人形型悪霊とカンパニュラ(改)
誤字があったので、訂正しました。内容は前とかわらないです^^;
まったく、敦神父は抜けてる。私はそうぼやきながら、店長と敦神父のいる空き地へと車で向かっている。
今日、職場に来てみると、店長と敦神父が忙しくしていて、なにやらいろいろな物を用意していた。この間見た”水を入れる銀の大きなカップと、先に球のついた棒”それに、なにやらいい香りのする”香炉”というもの。店長は、店にある花を1本ずつ集めてる。
「店長、1種類1本って、花束にしてはヘンですね。特別注文ですか?」
普通は、”メインになる花を多く持って来て、周りは他の花はメインがひきたつように、そしてグリーンもいれて”が花束の定番なのに。
「飛鳥ちゃん、これはその今日使うのだけど、1時間ほどで店に戻すから」
店長の持つ花の金額を計算しようと、メモ帳をもって近づく。”戻す”って処があやしいから。
問い詰めると、市の郊外住宅地に空き地があり、そこを浄めに行くのだとか。家を建てるのに必要な”建て前”ってやつでもするのかな?
「よくわかりませんけど、冬の寒空に外に1時間も放置するなら、花も痛むでしょう。戻してもらっても、定価では売れないかもしれませんよ」
店長なら、そういう事は100も承知のはずだけど、私は念を押した。
「責任は兄にとってもらいますので」
と店長は、さわやか笑顔で兄に責任転嫁した。
*** *** *** *** *** ***
準備万端、用意したようだったのに、敦神父は本業で使う”香炉”を忘れて出かけていった。
私が車で急いで届ける事になったのだけど。つくづく、抜け作神父だ。
この交差点を直進し、コンビニの処を右に曲がり、突き当りまで行くと目的地だ。その信号待ちしてるとき、急に背中がざわざわした。悪寒のような、でも風邪じゃない。ただ気持ちが悪い。だけど、妙に気になる。後ろ髪ひかれるような、放っておけない気がした。
私は直進する所を、左折し、その”悪寒”の原因を見つけた。空き地に明らかにおかしいものがある。鷹さは1mもない、オカッパ髪の女子中学生人形だった。スカートから下は埋まってるのか、もともとないのか。
怖すぎてヘンな顔だった。耳まで避けた口、眉と目は細く。つりあがってる。ちょうど、アフリカあたりの民芸品にこういう顔の人形がありそうだ。制服は昔のK中のもの。じっと観察してると、ボソっと声が聞こえた。
<みてんじゃえねえよ> 口がかすかに動く。
ひえ~と言って普通は驚く、そんな所なんだろうけど、水瀬花屋でさんざん不思議な体験をしてきたので、今度は何の精霊か。幽霊?魂の宿った人形?。私は、試しに人形の腕をちょっと触ってみた。それは石のように固く冷たかった。
そか。きっと魂の宿った人形ね。あの顔はきっと前衛芸術とかいう類のものなのだろう。
さ、香炉をさっさと届けなくちゃ。と、車に戻ろうとすると、また人形が声を出した。
<お前も不幸になれ。私を見た者は不幸になれ>
この言葉には、ちょっとムっときた。人形のクセに生意気な。大体、不幸になれなんて言葉、口にすべきじゃない。言葉の威力を知らないのか。いや、それ以前に人形が言葉を話す事に、不信感をっ持つべきだったか。
ふりかえり、私は人形に説教した。
「あのね、どこの誰に作られた人形か知らないけど、人の不幸を願うなんて最低。人の不幸の肩代わりをする人型の人形なのに」
<私は人形じゃねえ。人間だ。今は私はいわゆる悪霊ってやつだ。どうだ。怖いだろう。ふふふ。泣いて逃げていくといい>
悪霊ね...口の悪い人形にしか見えないけど。
「悪いけど、悪霊は怖くないわ。霊は生きている人に何も出来ないって、私知ってるし」
私の言葉は、人形型悪霊を傷つけたらしい。瞳のない目から涙を流しながら、訴えて来た。
<...死んで呪い殺してやろうと自殺したけど、結局、何も出来なかった。前は自由に人にとりついていたのに、今は動く事ができない。それに日に日に小さくなっていくみたいだ>
人形型悪霊は、セキをきったように泣き出した。私は、ちょっとだけ可哀想になって、ヨシヨシと頭を撫でてやる。
<気安くさわるんじゃねえよ。同情はされたくない>
「うん、しないよ。で、あなたなんて名前?」
そんな私は、周りからは、何もない処で相槌をうちながら話す残念な女子に見えたろう。悪霊は名前すら忘れてしまったようだ。生きている時の事を思い出せないのだろう。
「あなたね。K中女子で、少なくとも10年以上前に死んでるの。なぜって今のK中は制服がないもの。制服に名札があるけど、残念、名前が見えないわ」
無様に泣く人形型悪霊のほうは、後で話しを聞きにこようか。とりあえず、忘れ物の香炉を届けないと。車に戻ろうとすると、前から、ドタドタとした足音がきこえそうな走り方で、敦神父がやってきた。
