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縁起のいい花 ハボタン

 初出勤、水瀬花屋は、12月の繁忙期もおわり、正月3日から営業。バイトの私は5日からの出勤になった。市場があくのが5日なので、今日は入荷した切り花や鉢物の整理と手入れで忙しくなりそう。


 窓から、3,4歳くらいの男の子が道を歩いている。この商店街は車進入禁止だけど、もう少し歩くと、車通りの多い中央通りに出る。親が長話して目を離してるすきに、子供が勝手に歩いて行ってしまう。ありがちな事だ。私はちょっと心配になって、店長に了解をもらい、外に出でてその男の子を追った。それにしても寒い。息をすると肺まで冷たくなる。それなのに。男の子は、手袋もつけず、帽子もなし。ジャンパーは薄手のものだ。


「こんにちは、ボク。お父さんかお母さんは?」

突然、声をかけたのが気に障ったのだろうか、それとも”ボク”と声をかけたのが、悪かったのか、ジロっと上目遣いににらまれた。


「おばあちゃんちへ行く。」と男の子はいったきり、またスタスタを歩きだそうとする。


 ちょっと待って。と一緒についていった。信号は守れてるようだけど、通いなれた道ではないようだ。駅に入って行くと、駅員に”ばあちゃんちに行きたい”と言うと、ハガキらしいものを、しょってるリュックから取り出し、駅員に見せる。”どれどれ”と私も見たけど、絵手紙でハボタンの絵がかいてあった。宛先は、池垣翔太、 差出人は、池垣しずとあるだけで、住所が書いてなかった。


「すみません、この子、商店街を一人で歩いていて、心配でついてきたんですけど。保護者の方が近くにおられないようで。」

「ふむ、街中で迷子かな。もしかして家族でおばあちゃんちへ行く予定だったのかも」


 駅員さんは、親切に、迷子案内のアナウンスをかけてくれたが、誰も来なかった。


 男の子の名前は、池垣翔太。なんと小学校2年生だという。それにしては背も低いし、痩せてる。翔太君は、待合室でストーブで手を温めてる。そういえば、この子、手袋をしてなかった。やっぱり冷たかったのだろう。


 親もしくは保護者は結局見つからなかった、駅前交番の警官がやってきて”おや、この子は”と、子供目線にあわせしゃがんだ時、「僕一人じゃない。お母さんと一緒だから」と、私の手を握った。


 いやいやいや、私、産んでないし、母親でもないから。あわてて否定するも、翔太君は”もう帰ろう、お母さん”とニッコリと、私をせかした。


 結局、水瀬花屋に連れて帰る事になった。

*** *** *** *** *** *** *** ***


「よう、飛鳥先輩ってシングルマザーだったんだ。大変っすね」

と淳一が声をかけてきた。うるさいわよ と顔で表現したが、効目なし。


「弱りましたね、名前はわかりましたけど、家の住所を教えてくれない。送っていけませんですね」

「敦神父さんの知り合いで、この子を知ってる人いないかな。商店街からそう遠く離れてない家の子だろうと思うのだけど」


 この近辺だとすると三条教会があるんだけど、そういえば、由真ちゃんのおばあちゃんは、生地屋をやってるんだっけ。商店街近辺の事なら詳しそう。


 敦神父もそこらへんは、私と同じ考えらしく、電話をかけてる。


「僕、家に帰りたくない」

そう翔太君がポツっとこぼしたとき、この子が8歳にみえないくらい痩せてるのも、手袋がないのも、ある嫌な理由にいきついた。


 試しに翔太君のセーターの袖口から、丸い火傷の跡が見える。やっぱりと思い、嫌がる彼をむりやり脱がせてみると、背中とかに火傷の後が数か所、なぐられたであろう青あざも。


 私は、すっかりきがめいってしまった。これだけ虐待されたら家に帰りたいはずない。

敦神父も電話しながらも、翔太君の体を見た途端、いつものノンビリ顔が消えた。


「私たちではどうも出来ないよ。ここは警察に動いてもらうしかない。」と店長の困った声。

でもこの子、交番にいくと、家に一旦は帰される事になる。手続きとかする間に翔太君が、両親に暴力をふるわれる可能性大だ。


「飛鳥ちゃん、わかりました。ちょうど三条教会のちかくの古いアパートにこの子の両親がいるらしいですよ。なんだか夫婦喧嘩で人騒がせで、有名なんだとか」


 その時、消防車のサイレンが聞こえて来た。こっちに近づいて来る。大丈夫。水瀬花屋は燃えてない。なんてトンチンカンな事を考えてる私だったけど、敦神父は血相をかえて飛んでいった。火元は 教会の近くらしい。


*** *** *** *** *** *** ***


 事情をいろいろと聞かれ、解放されたのは、その日の夕方だった。結局、延焼はなかったものの、火元の古いアパートは全焼。まるで狙ったように、池垣夫妻が大けがをして救急車に運ばれて行った。


「父さんは、出て行った。あの男は、母さんの友達。僕をなぐったり煙草を押し付けたのもあいつ。僕の事、気に入らなかったんだ。」


 うなだれて、事情を話す翔太君に、敦神父は頭をなでて、ギュっと抱きしめた。


「翔太君、あなたは児童相談所という処で、保護される事になりました。もう誰も君をぶったり傷つけたりする事は出来ません。気が向いたら、ここ、水瀬花屋に遊びに来てください。君と話をしするのを楽しみにしてますよ」


「よう翔太、いつでも遊びにこい。ゲーム一緒にやろうぜ」淳一の話し方は、子供と同等で翔太君は、ニコっとはにかんで笑った。


「翔太君、これお姉さんからプレゼント。長持ちするし縁起のいい花だから」とハボタンを一輪わたした。正月用の花だから、ちょっとお高め、一輪300円なり。さっきのハガキにもこの花の絵がかいてあったし。


 花を渡されて、それをじっと見てる翔太君は、懐かしそうに、でも寂しそう。

「ばあちゃんちの庭、雪降る前は この花が咲いてた。キャベツかと思ったって、言ったら、大笑いされた。ばあちゃんちにいるときが、一番、楽しかった。」と泣き出してしまった。


「子供は親を選べませんからね...」ため息交じりの店長の言葉が、痛い。

「この子、おばあちゃんと一緒に暮らせたらいいのにね」

でも、多分、それは出来ないのだろう。だから、翔太君は、こんな目にあうことになった。

せめて 絵ハガキで元気を出してもらおうと思ったんだろうか。


 後日、児童虐待の容疑で翔太君に暴力をふるっていた男が逮捕され、私を含めた水瀬花屋の4人は、すこし胸のモヤモヤがおさまった。





 


更新は水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ) 週一のペースで更新しています

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