男の娘と学ぶ!たのしい解剖生理学~おっぱいはどうすればおおきくなるの?~
少しでも解剖生理学に興味を持っていただければ……と思い、ざっくりとした話としてまとめました。
「ふぅー……」
がらんとした露天風呂に足を踏み入れたのは、全身を筋肉の鎧で固めた男だった。専門学生の彼は筋トレとツーリングが趣味の男で、平日の今日、長期休暇を利用してとある山奥の温泉までツーリングしにきたのだ。
「……絶景の露天風呂を独り占め、か」
なんと贅沢なことだろう。
今ここに自分以外は存在しないという開放感は何物にも代えがたい――!
しかし彼は常識人だ。
ここで奇声を上げながら湯船に飛び込むなどという非常識なことをするわけがない。まずは体を洗い、身を綺麗に清めてからだ……彼は手近な洗い場の前に立ち、
――ふと、この開放感を表現できないものかと鏡に映る自身を見た。
「 クレマスタァー、リフレェーックス!」
やった。
やってやった。
やり遂げた男の胸中に、超自我から脱却したかのごとき解放感と得も言われぬ達成感が渦巻いて――
「何やってるんですか、先輩」
――後輩に、見られた。
「…………何故ここにいるのかね、渚くん」
「ええ、久しぶりですね。先輩」
彼は、後輩の渚。
文化祭で開いた女装喫茶をきっかけに男の娘への道を歩み始め、今ではすっぴん全裸でも可愛らしい女の子のように見えなくもない立派な男の娘となってしまった後輩で、なんかいろいろと狙ってくるので交流を断っていた相手でもある。
高校を卒業してからは、お互いに違う道を歩み始めたので完全に油断していた。
「……どうしてここにいるのかね?」
「ボクもツーリングしに来たんだ。ここは地元から近くて、そしてカーブが連続していて楽しいのは先輩も知っての通りだろう? ボクも最近、ハマってしまってね……ツーリングにさ……?」
「…………何が望みかね、渚くん」
「ん? 今、何でもするって言った?」
「言ってない」
「仕方ないな先輩は……じゃぁ先輩お得意の、おもしろ雑学でひとつ手をうとう」
「おっぱいについて、語ろう」
「つまりボクの胸を大きくしてお楽しむというわけだね」
「違う、そうじゃない」
おっぱいについて語ることにより彼が巨乳好きのおっぱい星人であるということを知らしめ、そして目の前の男の娘に「貴様など眼中にないのである!」と遠まわしに伝えるための策略であった。
「おっぱい。つまり乳房は一割の乳腺と九割の脂肪細胞から構成される」
「もうちょっとゲスな話かと思ったんだけど意外に真面目な話なのかい?」
「女性の乳房が大きくなるのはこの乳腺を発達させるためである。多量の乳汁、いわゆる母乳を分泌するためには多量の乳腺が必須であり、それを実現するには胸を大きくし体積を増やすのが最も簡単であるからだな」
「なるほど。で、おっぱいを大きくするには?」
ナチュラルにそれを聞くかと、後輩の発言に思わずドン引く。
「……詳しくは後で話すが、卵胞ホルモンであるエストロゲン――いわゆる女性ホルモンの投与。あるいはシリコンだな」
「やっぱりホルモン注射か……」
渚は自身の胸を揉みながら、つぶやいた。
「ちなみに男にもエストロゲンは分泌されているぞ。微量ながら」
「――マジで?」
「ああ、副腎から分泌されている。あとテストステロン――男性ホルモンからも一部作られる、ステロイド系のホルモンだ。女性はさらに卵巣からも分泌されるから、女性のほうがエストロゲン濃度は高い」
「なるほど」
「ただし、肝臓で分解される。元々微量だから、女性らしい体にはなりづらい。だから、アルコールで肝機能が低下した中年は慢性的エストロゲン濃度の上昇で、乳腺肥大――女性化乳房を起こすことがある」
「な、なるほど……!」
肝機能低下か、と物騒なことを呟く。
――当たり前だが、実際に肝機能が低下したら諸症状でバストサイズと言っている場合ではない。
「……エストロゲン過剰になると生理痛がひどく、は関係ないな。子宮筋腫、も関係なくて……男に稀に発生するという乳がんの発生リスクが大きくなる。他にアレルギー反応が強くなったり、慢性疲労、頭痛、思考の乱れ、性欲減退などのリスクが発生するから本気で注射したいなら医師の指導のもと、な?」
「いや医者以外に女性ホルモン投与してくれるところなくない?」
「……なくもないからなぁ」
一部の避妊薬には女性ホルモンである卵胞ホルモンと黄体ホルモンが配合されている。日本では産婦人科あるいは調剤薬局でのみ購入できるため医師にかかる必要があるが、代行輸入といった方法で医師にかかることなく購入することも可能なのだ。
「――と、話がそれた」
咳ばらいをひとつ。
