ラナンキュラス 女子高生の悩み
水瀬花屋のディスプレイを、一人の女子高生がじっと見つめてる。ウチでは、売れ残りのもう日持ちしない花を、アレンジして飾ってる。今日は、ラナンキュラス。花言葉は「魅惑」
あの子はこの花に見とれたのかしら。
店長には、、花屋のHPを作りましょうともちかけたけど、”面倒”の一言で却下された。私が作ってるブログのほうは、店の、例えば、”今日のアレンジ花”とかの写真をアップしてる。
その女子高生が、店に入って来た。あのディスプレイのラナンキュラスが欲しいといわれたら、残念だけど断わるか、半額位の値段にして、彼女に花の状態を説明して売るかね。ディスプレイのラナンキュラスは、深紅。花の精霊はもう力がつきかけてるのか、体は透けてる。それでも私の気持ちがわかるのか、<どちらでも大丈夫。出来るだけがんばりますから>と、優しく笑ってる。
「いらっしゃいませ」
紺色のダッフルコートを着た彼女は、その声で私を見、軽く会釈した。迷いのない様子で、仏花を二たば、選んだ。冬なので庭の花がなく、仏花は売れ筋の商品。回転がはやく、私も仏花のアレンジ花はたやさないようにしてる。
「あの、窓の処にある花は、なんという花なんですか?」
レジで女子高生が遠慮がちに聞いて来た。買う気はないかどうかわからないけど。
「あれはラナンキュラスという花です。売れ残ってしまって、もう日持ちしなくなりましたので、せめて宣伝用にと飾ってあります。もしご希望なら、新しいのを発注いたしますが...」
「いえいいです。すみません。」
彼女は足早に店を出ようとした所、敦神父が帰ってきた。昨日、会議があるとかで、結局、出先で一泊する事になった。
「おや、千早ちゃん、珍しいですね」
千早と呼ばれた女子高生は、もともと丸い目をもっと丸くして、驚いてる。
「神父さん、この花屋さんって実は教会だったんですか?」
(ぶっぶー、この抜けさく神父さんは、弟の家で暮らしてるだけです)
「ははは、教会じゃないです。ここは僕の弟の家。私はここで暮らしてます。教会も節約しないとね。いろいろ。あ、紹介するね。こちら飛鳥ちゃん。泣く子も黙る会計係。こちら、本間千早ちゃん。私の年の離れた恋人です」
この気温の低い日に寒いジョークを飛ばすなんて、私は敦神父を冷ややかな目で訂正を要求。
「っていうのは冗談で、私は千早ちゃんの進路相談にのってます。というか聖セシリア大学へ入学するよう、勧誘してます。」
二人は奥の休憩室で話しをする事になった。”いつもは三条教会で相談に乗ってるんですけどね”
なんて、女子高生と話すのがまんざらでもないような顔だ。最低。神父のくせに。
お茶を持っていくと、お菓子もくださいとリクエストされた。私は青筋を心の中でたてながら、笑顔で持って来た。彼女はどうやらセンター試験の帰りのようだ。
*** *** *** *** *** *** ***
「今日、母に会いにいったら、、、、急にガラスのコップ...床が血だらけ」
ところどころ聞こえてくる内容は、ちょっと深刻なようだ。ラナンキュラスの赤に血の赤を思い出させたんだ。で立ち止まったと。
<それは残念ですわ。私の色は、人間の血より少し暗い色ですのに>
<彼女、きっと血が出た光景が頭の中から離れないのかもね。>
店長が仮眠をすませ二階から下りて来た。
「おや、兄にお客さんとは、珍しい。普段は、出向く事が多いのですけど。」
「なにか、深刻な話しみたい。お茶とお菓子は出しておいたけど」
「菓子だ?随分舞い上がってるな。まあ、兄も最近、事務仕事が多くてストレスたまってるようでしたからね。本来の仕事が出来て舞い上がってるんでしょう」
私も最初は知らなかったのだけど、神父さんの仕事は冠婚葬祭の他に、事務仕事が多く、”人の悩み事の相談にのる・人の話しを聞く”時間がなかなかとれないそうだ。私も相談に乗ってもらおうか。今、確定申告の準備のため帳簿を見直してるけど、この店、ちょいやばい。経費で落とせるものを探さないと、からっけつになりそう。まあ、敦神父にはこの手の話しは無理だけどさ。
