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ルメリカまでの道のりは順調だった。

いくつかの街を経て、もう国境は目の前だ。

明日には問題なく国境の街に到着するだろう。


馬車の旅は退屈で、移動中はつい寝てしまうことが多かった。

そのせいで最近夜はいつも目が冴えている。


手慰みに始めた刺繍はすっかり上達して、かなり凝った模様のハンカチーフが何枚も出来上がっていた。


「ふう……」


棍を詰めすぎたせいか目がだるい感じがしたので目頭を押さえていると、お母様が肩にショールをかけてくれた。


「レミーエったらまたそんなに夢中になって。あら、これは……素晴らしい刺繍ね」


お母様が懐かしそうに目を細めた。

今刺しているのは、もう帰ることの出来ない公爵家の庭に咲いていた花々をモチーフにしている。


我が家以外ではあまり見かけない花だったので、思い出に残しておきたかったのだ。


ふと、チーフの隅に紋章もいれておこうと思い立った。

これを、私達家族がいたという証にしよう。


私はことさら丁寧に刺繍を刺した。

お母様はなにも言わず、私の隣に座っていてくれた。



翌日は曇り空だった。

遠くの空が暗いので、雨が降るのかもしれない。

雨が降ると道が悪くなることもる。

なるべく早く次の街に着くために、馬車を急がせた。


いくらか進んだ頃、窓に雨が当たり始めた。

やがて雨足が強くなり、ついには叩きつけるような雨に変わった。


ぼんやり雨を窓から見ていると、馬車が急に停まった。


なにか問題でもあったかと外を伺っていると、困った顔をした御者が窓の近くにやってきた。



「どうしたの?まだ今夜泊まる予定の街ではないでしょう」


私の隣に座っているお母様が御者に不審げに問うた。


「はい、すみません。ですが、前方に馬車が停まっていて動けないようで……」


「馬車が?事故かしら。怪我人はいるの?」


「レミーエ!」


私は思わず窓から顔を覗かせた。


停まっているという馬車は片方の車輪がぬかるみにはまって動かせないようだ。

なんとか馬車を持ち上げようとしている人影が見えた。


「このままでは進めませんし、手伝っても宜しいでしょうか」


御者はお母様に手伝いの許可を求めに来たようだった。


「ええ。構わないわ」


お母様の許可を得て御者は前方の傾いた馬車の方に走っていった。

私は窓からその様子を見ていたが、御者が加わってもなかなか動かなそうだった。


ぬかるみから抜けられそうで抜けられない様子を見ているうちに、私は次第にもどかしくてイライラし始めた。


「お母様、外套を汚します。申し訳ありません」


もたつく様子にイラつきが限界に達した私は、分厚い皮の外套を掴むと馬車から飛び降りた。


「レミーエ!」


お母様の声が背中に聞こえたが、私は構わず傾いた馬車へと向かった。

あっという間に雨でドレスがずぶ濡れになったが気にしない。


「ちょっとどいて下さる」


馬車には御者と一人の男性が取り付いて、ぬかるみから車輪を出そうと押していた。

しかし雨で重たくなった泥が車輪にまとわりついて出てこない。


私は男達を押しのけると、車輪を軽く拭いた。


「お嬢ちゃん、危ないからどいてな」


「そうですよ、お嬢様!私がやりますので!」


二人がかりで止めてくる。

やりますって、いつまで経っても出来やしないじゃないの!

私は更にイライラして二人を怒鳴りつけた。


「うるさいわね!黙ってみていなさい!」


私の高笑いで鍛えた大声にたじろぐ男達を放っておいて、私は馬車の車輪の前にグイグイと外套を差し込んだ。


「さあ!押すわよ!一緒に馬も動かしてちょうだい!せーの!」


車輪は外套の上に乗り、今度こそぬかるみから抜け出した。


「やった!頭いいな、お嬢ちゃん!ありがとうな!」


男が私の頭をぽんぽんと撫でた。

淑女の頭に触れるなんて、なんて無礼な!

私は男の手を払いのけてギッと睨みつけた。


「触らないでちょうだい!……あら、あなた、ひどい顔ね。こんなに泥をつけて」


男の顔が泥まみれなので、ポケットに入っていたハンカチーフで拭ってやった。

私の手もハンカチーフも泥まみれなため、汚れは広がるばかりだった。


「あら、ちっとも綺麗にならないわね。むしろ汚くなったみたい」


黙って顔を拭かれていた男は、ぶはっと吹き出した。


「お、お嬢ちゃん、もういいよ。ありがとうな!俺はエリオットっていうんだ。お嬢ちゃんの名前をきかせてくれないか?」


エリオットは意外なほど白い歯を見せてにかりと笑った。


「私は、ドラ……」


いつも通りに名前を名乗ろうとして、ハッと我に返り、唇を噛み締めた。


「……ただの、町娘よ。大層な名前なんてないわ」


私は素早く身を翻して自分の馬車に走った。


「おい、お嬢ちゃん……!」


エリオットの声がしたが、私は振り返ることなく馬車の扉を閉めた。


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