生命
「外に出るぞ!」
ピビットが来たという声に反応して、荒々しく玄関を開けた村長を追って、私も家を出る。
最初に目に入ったのは一軒の半壊した屋根だった。
「前回来たばかりだったからまだ来ないと思っていたが、ちょうどいい。ハンターが来てくれたばかりだからな。ちと頼りないが」
相変わらず私への評価があれだけど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
屋根が半壊した家の横には小柄な異形がたっていた。おそらくあいつがピビットだろう。
いかにも悪ガキって感じでなんかうざそうだ。
「あれがピビットだ。暴れられたら困るからまだ手を出すな。まず武器を早く取って来い!」
「わ、わかりました」
そうだそういう設定何だった。適当な宿にでも近づいて取りに行くふりでもしようか。あ、でもどっちにしろ標識見られちゃうな……どうしよ。
あーもうめんどくさい。標識自身はどっちかというと見られたくないらしいけど、別に絶対嫌というわけじゃなく、どちらかというと存在がばれるからというよりも単純に人の目につきたくないというだけのようだ。
私は心の中でごめんねと思って標識に伝えつつ、バッグから出てもらう。標識もそれに応じて武器としての大きさになる。
「おい! いつまでもここにいないで、さっさと武器を取りに……ってなんだの、武器……? どうなってるんだ? いつの間に持ってきたんだ」
ごもっともな反応です。
「まぁいい。あいつが悪戯することに満足して森に帰ろうとしたところを追うんだ。残念だが、村の中では止めることはできない」
了解と言って村長と一緒にピビットを見張る。
ピビットは何かちょっと動いてから、さっき半壊させた家とは別に、今度は店の方に掌を向けた。
そこから何かを飛ばして、店に置いてあった商品や棚をばら撒いた。棚や商品の中には切れたり、真っ二つに割れて散らばっている物もある。店主っぽい人が悔しそうにしている。
これが魔法か。確か受付嬢は風魔法と言っていた。見えないわけじゃないけど、見にくい。
飛ばした時は空中が歪んでいるだけだったが、店に当たってから斬撃のような物が幾度か繰り出されていた。真空刃的な。
少し残念だ。もっと派手なのを期待していたのに。
でも戦闘面でいえばやっかいだ。十分な準備が必要だというのもわかる。
鎧を着てるか、防御力があの風魔法の威力より上回ってない限り、当たれば痛いじゃすまなそうだ。
ピビットが突然魔法を止め、満足したのか口をニコッとさせて大股で森の方へ歩いていく。
その後ろ姿はとても隙だらけだ。誰にも攻撃されないと思っているのだろうか。ガキ大将みたいだ。
「追いかけます?」
「あぁ、ある程度離れたところからな。そうだな、俺もついていくか。あんただけじゃ不安だし、まだピビットについて教えてないからな」
マジっすか。それは頼もしい限りです。
ピビットとの距離が離れたところで、私は村長と一緒にピビットを追いかける。
私たちに気づいているのか気づいていないのかわからないが、ピビットはさっきと変わらない様子で歩いている。
尾行する間、村長にピビットについて教えてもらった。
ピビットは悪ガキの異名のとおり、意地悪や悪戯のような攻撃が好きで、砂や泥をかけてきたり、それで目眩しをしてきたり、唾を飛ばしてくるなど、陰湿な攻撃をしてくるようだ。
唾はちょっとヒリっとする程度で、致命傷にはなりえないらしい。それも防御力やそういう耐性が高い人なら何も感じないと言っていた。
しかし、やはり攻撃面で言えば風魔法が一番厄介らしい。それこそレベルがある程度高い人には余裕だが、ミセット村は商業中心で、戦える人が全然いないとのこと。
傭兵とかはいないのかな。
私も戦闘経験皆無なので村人と同じようなものどころか、この世界に慣れてないぶん、村人より雑魚かもしれない。
魔法にはを発現の早さにこそ差はあれど、人もモンスターも魔法を使う時は必ず予備動作がある。それも人や魔法それぞれなようだ。ピビットの場合、手のひらを前に向けた、かめはめ波でも撃ちそうなポーズ。
それならさすがに私でも気づけるはず。ピビットの魔法はまっすぐにしか飛んでこないようなので、その動作の後、掌から魔法が飛んでくるのが見えたらすかさず射線からでる。これでいけるよね?
