊が、私の言葉で笑いだした。失礼な。私だって若い女性、一人の海外旅行、それも先進国でない国の旅行は勇気がいる。


「ええ、それがね。途中までは一緒だったらしいんですけど、うちの奴だけ、期間を1週間延長して帰ってくるみたいで。ガイドさんとも仲良くなって、向こうで羽を伸ばしてるんでしょうかね。私なんかは海外は面倒。国内で温泉につかっていたいほうです」


 さてオムライスもおいしかった。今日も半日、がんばりましょうと、店をでようと振り返ると、”くぼた”の奥さんらしき中年の女性がたっていた。夏の香りをただよわせて。

向こうは、ずっと夏だからかな。着てるブラウスは薄手の生地の半袖で、ストレリチアの花模様だった。


 「おかえりなさい。マスターと今、話してたんですよ。それと誕生日おめでとうござます。」


 「あらあら、あなた、若い子と話せてよかったわね。話題を提供した私に感謝して」

と、奥さんは、旦那さんをハグしてる。マスターはやはり内心、心配してたのかホっとしたような笑顔だった。


<おい、お帰りなさいじゃねえだろ?こんな姿で帰ってきちゃだめだろうが。よく見ろや>

<ほんと、何だかせっかちなんだか、ボヤっとしてるんだか、この奥さん。ブラウスの柄はいいんだけどね>

極楽鳥花の精霊が、私の頭を小突いた。まったく、名前に似合わず、乱暴で言葉使いが悪い精霊だ。極楽鳥がこの精霊の言葉をきいたら、気分を害するかも。


 それにしても、奥さん、荷物は後で宅配で届くのだろうか?冬だというのに、コートもなしなのは、すでに脱いできたから?足元をみると、夏靴。そしてなにより、足元から細くて白い綿のようなヒモがついてる、その先は見えないが。


 あ、このパターンは、幽体離脱、もしくは生霊?前もあったっけ。勘違いの中年オジサン。


 店長どうしようと、呼びに行く前に、店長が店に入って来た。


「マスター、今日の朝刊です。ここの処です。見て下さい。」

それは小さな記事で、日本人の中年女性が、意識不明で病院で治療を受けている。心当たりのある人は連絡を、という内容だった。


 マスターは記事を見て、”いやそれはない、現に家内はここにいるし、ハグだってした”と、てんで信じなかった。


「奥さん、帰りの荷物はどうしましたか?それとパスポートやお財布をいれる鞄もです。何時の飛行機でここにつきましたか?それとも列車ですか?」


 店長が矢継ぎ早に質問する。答えられるはずもない。魂だけで飛んできたのだから。


「あの、私、きっと記憶喪失なんです。だって全然覚えてないもの」


「じゃあ、ここにくる直前の記憶は思い出せますか?」


 奥さんは店長の厳しい口調にたじろぎながら、首をかしげる。そして、アっという顔になり顔色が真っ青になった。体も少し透けてきた。


「いいえ、私は、ここを離れないわ。だってきっと私助からないわ。きっと。だからここにいる。助かったとしても、何か障害が残るかもしれない。それは嫌だわ。主人に負担をかけてしまう。それならいっそこのままのほうがまし」


 いやいや、このまま魂だけ抜け出してると、本体のほうは確実に死にますよね。店長。


「魂のままで、この世に居続ける事は出来ませんよ」


 店長は、マスターに事の次第を説明する。マスターは信じられないという顔をし、奥さんをマジマジと見ていたが、青白い顔で体が透けてるのだから、もう疑いようがなかった。


「君が、どんな事になっても、私の愛は変わらないよ。最悪、君が先に死んでしまっても、どうせ、人間いつか死ぬ。生まれ変わったらまた君に出会う運命だよ。心配ない」


 年をとって、これほど甘い言葉をもらえるなら幸せだ。奥さんは、”あなた”といいながらマスターと抱き合った。透けた腕からマスターのセーターが見える。


 その時、今まで黙って成り行きをみていた二人の精霊が、

<奥さんの魂を、現地まで送って行くよ。極楽鳥花というくらいだ。鳥になってのせてやる>

<そうだね。この際だから超特急でね。僕たちを好きになってくれた奥さんのため>


<頼むわ。一刻を争うのかもしれないし、ありがたいわ。あなた達の祖先のうまれ故郷を見ることが出来るわね>


 精霊たちは腕をひろげると、薄いプリーツになった生地が鳥の羽のように開いた。そして有無をいわせず、包みこむようにして、奥さんの魂を抱いた。その瞬間、スーっと消えていった。


「飛鳥ちゃん、極楽鳥花の原産地、南アフリカです」

と店長が、苦笑いしながら、ツッコミをいれてきた。あちゃ。全然、違ったのね。


 マスターは奥さんが急に姿の見えなくなったのに驚くと、店長にもう一度説明を受けて、あわてて、関係機関に連絡をとった。


*** *** *** *** *** *** ***

 極楽鳥花は、日持ちのいい花だ。けど、留守になるので、マスターのところの花束はウチで預かった。今月のウチのディスプレイの花になってる。ニューギニアへ向かったマスターは、無事、奥さんの病院にたどり着いたようだ。店長の処にお礼の電話がきていた。

奥さんは、衰弱してるらしいけど、頭は異常なし。足の骨の骨折だけですんだそうだ。なんでも、写真をとるうちに小さな穴に落ち、気を失った。そのまま一日、見つけてもらえなかったそうな。


 その件を淳一と敦神父に話した。淳一は、私が花の原産地を間違えたのを、当然のようにバカウケして大笑いされた。

 

 敦神父は、ちょっと考え込んでる。

「そうですか。魂だけでご主人のもとに帰るほど、想いが強いのですね。私がアフリカで死んだら、水瀬花屋に戻ってきますから、よろしくお願いします」


「行くのすら許可が出ないと思うけど、まず担当の教会の仕事を終わらせてからにして下さい。突然放り出されたら、こっちにお鉢がまわってきたら迷惑」


 ”教会の仕事”は、代わりの神父が来ない限り無くなる事は絶対ないそうだ。で、今は極端に神父が足りないらしい。


店長の言葉は”ずっとここにいてほしい”という曲がりくねった愛情表現かもしれない。マスターのストレートな表現とは真逆だ。


 敦神父は、店長の真意をわかってくれるかな。そこのとこ微妙。


 




 






 











極楽鳥花は、通称だそうです。


水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に更新します。週一のペースです。

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