月見草
敦神父が壁にフックを付けてる。そこには、ドライフラワーのアレンジを飾ろうと思ってたので、ちょうどいい。
「敦神父さん、そのフック、レイアウトに使わせてくれますか?」
「ああこれ。これ亘から頼まれたんだ。冬の商店街の活性化のイベント用です。星丘高校の美術部と書道部の生徒の作品展を、この商店街の店と、ジョイフルスペースに展示するそうです。」
ジョイフルスペースとは、名前はかっこいいが、要するに、空き店舗の事。借り手のない店を利用して、イベント(フリマとか、個人商店、楽器演奏)に、無料で利用できる場所だ。
「敦神父さん、ウチが展示する作品は?」
「飛鳥ちゃん、調度いい。手伝ってくださいね。机の上に写真のパネルがあるので、とってくれますか?」
「へいへいと、これかな?」
置いてあったのは、A3の大きさの写真パネルで、奇妙な写真だった。小学生前の女の子が、コンクリートの上にたってる。周りを、黄色いフリルのスカート姿の女性が2人、、いや3人かな。あれ?女の子の後ろには後ろ向きの男子がいる。
女の子の周りの3人のうち一人は、その子の肩に手をかけ前を見て笑ってる、一人は横をむいて、その子になにか注意してるようなかんじだ。もう一人は女の子には構わずこっちを見て、笑ってる。演劇の一場面?ああ思い出した、場所はわかる。ここは一昨年まで喫茶店だった所で、閉店してとり壊しになったんだっけ。で、基礎のコンクリだけが残ってるんだ。
「ねえ、神父さん。これ、前衛芸術なのかしら。不思議な写真ね」
私は神父さんパネルを渡そうとみたら、さっきと写真が全然ちがった。いや、女の子と場所は同じか。黄色フリフリ女性達がいない。そのかわり、まわりに月見草が咲いていた。夕暮れなのかまわりは暗い。女の子はちょっと心細げだ。
「は?ああ、これ2枚一組だそうです。一枚目は、女の子と月見草。2枚目とってくれますか?」
2枚目はその子の母親らしき女性が娘にかけよる写真だ。
「で、前衛なんとかって、なんですか?私には、平凡なほのぼのとしたショットに見えますが」
そうですね。私が一瞬見えたのは、きっと月見草の精霊。野の花にも精霊がいるのね。
”前衛ってなんです?”と神父がしつこく聞いてきたので、”企業秘密です”とかわした”はぁ”なんて不思議な顔してる。ふふふ。
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店長が帰ってきたので、さっそく月見草について聞いてみた。店長が花に詳しいのは知ってるけど、野の花はどうかな?ちょっとイタズラ心。
「店長、これ月見草ですね。私、この場所しってますよ。取り壊しになった店の跡地です」
「月見草ね。飛鳥ちゃん、知ってるかい?この花は、宵待草ともいって、夕方になってから咲きだし、昼はしぼむんだよ。まるで月を見るために咲きだす。だからこの名前になったんだ。昔から日本人は、月を見る事・観月を大切にしてきたからね。」
しまった。店長も兄と同じ、ウンチク君の処があるんだ。
「中秋の名月くらいわかります。お団子を食べるんでしょ?」
「はは、満月を見るのは別格なんだな。まあ、昔は太陰暦って月の満ち欠けを...」
どうも話しが長くなりそうだ。月見草の写真ををもう一度見てみる。暗くなりなりかけていても、黄色の花のまわりは、不思議と明るい。
2枚の写真を並べて見てると、女子高生が入って来た。高校指定の紺色のコートにマフラー。
頭を下げながら、展示作業のお礼を言った。
「すみません、本当は自分たちで展示するつもりでした。」
「いや、これは女の子はこういう作業は無理しないほうがいい。それより、写真の位置はどうかな?なるべく君たちの目線に合わせたつもりなんだけど」
敦神父が、写真を見ながら聞いてる。敦神父は背が高いので、写真はちょと下になる感じ。
写真や絵は、人の目の高さより若干上の処に展示するのがベストなんだそうだ。
女子高生は、林 真里亜 と名乗った。礼儀正しいけど、笑ってもどこかぎこちないきがする。緊張してるのかな。
「実は私の撮ったこの写真、美術部の顧問からは、構図が良くないと言われました。夕暮れ時に、偶然、撮ったものなんですが、私は気に言ってるのですけど...」
本人が気に入ってるのだから、顧問もああだこうだ言わなくていいんじゃない?偶然に”いい構図”って、早々出来ないだろうし。私はこの写真、好き。花も女の子もそのお母さんも。見ていてホっとする風景。
「私もこの写真好きですよ。お母さんの愛情と女の子の無心の信頼感が、写真にあふれてます。」
敦神父が真里亜ちゃんを元気づけるかのように、優しく話しかけた。
「私は、花がいいですね。月見草。この花を見ると、”もう月はでてるのだろうか”とか”この日は満月なんだろうか”とか、いろいろ想像できて楽しいです」
続いて、店長も。
ああそか。こちらを見て笑ってた花の精霊は、写真を撮ってる真里亜ちゃんに笑いかけたんだ。”綺麗にとってね”とか”頑張ってね”とか言ってたのかもしれない。
二人に写真のいい処をほめられ、真里亜ちゃんは顔を少し赤くして、はにかんで笑った。
「写真やってるの私だけで、顧問からは、”絵を描くように”言われてて、もう部をやめようと思ってた。写真の事が勉強できるわけじゃないし、話しもあわないし。でも、もう少し頑張ってみる。ちょっと元気出た」
「それはよかった。絵を描いてみるのも写真を撮るのに、役に立ちますよ。構図もそうですが、他の人の絵を見ていろいろ想像する。そういう感性を磨くのが一番大事と、私は思います」
敦神父は、美術関係に詳しいのだろうか?自信満々に、真里亜ちゃんと話してる。
真里亜ちゃんと一緒にいろいろお喋りしてるうち、暗くなってしまった。すかさず神父が真里亜ちゃんを送っていくと楽し気に言った。
「私、月見草の花、好きです。どこにでもあるような花だけど」
店長と、月見草の花の話しにもどった。
「園芸種もあるけどね。やはり 野で咲いてる花が一番だね」
花屋の店長としては、いいのだろうかと思いつつ、もう一度2枚の写真を眺めた。私が、写真の女の子くらいのころ、暗くなるまで遊んでいて、祖母に叱られた。その場面が、頭の中に急に浮かんできた。あの時も月見草が咲いていた。
野生の花の精霊には、使命感とか目標とかもってるのだろうか。さっき少しだけ見る事の出来た精霊・3人は、それぞれだった。後ろ向きの男子の精霊は、女の子の背後の警備してたのかもしれない。精霊は店長にも見えなかったらしいから、これは私だけの秘密にしておこう。
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