村から結構離れたので、臨戦態勢に入る。相変わらない様子のピビットに奇襲を仕掛けるわけだ。スライムの時は標識の地面な刺さってる方を相手に向けるように持っていたけど、それだと持ちにくかったので、図がついてる方を相手に向けるように持ちかえた。槍から斧になったような感じだ。最初は戦いにくいと思うけど、慣れれば図の円盤部分を活かしてうまく戦えるようになると思う。
私は一呼吸してピビットに向かって走っていく。狙うのは右脇腹で、ピビットが右腕を前に出したタイミングで殴る。
間合いに入ったところで、ちょうどピビットは右腕を前に出した。村長のタイミング通りだ。
標識を平行に構え、私は力任せな一発を思い切り放った。
「でぇい!」
『ギャッ!』
ちょっとずれたが、鈍い音をたててピビットの右肋骨らへんに当たった。
「うぇ……」
その体からミシミシという音が聞こえてくる。ピビットは低い唸り声をあげる、と同時に私も変な声をあげてしまった。気持ち悪い……。
ピビットは左へ吹っ飛ぶ。ふと後ろを見ると、村長はガッツポーズをしていた。
あとはとどめを刺すだけだ。なのに私は自分の体を動かせなかった。とてつもない不快感が私の体を満たしていく。それはピビットの体を殴ったことによる影響だ。
「うっ……」
ようは生物を殴った感覚が不快なのだ。今まで私は本気で生物を、それも鈍器で殴ったことがなかった。しかも生命を奪おうとしているのだ。現代日本で平凡に過ごしていたらまず味わうことのない感覚。スライムの時は生物って感じがしなかったから特に感じなかったけど……。
まだピビットは死んでいないが、私がもう一発最初と同じような攻撃をすれば息絶えるだろう。
こんなところでそれを実感させられるなんて……。
脳が熱くなってきて、嗚咽しそうになる。罪悪感のようなものを感じる。
「———!」
村長がこっちに走ってきながら何か言っているが、耳に入ってこない。ピビットの方を見ると、体勢を立て直してこちらに掌をかざしているのが見える。その姿が少し歪んで見える。きっと魔法を放ったのだろう。
頭では避けよう思っているけど、それ以上に不快感が強くて避ける気になれなかった。まさかこんなシリアスな展開になるとは思っていなかったよ。
空中の歪みが大きくなってくる。きっと魔法がすぐ近くに迫っているのだろう。痛いのやだなぁ。
眼前が歪んだところで私の体は空中に放り出された。やっぱり標識が助けてくれたのだ。ありがとう、標識よ。
村長はキョトンとしているが、安堵しているようだ。
「はっ!」
そこで私はフッと我に返った。魔法が直撃したときのことを想像してゾッとする。顔面切り傷だらけになっていただろう。男だったら渋カッコよくなってたかもしれないが、かわいい女の子だから醜くしかならない。そんなことをしでかそうとしたピビットには制裁を下さねばならない。
「うっ!」
しかし不快感を思い出して嗚咽する。標識は気を利かせて、村長の元へ私を降ろしてくれる。
「大丈夫か!? 今のは避けたというよりはその武器に引っ張られたような動きだったが……」
村長が心配そうに話しかけてくる。視界の隅でピビットが再びこちらに魔法を撃とうとしているのが見える。
「また来る! 避けるぞ!」
村長が私の肩に手をまわして避ける準備を始める。
そして標識は私の右手と村長の腕をくっ付けて、私たちを引っ張って逃げるように飛んでいく。
「うぉ! な、なんだこれ!? 腕がくっついて……!」
村長が驚いている。もっともな反応です。
しかしモンスターを殺すことを躊躇うとは思わなかった。それも当然だ。命を奪うのに抵抗がないわけがない。
こうして私たちは一旦この場を退く事になった。