「で、大きくするには、だが」
「待ってました!」
「乳腺と脂肪の比率は常に『一:九』、つまり乳腺を発達させれば脂肪も必然的にそこに集まることになる。これを利用すれば、バストアップはたやすい」
「逆はないの?」
「ほぼない、と思われる」
「小さいころデブだと巨乳になるって」
「エストロゲンは脂肪を貯めこむ作用があるから、デブになりやすい人はそもそも巨乳になりやすいって可能性が高いと思う。エストロゲンの効果で乳腺さえ肥大化すれば、ある程度のサイズは保障されるはずだし」
「あ、そうなんだ……」
「女性ホルモンが脂肪の貯蓄をするのは、これは妊娠や出産に備えるためだな。逆に男性ホルモンは脂肪を燃焼させる効果がある」
「つ、つまり先輩の【ホモルンッ!】には脂肪燃焼の効果が……っ!」
「視線を下に向けるんじゃない!」
そしてお前も男だろう、と。
「……で、先輩。おっぱいを大きくするにはどうすればいいの?」
体が冷えてきたので白濁した湯船につかりながら、渚は先を促した。
「俗説だと、おっぱいを揉むといいという話だけど?」
「そもそもホルモンは血中に分泌されて全身を巡り、特定の場所に作用する。ここまではいいな?」
「うん」
「この血行を良くして、乳腺により多くのホルモンが行くようにするならばまぁ、あながち間違いじゃあないだろうとは思う」
「――へぇっ!」
「ただホルモンは他にもあるから、脂肪を燃焼させるホルモン――テストステロン、いわゆる男性ホルモンが豊富に行けばしぼむんじゃね?」
「へぇ……」
明らかに落胆する。
「その他バストアップに効果があるもの、といえば……世間一般では、大胸筋」
「大胸筋! ボクもサポーターつけてるよ!」
その情報は知りたくなかったと、男は顔をしかめた。
「大胸筋は胸骨と第一から六までの肋軟骨、鎖骨の内側二分の一から起こり、上腕骨大結節稜に停止している」
「……?」
「ようするに、胸の前で合掌するような動きをするために胸から上腕骨の間に着いているってこと」
「おお、バストアップ体操!」
「ちなみに腋窩――脇の下にあるくぼみの、この前の部分の一部が大胸筋」
彼は二の腕を持ち上げて、脇の下に手を突っ込んでその部分を掴んで見せた。
「ふぉ、ふぉぉおおおお……!」
そして興奮した渚の声にそっと距離を取り、そして体を隠すように湯船に深くつかる。
「……この大胸筋の上に乳房が乗るから、バストアップに効くと言われている」
「確かにっ! 先輩のその分厚い胸板……アンダーとの差、それなりにあるみたいだしね?」
こいつ無敵かと、白濁した湯船の中で、両手で大切な貞操をかばうように覆った。
「それで先輩。大胸筋トレーニングはよく言われることだけれど、他にも何かバストアップに効くものはないのかな?」
「広頚筋」
「こうけいきん?」
「下顎骨の下縁から、上胸部にわたる頚部の広い範囲の皮筋……皮膚に停止する筋肉で、鎖骨をまたいで胸部の皮膚にも停止している。首のしわに関わっていて、口をいーってする筋肉でもある。これを作用させることで、同時に胸部の皮膚が引き上げられる」
「つ、つまり?」
「ツンと上向きになる系のバストアップ」
「な、なるほど!」
「よく、いーってなるお嬢様のアニメキャラはツンと生意気なおっぱいだということだな」
「先輩、それは余計な一言だ……」
「俺は女が好きだからな」
まぁ、それはそれとして――
「……そろそろ上がりたいんだが」
「もう少し堪能させてくれてもいいんじゃないかい?」
いつ背後を狙われるかもしれないこの状況を、いかにして脱出するか。
彼の頭は、それだけでいっぱいだった。
○反射
代表例は脚気かどうかを見るために膝の皿を叩くと足がぴょんと跳ね上がるヤツ。(膝蓋腱反射)
基本的に腱にある筋紡錘というものが筋の伸長を感知することで、断裂を防ぐために筋が収縮する。つまり筋肉ではなく腱を叩けばどの筋でも反射波起こる。著者は上腕二頭筋の反射をしてもらった時に感動した。
なくても困るが過剰に発生しても問題。
○睾丸挙筋反射(Cremaster Refle)、精巣挙筋反射(Cremasteric Refle)
太ももの内側の皮膚をこすると、同じ側の精巣挙筋が収縮し睾丸が挙上する反射。ひとりでやると、かの有名なギャグ「コマネチ」に非常に酷似する動きとなる。詳しくは検索していただきたい。
なおこの反射を知らない小児科の研修医が、教授に「やってみろ」と打腱器(ゴム製のハンマーみたいなの)を渡され、小児の睾丸を打ち据えると言う事件があった……と、著者の知る先生は言っていた。
○次回作
感想があったら前向きに考える方向で検討します。