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迷子のシクラメン

クリスマスが終わったと同時に、正月商戦が本格的に始まった。しめ縄や餅、おせちなどの正月料理、商店街では、ここぞとばかりに売り出しを始めてるよう。


 うち、水瀬花屋は、クリスマス用にリース、ポインセチアなどを売るかたわら、正月用の花がどんどん入ってきた。南天や松、大輪の菊や縁起物の飾りなど。松は。水切りではなく根元を割ってバケツに入れてある。仕事量が格段に多い。午前中に店長と淳一が、頑張ったのだろう。

後、今年は市場での仕入れは明日で終わり。明日はもっと忙しいだろう。


 小休憩の後、店長と淳一は、正月用のアレンジの花を製作中。一個、安いもので2000円から。上は7000円まで。私もアレンジやりたいですと、店長に訴えると、「店のほう、よろしく、飛鳥ちゃん。正月用のアレンジの見本、ここに置くから、予約も出来るって説明してください」


 要するに、私は店番って事ね。少しがっかり。淳一のほうは、坂崎先生から正月の生け花の特訓をうけたらしい。私も出来ないわけじゃない。一揃い買って、自分の家でいろいろ練習した。ただ淳一に言わせると”作業がとろい”そうだ。


”アレンジ花と生け花じゃ、違うけどな。まあ、いろいろと知ってる俺のほうが役に立つのはあたり前。飛鳥先輩、自分の中で迷いながら花をアレンジしてる分、作業が遅いんですよ。一度、正月花のアレンジを自分で絵にしてみたら?”


 くく!淳一のアドバイスは的確だ。悔しいけど。敦神父がいれば店番をお願いできるんだけど、クリスマス前から年末まで、教会の仕事でかけずりまわって、今日は留守。店番といえど、お客さんに対応すればいいだけじゃない。切り花コーナーの横に、目立つように、入荷してきたシクラメンを置いた。


 店は正月花だけでなく、シクラメンの鉢植えも売れ筋商品だ。シクラメンといえば、私、いつも枯らしてしまうんだよね。で、なぜ懲りずに毎年買ってしまうかというと、値段が手ごろな事と、雪の白い世界に少し飽きてきてるからだと、自分で分析した。”今年こそ枯らさないぞ”と思うのだけど、どうもにもだめだ。店では水やりだけ注意すれば綺麗に咲いてるのに。


 店長がいうには、温度管理と湿度管理に注意が必要な花なのだとか。


”シクラメンは20度以上と、5度以下の気温が苦手。水やりで底面吸水が必要だけど、球根に水をかけると、球根が腐る原因になるだ。以外と面倒なんだよ。花が綺麗に咲き、居間に置きたいけど、部屋の温度はシクラメンにとっては、暑いんだ”


 (あなたたちって、深層の令嬢なみね。)私は、注意深く水やりしながら、シクラメンを観察していく。鉢で弱ってるきざしの見えるものは、脇によけないと。


 私は店長に、育てるコツを書いたガイドペーパーを作る事を提案した。シクラメンを買って行くお客様に、無料で渡せるように。


 カランと音がした。お客様ご来店。私は屈んでた腰をのばし、”いらっしゃいませ”と、応対。若い女性と淳一と同じくらいの男子、女性のほうは、シクラメンの白のお買い上げ。一方、男子のほうは、女性の体をすり抜け、店の作業机にどっかと座った。


(はん?幽霊か、花の精霊か。外から入ってきたなら幽霊のほうか)


 この子だれ?色白で、学生服をきてる。


「あの、うちに何か用があるのかしら?」

小声で話しかけたが、その子はうつむいたでまま。一言も話さない。私の声が聞こえないのかしら?どうしようか困ってるうちに、またお客様のご来店。正月アレンジ花を見て品定め中。こういう時は邪魔にならないように。適時に声をかけアドバイスをするのが私のやり方。


 お客様は結局、自分で花を選んで買っていった。もしかして生け花の心得のある人かな。”ありがとうございました”と声をかけ、自分の対応で間違った処はなかったか、自問する。花屋の店員は、花についてはスペシャリストでなければいけないし、花を選ぶセンスも問われる。


 ついさっきまで閑古鳥がないてたのに、一度、お客様が入りだすと、立て続けに入る。これなんかの法則?ってぐらい私は、接客で忙しくなった。今年も4日で終わりというころくらいから、正月用アレンジ花が飛ぶように売れていく。作業場兼物置に声をかける。正月用のアレンジ花が、足りなくなりそう。


 うまい具合に淳一が、アレンジ花を持ってきたので、自慢してやった。


「ほほ、私の営業能力のおかげ様で、大売れよ」

「アレンジがいいからな。つい魅力にひきこまれるだろうさ」


 認めるのはシャクだけど、店長と淳一の正月アレンジ花は、素敵なのだ。松に南天、菊、の三つに、ガーベラやカーネーションといった花をくわえ、全体が華やかに、で正月用になってる。それぞれ花の寿命が違うので、枯れれば抜いて、いつまでも鑑賞できるようになってる。


