ピンクッション・レディ
「はぁ~」
作業台に頬づえをつき、目の前の「ピンクッション」とかいう花を見た。(この花はゴツいし、馴染みがなし、ひょっとして1輪も売れないかもしれない)ため息が出る。売れ残り決定なら、アレンジしてお店に置いておこうか。でも、この大振りの花、どうやってその美しさを魅せたらいいか...
ピンクッションは一昨日、店長が仕入れて来た花の一つ。ただ。この店で売る花にしては、奇抜なような気がするから。初めてみた時から、慌てて調べてみたけど、南アフリカ原産なのだそうだ。いわれてみれば、熱帯って雰囲気もってる。
<はぁ~>
と低い男の人の声が私のため息に続いた。しまった。お客さんを待たせてしまった。
慌てて立ち上がり、声のほうへ”いらっしゃいませ”とお辞儀をすると、そこには、女装した男性が座っていた、そして一言。<無能!>と私を罵倒した。
とにかく派手だった。赤い髪の毛をロック野郎のごとく、まっすぐ立ち上げ、着てる服はピラピラのワンピースというか、黄色の布を巻いただけのようなもの。やっとわかった。彼、彼女?は、花の精霊だ。
<あの、あなた、もしかしてケイトウか、そこのピンクッションの精霊?>
恐る恐る聞いてみた。この花の精霊だとしたら、初めて。
<ホント、あなた鈍いわね。私はあなたのため息の原因。ピンクッションよ。見てわからないなんて、馬鹿じゃない?>
彼は、不機嫌な顔で言い返してきた。ピンクッションの花は、なるほど、ピンクッションに針も赤い待ち針が刺さってるような花。それが髪型に反映されてるのかな。花の丈も60cmと大柄。だから男性形?
「わからなくてすみません。あの、ヘアスタイルがとてもいいです。で、何の御用ですか?」
<それがわからないから、わざわざ出て来たんじゃない。あなたバカね。店長が私に何か用があるようだったんだけど、どうもハッキリわからないのよ>
誰かいたら、痛い光景に見えるだろう。私が独り言にしか見えないのだから。
事情は店長に聞こう。
ところでこの花は、北の地方では栽培されてないはずだ。寒さと多湿に弱いから。輸入されたものか、それとも本州で専門の栽培家がいるのだろうか。
店長ではなく敦神父が店に帰って来た。ピンクッションを見て、考え込んでる私をみて、意外な事を言いだした。
「ああ、これ。私、見覚えがあります。ええと、そうそう。この花の絵を見ました。今、美術館で個展をやってまして、チケットをもらったので、この間行ったんですよ。飛鳥ちゃんも見てくるといいですよ。目の保養になります。感受性を養うのに一番で...」
あ、またウンチクが始まると思った処に、店長がやって来た。これは深く追求しなければ。
オカマ..いや、口の悪い花の精霊に、店に長居されては、こっちがうざい。さっさと仔細を聞きだして、彼には使命を自覚していただこう。
「飛鳥ちゃん、詳細は後で説明しますから。兄さん、少しの間、店番お願いします。淳一君と飛鳥ちゃんと一緒に、行きたい所があるので。時間はかかりませんので。」
そういうなり、ピンクッションをあるだけ(といっても3本)、花束にして包装した。
ちょうど淳一君が店に出て来て、ピンクッションの花精に少しだけ驚いたが、すぐ平静に戻った。「店長もやるじゃん。この花をアレンジするなら、どんな花が合うかな、やっぱ熱帯性の植物?これだけ見栄えがするなら、他は地味にしてみるとか」
<あら、見栄えがするだなんて、若い男の子のくせに、見る目あるのね>といいつつ、彼は淳一にすりよった。
「はいはい。俺がいい男ってのはわかったから。今度、この花を婆に買っていくか。はは、きっと活けるのに苦労するだろうな。」
淳一の祖母は、お花の師匠。保守的な華道で、最近の花にどう対応するのかが、見たいのだろう。私も見てみたい気がする。あわせるなら、この花を目立たせるように麦とか緑多めにして、太目の枝花で地味なのを合わせるか。
「店長、ところでどこへ行くんすか?花束にしては変だし、配達ですか?」
「これから3人で美術館です。ちょうどお客さんも途切れたので行きましょう。花のアレンジの腕を上げるには、絵を鑑賞して美的感覚を養うのも一つの方法です」
”あの私も、もう一度みたいです”という敦神父の小さな声での要望に、店長は当然スルー。
*** *** *** *** *** *** ***
個展は閑散としていた。まあ、平日の夕方ならこんなものなのかもしれない。店長に経緯をいろいろ聞いてみた。
個展の画家は伊藤晃子さんという若い女性で、この花に一目惚れし、絵にしたいと思ったそうで。でも切り花は大事にしても、10日間もてばいいほうだ。それで絵のラフができるまで、ウチ、水瀬花屋にピンクッションを買いに来たのだそうだ。絵の題材にするのなら写真にとって書けばいいのでは、と私は思ったけど。
伊藤晃子さんという画家は、花や木などの植物画題の中心に、水彩・油絵・アクリル画と種類もいろいろあった。実在の植物じゃなさそうなものから、恐竜時代を想像させる森の絵。枯れ木を丹念に描写してるもの、湖に森が写ってる絵、どれも素敵だった。
