20
外は雨だ。
祭りが終わり、落ち着きを取り戻したメディウスに冷たい雨が降り続く。
どんよりと厚い雲に覆われた空は、私の気持ちと同調しているように晴れる兆しすら見えない。
「もう、秋も終わり……冬がくるのね」
「レミーエ様、お寒くはないですか?」
窓辺で外を見続ける私の肩に、アンジェがケープを掛けてくれた。
窓からくる冷気で冷えていた肩が覆われ、思っていたより室内が寒かったことに気付いた。
「ありがとう、アンジェ」
彼女の優しさに心がほんわりと暖かくなり、私は微笑んだ。
あれから、アンジェはこの銀狐の尻尾亭で働いている。
これは彼女が宿の主人に頭を下げてお願いしたことだ。アンジェひとりが働いたところで花瓶の弁償が出来るとは到底思えず、私の宝石を売って弁償するといったら彼女に断られたのだ。
「これは、私自身がやらなければいけないのです。誰かを当てにする人生はもうやめなきゃ。これは、そのための一歩なのです」
彼女は、憑き物が落ちたような清々しい顔でそう言った。
そして宿の主人は……なんとあの老婦人だったのだが、アンジェの謝罪と申し出を快く受け入れてくれた。
そして今、銀狐の尻尾亭に宿を変えた私達の部屋係をしてくれている。
この街で出会った時と比べて、アンジェは大分落ち着いたみたいだ。
痩せているのは変わらないが、顔色が良くなっている。
何よりも表情が明るくなり、瞳が輝いていることが嬉しかった。
「なんです?私、どこかおかしいところでもありますか?」
見つめ過ぎたのか、アンジェが居心地悪そうに自分の身だしなみを確認する。
私はふふっと笑って謝った。
「いいえ、おかしなところなどないわ。……アンジェが楽しそうなのが嬉しいの」
アンジェはキョトンとした後、ふわっと笑った。春の青空のような笑顔だった。
「私、この世界に生まれてから初めて、生きてるって感じています。まるで……夢から覚めたみたいな気がして」
アンジェの瞳から、唐突にひと筋の涙が流れ落ちた。
私は目を見張り、彼女の手を握った。
「……アンジェ?どうしたの?なにか悪いことを言ったかしら」
アンジェは縋り付くように私の手を握り、絨毯に跪いた。
「いいえ、いいえ。私、私……おかしな事を言っても、いいでしょうか」
「え?ええ。私でいいならいくらでも聞くわ」
アンジェの話は、なかなか理解するのが難しかった。
曰く、彼女には前世の記憶があり、この世界の事、人物、そういうものを知っていた。そのせいで彼女はずっと架空の世界で生きているような錯覚に陥っていたのだという。
突然始まった荒唐無稽な話に、私は思わず熱でもあるのかとアンジェの額の熱さを確かめてしまった。
しかし彼女の瞳は真剣で、嘘を吐いているようには思えないのだ。
「最初は楽しかったし、嬉しかったんです。ふわふわと夢の中にいるみたいで。でも色んなことがあって、現実なんだって気づいて……」
彼女の目から止め処なく涙が零れ落ちる。私に出来ることは彼女を抱き締める事だけで……震える細い肩を感じて、私もどうしようもなく切なくなった。
「私、独りぼっちなんだわ。お母さん、おと……さん……家に、帰りたいよ」
アンジェは私に縋り付き、子供の様に泣いていた。
彼女のいう『家』とは、前世の家なのだろうか。もう二度と戻れない、前世の。
「可哀想、可哀想に。大丈夫。大丈夫よ……」
どうしてあげる事も出来なかった。
日が傾いて薄暗くなった室内で、私はただアンジェの背中を撫で続けていた。




