クリスマスリースを作る
水瀬花屋でクリスマスリース作りが始まった。作業は閉店後。作業場所は店の裏の物置。そこには、即席の作業台があった。
「ああ、飛鳥ちゃん。すみません。残業してもらって。ドライフラワーも使いますし、くずも多くでるので、作業は物置で行います。材料は並べてありますが、まだ余分にあります。」
物置は薄暗いので、私は店のほうからスタンドを持って来て、作業台を照らすようにした。
明るくなるといろんな物がおかれてるのが、わかった。枝や松ぼっくり、どんぐり、杉の葉、ワイヤー、ノリにグルーガン。
「リース自体は、季節に合わせて飾るものです。室内でも。日本ではドアにかけるクリスマスリースが、一番、なじみがありますけどね。花屋の窓に飾るリースは、オアシス(スポンジ)を使い生の枝を使います。非売品にしますが。それ以外は、基本、ドライの物を使います」
材料を見ても、何から初めていいのかさっぱりだ。クリスマス前にこの作業があるのは知っていたけど、練習する時間がなかった。こんな私が売り物を作っていいのかな。
「はい、店長。最初からさっぱりわかりません。手順の最初から教えてください」
店長は、苦笑いしながら、自分の作業を一時とめた。
「飛鳥ちゃんは、最後の飾りつけを手伝って下さい。淳一君。土台の作り方から、教えるから。ちょっと見て下さい。」
店長は、つるをとりだして(ブトウとサンキライのつる)柔らかくなるまで水につけ、うまく組み合わせて、途中をワイヤーで止めながら、丸い形を作っていった。
「これが、土台になります。この土台が乾いたのが、これです。」
と店長は、枝を組み合わせた丸い輪を取り出した。
「この丸い輪に、松ぼっくりやドングリ、クルミなどを、このようにして、ワイヤーで巻いて、土台につけます。で、下の部分を華やかに、でもあまり飾りをつけすぎないようにするのがいいです。土台が枝なので素朴さを強調するのです。」
といって、見本を見せてくれた。この通りつくればいいのね。
淳一と土台作りから始まったけど、これが意外と難しい。丸くするのにコツがいるし、水につけた土台が乾くまで時間かかりそうだ。
作った土台は今日は飾りつけは無理そう。店長の作りおきの土台に、木の実などの飾りをノリとワイヤーでつける。リボンも忘れずに。
予想通り、私は悪戦苦闘の連続。淳一は早々と一個完成させた。
時間が空いた分、淳一はドーナツ状のダンボールに、こげ茶のフラワーテープを巻いていった。出来上がると、金銀のスプレーをかけられた松ぼっくりをつなぎ、土台の上につけていく。松ぼっくりリースだ。大きくて形がそろったものをあわせ、土台が見えないようにするのが、コツだそうだ。得意げに教えてくれた。
私はつくづくこういう作業にむかない。ワイヤーをU字になるように松ぼっくりにかけると、カサを壊してしまい。ドングリは、帽子の部分が取れてしまう。(とれないようあらかじめ、ノリをつけておくのがいいとか)サンキライの赤い実は、とてもかわいいのに、つけるとき実を落としてしまったり。リボンだけは、なんとか上手く蝶々結びにできた。
袋に入れて値段を付けて出来上がり。1000円~1500円位。私は作りかけの大きなリースを淳一様におまかせし、ちいさな輪の土台で、練習してみた。まず、小さめのりぼんを付け、小さな鐘と、星をつけた。簡素な私の作品は、お客様へのサービス品になった。つまり無料だ。小さな松ぼっくりとクルミのアレンジが廉価商品として売れる、と思ったのだけど。
やっぱり私は不器用でセンスないのね。自分で自分にがっかりだ。
作業机を片づけていると、後ろから、敦神父の声がした。私の作った小さなリースを、取り上げると、にこやかに
「飛鳥ちゃん。この小さなリース、10個ほど下さい。クリスマスのバザーに出します。そうですね。50円くらいだと売れるでしょう。信者のみなさん。寄付のかわりに買ってくれそうです。小さなものですし、気軽に人にあげる事もできそうですし」
50円の値段がついた事に喜ぶべきか、寄付がわりサービス品なのにガッカリすべきか、少し複雑。
今日はもう帰ろう。私には営業や経理のほうが、しょうにあってる。店の裏口から出ようとした時、女の子にぶつかった。白いオーバーに黄色のマフラーの子は、小学生の高学年かな。
「すみません、ここに敦神父様いますか?教会の玄関で信者さんが倒れてます」
それは大変。とばかり私は女の子の手を引き走り、敦神父はあとからモタモタついてきた。
「すぐそばの教会なんです」