二人の話しが終わって、千早ちゃんは目を赤くして出て来た。
「兄さん、女子高生を泣かせちゃったんですね。」
「いやこれは、あの、その 違うんです。」
店長も私も敦神父が泣かせるような事を言ったとは、つゆほども思ってないけどね。
「ごめんなさい、私が勝手に。母の事を考えると、やはり神父さんのおっしゃる通りの進路でいいのかなと、それじゃ。あまりにも母が可哀想で」
「いいんじゃねえの。母親は立派な大人だ。」
淳一がドアを乱暴にあけ、ドザっと荷物をおいた。会話にも乱入してきた。にしても1時間早い出勤だ。真冬日の今日、雨でもふるんじゃないの。
その後、千早ちゃんが、自分の事を話してくれた。1年ちょっと前に父親を心筋梗塞で亡くしたそうだ。それから母親がうつ病になり、入退院のくりかえしなんだとか。
今日は、千早ちゃんの顔をみるなり、”一緒に死んで、お父さんの処へ行きましょう”とコップを手で握って割り、破片をもって千早ちゃんにせまってきたとか。コップを割ったとき、四方に血が飛び散り、床には赤い血だまりができたそう。衝撃的な場面で、忘れようとしてたけどラナンキュラスを見て、またぞろ思い出したのだそうだ。
<私を見て、悲しい気持ちになってしまうのは、とても残念だわ>
<ドンマイ、ケチャップやチリソースでもきっと思い出すから。あなたのせいじゃない。>
私は、深紅のラナンキュラスの精霊を元気づけた。短い命とはいえ、出来るだけ気分よく天に帰ってほしいから。
淳一のほうは、への字に口をまげて、腕を組んでる。彼なりに真剣に考えてる。
千早ちゃんへの選択肢は、ここを離れ札幌の叔父を頼って聖セシリア大学に入る。もしくは地元の看護大学に入る。ただ地元の看護大ってハイレベルのはず。父親の保険金があるので、進学のための資金はなんとかなるそうだ。
「私が行くと、母の状態が不安定になるらしいんです。」
「ああそれは、千早ちゃんが行く事で、お母さんは大切な伴侶を亡くした事を思い出すからじゃないでしょうか。多分、ですけどね。どうしても心配ならばお母さんに札幌に転院してもらう という手もありますが。今、話しを聞くかぎりでは、少しの間、お母さんに会わないほうがいい気もします」
あ、話しがこじれていくなって思ったら、淳一の口を開いた。
「日本じゃ、無理心中なんて言われてるけど、それ間違いだから。正しくは自分の子供とか家族を殺す事だ。殺人者だ。子供を殺そうとする親を心配する必要はサラサラないね」
...言い切った。言われてみればそうかも。千早ちゃんも目をぱちくりさせてる。
”それは言い過ぎ”と、淳一、店長にたしなめられてる。
千早ちゃん、家に帰ってもう一度、考えてみるそうだ。店長は売れ残りの白とオレンジのラナンキュラスとグリーンを合わせて、彼女に渡した。この色の売れ残りもあったんだ。
このラナンキュラスが売れ残ったのは、部活でお花を使うからと注文をうけたはいいが、インフルの流行で学校閉鎖になったからだ。”花を買い取りますから” という顧問の申し出を、”いいですから” と断った店長。とりあえず、千早ちゃんにあげた分は、売り値の半分くらいは、代金として、店長に払ってもらいましょう。ディスプレイのほうは、宣伝費として計上してと。
<もう天に帰る処なんだろうけど、申し訳ないが、ちょっと働いてきてくれ。彼女の心を癒してほしい。血が飛び散った場面がまだ脳内にこびりついてるようだ>
<いいっすけど、俺、あまりもたないですよ>
<そこをなんとか根性で>
<了解っす。出来る限りがんばります>
こっちのラナンキュラスの花の精霊は、二十歳くらいの男性の姿で、フワフワの巻き毛がトレードマークかも。もっとも、千早ちゃんには彼は見えないけど。頑張ってほしいわね。それにしても、花に”根性をだせ”っておくりだす店長、実は体育会系かな。
水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)に更新します。週一のペースです