「先輩、そこにいる奴、どうしたんっすか?」

あ、忘れてた。幽霊だか生霊だかわからないけど。外から入ってきた子。他のお客に隠れるようにして。


「わかりません。何も話してくれないんで。生きてる人間じゃありません」

「当たり前じゃねえか。幽霊でもない。これは花の精霊だ。」

「でも、外から入ってきたのよ。店の花じゃないだろうし、外は雪だし」


 そういえば、なぜドアからきたのだろう。精霊ならどこでも通り抜けるのに。


「扉というのは、一種の結界になってるからな。入りづらかっただろう。で、お前はなんの花の精霊か、このおねえさんに教えてやれ」


 淳一には、なんの花の精霊かわかってるようだ。


 ズケっと言われ、おどおどと、その子が答えた。

<あの...すみません。僕はシクラメンです。迷子になったみたいで...あたりは暗くて、この店だけが明るくて、そうしたら仲間がたくさんいて...>


 ”はあ?精霊が迷子?”淳一は首をかしげながら、奥の作業場のほうに戻って行った。私におしつけたな。まあいいわ。


「で、シクラメンさん、あなたは使命を持っていたはずでしょ?その姿で現れるというのは」


<はい、あのその、私は球根のほうが、少し弱っているようです。もう天に帰える時なんです。それなのに、道が見えない>


 いやいや、人間の私に訴えられてもね。力にはなりたけど無理。とりあえず、身の上話しを聞いてみようか。


「ええと、自分の事を話してくれるかな」

<思い出せないんです。高校生が育てたシクラメンの一つのようです。僕は、どうも出来そこないだったらしく、廃棄処分すれすれの処、この顔の高校生に大事にされ命拾いしました。>

 

 シクラメンは、自分の顔を指さして、そう話しを終えた。学生服を着ている。前髪を眉毛ギリギリで切っただけ、あとは適当しましたって髪型。


 シクラメンの精霊は、なぜ迷子になったのか。命を救ってくれたその高校生が恋しくて逃げ出したとか?ありえないな。大事にしたものだから、大事な人にあげたとかは?私は根掘り葉掘り聞いてみた。


 シクラメン君は”大事な人”というところに、何かひっかかったようだ。突然立ち上がると、


<思い出したよ、お姉さん。僕、武志って子のおばあちゃんに、貰われていったんだ。僕はおばあちゃんを慰める使命があったんだ。それなのに、おばあちゃん、突然家の中で倒れて、どこかへ運ばれて、そのまま帰ってこない。>


<で、探しにでたら迷子になって、そのうちに力が弱くなった。使命を忘れるほどに>


 彼は彼なりに努力はしたのだろうが、放置されれば、鉢花も弱りいずれは枯れる。さて、どうすればいい。迷子になった精霊は、悪霊にでもなるとか。まさかね。


「ここで、ゆっくりしててよ。そのうち何かいい方法が見つかるかもしれないし。店長にも相談してみるから」


 シクラメン君は、申し訳なさそうに、コクンとうなづいた。花言葉とおなじく内気な性格のようだ。


 閉店時間がすぎ、あたりが暗くなった時、その初老の女性はやってきた。生きてない人なのは体が透けてる事でわかった。スーっと入ってくるなり、シクラメン君の側に行った。この人が彼の探していた”おばあさん”かもしれない。


<ごめんなさいね。あなたの事を誰にも頼む暇がなくて。一緒に行きましょうか。>

そう言うと、私のほうをみてニッコリ笑うと、


<ああ、ごめんなさいね。この子がお邪魔して。このお店だけ明るく、中にウチの孫の育てたシクラメンを見つけたので。連れて行ってもいいかしら?>


「もちろんです、お待ちしてました。他のシクラメンたちに、少し力を貸してもらいましょう。天に帰りやすいように」

店長が、いつ来たのか、ごく当然といった口調で夫人に応対した。


 冬至は過ぎたとはいえ、もう真っ暗だ。そこに一本の道が出来る。両端は、篝火のあかりで照らされている。仲間から力でかシクラメン君自身が道を照らす光にもなっている。


「シクラメンの別名が、カガリビソウ ですから。旅のお供には最適ですね」

店長が、ニッコリほほえんで、彼らを見送ってる。


「店長、店長ってどうやって他のシクラメンの協力をお願いしたのですか?」

「そりゃ、もちろん。口で言ったんですよ。”協力してくださいって”」


 店長は謎が多い。この間は悪魔祓なんてしてたし。今日は花を従わせた。いろいろ質問したけど、”閉店準備してください”の一言でごまかされた。


 ”正月アレンジ花、明日の朝まで追加よろしく。”と店長の後ろ姿に声をかけた。実際、足りないから。店長、「今日も夜中まで残業だ...」と、ため息をついた。こういう点は、わかりやすいのだけどね。


 

水曜日深夜(木曜日午前1時ごろ)更新します。週一のペースです。


今年はありがとうござました。来年もよろしくお願いします。

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