「飛鳥ちゃん、大丈夫ですか?何か嫌な気配がしたので、念のため確認しにきました。」
敦神父にしては、上出来、”よく出来ました” ってとこかな。
「ああそのイヤな気配なら、この人形型悪霊が原因。”みんな不幸になれ”なんて言うから、説教してた所。」
まあなんか、よくわからないけど、生きてた時つらい目にあって自殺した可哀想な身の上らしいけど、本人が生前の具体的にどんなツライ目にあったのか覚えてないみたいだから、なぐさめようがないじゃない。”不幸になれ、恨んでやる”という感情と、実は何も自分には出来なかったという無力感を、感じたようではあるけど。
「飛鳥ちゃんは、怖くないんですね。びっくりです。そうそう。悪霊と何度も言うと、本人もその気になるので、名前をつけましょう。お人形ちゃんとか。名前なしこちゃんとか」
<お人形ちゃんは、やめれ。私はいっぱしの悪霊だ>
「いっぱし?あなた動けないじゃない。自分の名前も忘れたのに」
敦神父が、私と人形型悪霊の言い合いの間に入った。悪霊って思ってもいけないのかな。じゃあ、名無しの権平子ちゃんとか。いっそ名無しちゃんとか。敦神父はお人形ちゃんと呼ぶことに決めたようだ。さっきから、さかんに話しかけてる。
「大丈夫ですよ。まだ間に合いますよ、お人形ちゃん。小さくなったけど半分は人の形のようですから。それで、あなたが生きている間、何か少しでも楽しい事を思い出しましょう。例えば”あそこで食べたら~めんがおいしかった”ぐらいの、ほんのささやかな事でいいですから」
お人形ちゃんは、泣き止んでしばらく考え込んでる。敦神父の愉しみって、もしかしてら~めん食べる事なのかな?女子中学生なら、それは愉しみとしてはあまり考えられないけど。
<そういえば、小さい時、土手でよく犬の散歩をしてた。そう、土手からは川の流れと芝生のたんぽぽが綺麗に咲いてるのを見て、ホっとしたんだっけ>
土手ということは、この近くの子だったのかな。K中校区じゃないけど。
「お人形ちゃん、どんな犬でした?大きい犬?色は」
<うるさいな。今、考え中。ええと大きかったかも。でも私が小さかったのかもしれない。毛は白かった気がする。名前はええと、確かペスだ。思い出した>
お人形ちゃんの顔の表情が明るくなったと一緒に、白い犬が突然現れ、お人形ちゃんをさかんに舐めている。尻尾をふってるから、多分、これがペス。で、生きてない犬だ。突然現れたのは、彼女が名前を思い出したからかもしれない。
<ペス、なんだお前、ここにいたんだ。くすぐったいからもうなめないで>
犬が舐めるうち、卵の殻が割れるようにお人形ちゃんの表面がポロポロおち、中からかわいい6歳くらいの女の子が出て来た。
<あのね、いま、ペスと散歩してるんだけど、帰り道わからなくなっちゃったの>
小さな女の子は、困ったように私と敦神父に聞いて来る。犬は、舐めなくなったが、女の子の横にぴったりついてる。
<大丈夫ですよ。そのワンコ、ペスちゃんだっけ。彼があなたのおうちまで案内してくれます。ちょっと時間がかかるかもしれませんけど。あなたにこの花をあげましょう。ほら、振ってごらんなさい。リンリンと音がするでしょう。その音を聴くと元気が出ますよ>
敦神父は、一本の花を渡した。ああこれは、店から持ってきた”カンパニュラ”じゃない。確かに鐘の意味の花だけど、元気が出るとは思わなかった。
女の子と犬のペスは、いつのまにか出来た光の道を歩いて行った。途中、ふりかえって手をふってくれた。幸せそうな顔をして。
結局、彼女の名前も、自殺の原因になった”ツライ事”も、わからずじまいだった。
「いいんですか?生きてる間の事を、すっかり忘れて、犬の事しか思い出しませんでしたよ。自分の名前も思い出せてない」
「いいんですよ。生きてる時も死んだ後も、つらい事は忘れてしまうのが一番です。長い道のりになりますが、カンパニュラの花が悪魔から彼女を守ってくれます。魔除けです」
悪魔?げ。悪霊はいても悪魔なんていないと思ってた。
女の子にあげたカンパニュラの実際の花枝は、しおれて空き地に置かれていた。花の精霊がだいぶ力をつかったせいなんだろうか。それに、これはもう売り物にならない。責任をもって花代は払ってもらおう。まずは、カンパニュラ代300円。
メモをもってくるべきだった。内心、舌打ちする私をよそに、敦神父は、”じゃあ、一緒にのせてってくださいね”と先に車に乗り込んだ。そうだよ。香炉を届ける最中だった。
店長と敦神父の行う”浄め”とかを、見物していこうか。ついでに花をできるだけ、快適な状態に保持してあげよう。どんな役割をするかわからないけどね。
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