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翌日も雨が降り続いていた。
洗濯を頼んだドレスもなかなか乾かないだろう。
この街……国境の街メディウスには一週間ほど滞在する予定だ。
メディウスでは明日から秋の収穫祭が行われる。収穫祭にはアルトリアとルメリカの両国から商人達が集まり、大きなバザールを開くのである。
割と急ぎ足でここまで来たが、特に用事がある訳ではない。
どうせならお祭りを楽しんでから移動しようということになったのだ。
朝食をとるためにレストランのある一階に降りていくと、御者が宿の使用人と話をしていた。
「それなら、俺でも店を出せるのかい?」
「ええ。バザールは申請すれば誰でもお店を開けるのよ。売りたいものがあるなら申請してみたらいいわ」
「売りたいものねえ……」
使用人の言葉に、御者はうーんと考え込んだ。
「お店を開くの?」
「お、お嬢様、おはようございます」
私に気付いた御者と使用人は慌てて居住まいを正して挨拶をしてきた。
「おはよう。それで、お店を開くの?」
「いやあ、それも楽しそうだと思ったのですがね。店は開きたいけど、売りたいものが思いつかないんでさあ」
「あはは!売るものがないのにお店を開きたいなんて!お店やさんごっこみたいね」
「言われてみるとその通りですね。はは!」
御者は顔を赤くして頭をかいた。
使用人もくすくす笑っている。
「そうだわ!私が刺繍したハンカチーフを売ってくれないかしら?沢山作りすぎてしまったの。もちろんお給料は出すわ」
「本当ですかい!」
「ただし!ハンカチーフが売れなければ、お給料はなしよ」
喜ぶ御者に釘を刺した。
しかし御者はわははと笑った。
「お嬢様のハンカチーフが売れない訳ないじゃないですか!」
御者は急いで申請を出しに行った。
なんだかんだでひと月近く刺し続けてきたハンカチーフは随分たまっている。
どうせ今日も雨で外には出ないだろうから、更に在庫を増やしておこう。
一生懸命刺したハンカチーフが売れるところを想像して、初めての経験への期待に胸が高鳴った。