でも、一番心惹かれたのは、畳2枚分以上はある大きな絵で、ピンクッションが花の部分だけ描かれていたもの。斜め上からみた花の姿で、力強く、かつ優美でリンとした花姿だった。
<私って、こんなに美しかったのね。うれしい。それに気品もあるし>
花精の彼が、絵を見てホーっとしてる。
店長のほうへ、女性がかけよってきた。この人が画家の伊藤さんかな。
「水瀬店長、いらしてくれたんですね。うれしいです。あの時はいろいろお世話になりっぱなしで、ろくにお礼もできずすみません」
彼女は、頭を下げながらも弾んだ声だ。
「うちで買っていただいたピンクッションの花が、役に立ったようでなによりです。ちょうどこの花を仕入れましてね。よかったらどうぞ」
そして花束を彼女に渡す。そこで花精が、ハっとしたように気がついた。
<そうよ、私の役目は彼女を勇気づける事、彼女の成功を応援する事だわ>
と、男性の太い声で言うなり、伊藤さんのそばに駆け寄った。
「私、今度、東京の恩師のもとで、プロの画家を目指す事にしました。ここは故郷でなごりおしいですが、もう両親もいませんし。思い切ってみました。どういう生活になるか不安ですけど」
ちょっとだけ表情の曇った伊藤さんに、花精は、
<大丈夫よ、私がついてるから。なんたって、私の花言葉は、いつでも成功 だから。>
もちろん、伊藤さんには彼の声は聞こえないだろうけど。
伊藤さんは、花を愛しげに見つめると、フワっと笑った。
*** *** *** *** *** *** ***
「なんだな、花言葉が、”いつでも成功”なら、婆にやるのは逆効果だ」
淳一の悔しそうな顔は、やはりまだ高校生。
「坂崎先生には、逆効果って何それ」
「ばばぁのやつ、俺に、事もあろうに自分のあとを継げだとよ。生け花だけで生計をたてるなんて無理な事くらいわかってるはずなんだけどな。この世界、出世していくにはセンスも大事だけどお金もかかるんだよ。無理だろ?華道の家元になれば、金は稼げるけど、ああいうのは血族が継ぐのがほとんどだ。他人の入りこむ余地はねえ。社会に出て働きだしたら、生け花をしてる時間もねえだろうしな。」
淳一君は、高2、来年の4月からは受験生だ。そろそろ進路を考え始めてるのだろうか。
進路といえば、私もどうしようもない。午前中はいくら頑張っても起きる事できないし。夜は目が冴えるだけど。夜専門の仕事って水商売とか?ないない。現在はバイトしながらも親許に寄生してる形だ。親はいつもニコニコして、私に”正社員になれ”なんて言ってこないのも、自分でいうのもなんだけど、うちって過保護すぎかも。
店に帰ってみると、花束を包装をする作業机が、ごちゃごちゃになっていた。1時間ちょっとでこれだけ散らかす事ができる敦神父は、ある意味すごい。
「すみません。冷蔵室の花を指定されて花束を作る事になったのですが、どうも私不器用でして。努力はしたんですけどね。結局、お客さんに自分でやってもらいました。」
私と店長は口をあんぐり開け、淳一は笑いをこらえて震えてる。私は冷蔵室の花をチェック。
ああ!赤い薔薇が10本以上ない。かすみ草ごっそり。グリーンも。
「敦神父さん、花束の内訳、ちゃんと書き留めてますよね。」
絶望的だ。冷蔵室の薔薇は、いろいろ種類があって値段もまちまちだ。それを一つ一つ、チェックして書き留める。無理、絶対、敦神父には無理。
「いや~いろいろ花の種類があって、お客さんに自分で選んでもらいました。代金は頂きましたよ。大体、3000円くらいかなとお客さんがいうので、3240円税込みでもらいました。消費税って、面倒ですね。いっそサービスにしようと思ったけど、ちゃんと計算しましたよ」
得意顔の敦神父だけど、お客さんのとっていった薔薇は、1本450円なんですよ。それに今年の台風と気候不順のせいで、他の花も高くなってるんです。
「わかった。短時間とはいえ兄さんに店番をまかせた私が悪かった。飛鳥ちゃん、どれだけの損失になりそう?」
「そうですね、薔薇の分だけでも2000円はいくでしょうか...」
店長は頭を抱えてうなった。
「兄さん、最低でも3000円くらいは、どこかで稼いできて下さい。」
「私にだって本業があるんです。今年中は教会を5つ掛け持ちで、他に3つの教会を閉鎖しないといけないんです。それで派遣されたのですから」
「じゃあ、派遣元からでる給料から今日の分、没収だな。大体、稼ぎ時の日曜日にいないっていうのも、てんで使えねえ。」
淳一が、作業机を、サクサクかたづけながら、言い捨てた。
「私の本業は神父ですから。店番は得意ではないのです。でも、何か悩みがある時は、とことん相談にのります。そういうのは自信ありますから。」
そう言って来た敦神父を、私と店長、淳一の3人は、冷ややかに切り捨てた。
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