女の子は、慌ててる。この近くの家の子だろうか。
「というと三条教会ですね。」
三条教会は、うちの店より少し奥にあり歩いて5分くらい。車を出すのは時間がかかる。
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玄関を入るとすぐのところに、に初老の女性が倒れていた。駆け寄ると低い声で唸ってる。体が冷たい。どのくらいの間、この状態だったのだろう。彼女は掲示板の下に倒れていて、踏み台が横倒しになってる。何かを掲示板に張ろうとして、バランスを崩し落ちた。頭も打ってるかもしれない。
救急車をよび、来るまでの間、来ていたコートを彼女にかけた。うちに知らせてくれた女の子が心配そうに見てる。もう夜の9時。子供が一人で出歩く時間ではない。もしかして花の精霊かな?何かの気配を感じ振り向くと、しゃがんでる私と倒れてる女性を、上から心配そうな顔で見てる女性がいる。
”ちゃんと救急車くらい呼んで”と、言いかけたところで気がついた。体が透けてる。長いロープのような服で、足が見えない。精霊?幽霊?生霊?もうわからない。心配げで優しそうなその顔は、敦神父が来るとニッコリ微笑みかけ、スーっと消えていった。敦神父には見えてないようだったけど。
「住田さん。わ、大変だ。飛鳥ちゃん、救急車!」
脚が遅いというか、敦神父とろい。
「もうとっくに呼びました。そろそろ来る頃でしょう」
そして知らせにきた少女を見て
「由真ちゃん、知らせてくれてありがとう。住田さんの命の恩人だね。でも、もうおばあちゃんの店にもどりなさい。遅くなって心配してると思いますよ。」
救急車が到着すると、敦神父がのりこみ病院へ向かった。私は由真ちゃんを”おばあちゃんの店”とやらに、送っていくことにした。
「由真ね、教会に忘れ物をとりにきたの。そしたら住田のおばさんが倒れてて。」
「お手柄ね。神父さんが水瀬花屋にいること、知ってたんだ。」
「皆、知ってるよ。”こうねつひ”とかを”せつやく”するため、家族と一緒に住んでるとか」
由真ちゃんのおばあちゃんちは、近くの洋品店だった。住田さんの事を話すと、あわてた様子で、電話をかけまくってた。
由真ちゃんのおばあちゃまは、”住田さん一人暮らしだし、入院する事になるなら、いろいろと準備しないと。まずは病院へいってみる。由真ちゃん、お留守番しててね”と、急いで出て行った。
翌日、敦神父に聞くと、住田さんは踏み台で貧血を起こし、おちた時に少し頭を打ったとかで、念のために検査入院になったそうだ。由真ちゃんがいなかったら大変な事になってました。と、深刻な顔をしてる。
「教会に神父が常駐してるのがいいのですが、この地区の教会の財政は厳しくてね。少しでも節約になればと、弟のところでやっかいになってます。もちろん食費は払ってますよ。飛鳥ちゃん。まあ、住田さんの命に別状がないのがよかったですが、今度からは、私の目の届かないときには、教会を施錠すべきなんでしょうかね。あまり例はないのですが」
なにやらモゴモゴと話す敦神父は、ちょっと困り顔だ。
「ところで、私が三条教会に由真ちゃんと行くと、体の透けた女性が上に浮かんでました。こちらを心配そうに見てました。敦神父さんをみると笑いかけて消えたんですけど、視えてました?かすかに百合の香りがしたので、百合の精霊かなと、思ってたんですけど」
敦神父はその言葉で、細い目をマンマルにして、私を見つめた。そして、心底、羨ましそうに
「いえ、百合の精霊ではないですね。あの教会には昨日は百合はなかった。残念、私はわからなかったのですね。弟がいうように修行がたりないのかもしれません。フワと温かい空気と香りは、感じたんですけど,,,そうですか。」
心当たりがあるのなら、正体を教えてほしいという私に、”悔しいので教えてあげたくないですが、”いと尊うときお方”かもしれないです。確証があるわけじゃないですけど。”と、逃げられてしまった。
店長に話すと、クスっと笑いご機嫌で
”兄さんも、実はたいしたことないな”と言うだけ。
一応、淳一にも聞いてみたら、また呆れたように、”は?そのくらい自分で調べろ。教会関係の女性で、百合の香りがする”尊うとい方”ときたら、もうキマリだろう”だ。冷たいな。チクっと教えてくれてもいいのに。
確かに不勉強かもしれないけど、その言い方にカチンときて、私はぶすくれて仕事に戻った。
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