15
「さあ、どこから周ろうか!」
宿から一歩、表に出た途端、エリオットは先ほどまでの神妙な表情を消して快活に笑った。
私の手を握って、露店や出店に引っ張っていく。
「飴細工はどうだ?レミーエの好みのやつを教えてくれよ」
「さ、さすがにもう飴細工はいらないわ!……あの、赤い薔薇の飴細工で充分よ。とても気に入ったわ」
私は慌てて首を横に振った。
これ以上飴細工を貰ったら足の踏み場も無くなってしまう。今でさえどうやって食べたらいいか悩んでいるのに。
私の言葉を受けたエリオットは、嬉しそうにニコニコとしている。
「そうか!気に入ったか!レミーエには薔薇が似合うと思ったんだ。気に入ったのならあれを沢山贈ろう!」
エリオットは笑いながらとんでもないことを言った。
「だ、駄目よ!これ以上貰えないわ!あれだけで充分よ」
「そうか?沢山ある方が嬉しいだろうに……レミーエは少食なんだな」
そういう問題ではない。
それに私は決して少食ではない。
美味しいものはいくらだって食べたいが、飴ばかりあんなに食べたらあっという間に雪だるまだ。
「そんなことないわよ。甘いものばかりじゃなくて、他のものも食べたいわ」
「そうだな!甘いものの次はしょっぱいのがいいよな!ほら、あそこの屋台なんてどうだ?あれは美味いんだよな!」
エリオットが指差す先には、白いパンに焼いた肉を挟んだものを売っている屋台があった。
支度に手間取り朝食を食べ損ねた私のお腹がグゥと鳴る。
男性の前でお腹の音を鳴らすなんて……!
こんな失態を犯したのは初めてだ。
あまりの事に私の顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
ああ、なんて事……!
呆れられているに違いないわ。
いいえ、もう嫌われてしまったかもしれない。
私は恐る恐る、自分より頭ひとつ高い位置にあるエリオットの顔を見上げた。
しかしエリオットはキョトンとした後、楽しそうに笑った。
「ははっ!腹減ってるんだな!俺もだ。よし、あれを食べよう!」
彼は戸惑う私の手を引いて屋台に行き着くと、パンを二つ買って私に手渡した。
「ほら!熱いから気をつけろよ!」
「あ、ありがとう……」
パンは美味しかった。
ふかふかでもっちりした白パンは、ほんのり塩味が効いていてそれだけても充分に美味しい。
挟まれている肉は甘辛く味が付いていて、噛むごとに口の中にジュワッと香りが広がる。
一緒に挟まれている野菜のシャキシャキした歯応えも気持ちよく、肉の油をうまく中和している。
「美味しい!こんなに美味しいのは初めてよ!」
「そうだろ!俺も気に入ってるんだ。それに、空腹は最高のスパイスだからな」
気付けば夢中で食べ尽くしていた。
空腹だったためか食べ終わってから気付いたが、こんな風に外で立ったまま食事をするなんて初めてだ。
私としたことが、なんてはしたない!……と思ったけれど、目の前にあるエリオットの太陽の様な笑顔を見ていたら、そんなことはどうでもよくなってしまった。
「ふふ。私、外で食事するのがこんなに楽しいなんて知らなかった。ありがとう」
私ははにかみながらエリオットにお礼を言った。
エリオットは目を丸くし、意外な事に頬を赤くした。
「か、かわっ……」
「かわ?」
私はコテンと首を傾げた。
「な、なんでもない!口、ついてるぞ」
「え?」
エリオットは何故か更に赤くなった顔を背けると、乱暴にハンカチーフを私におしつけた。
「ありがとう……あら、このハンカチーフは……」
手渡されたハンカチーフは、私が刺した物だった。
「ん?ああ、広場の露店で昨日買ったんだ。この前レミーエが貸してくれたハンカチーフと似ていたし、素晴らしい刺繍だったから」
そこでエリオットがはた、と止まった。
「これ、もしかしてお前が刺繍したのか?」
「ええ。私が刺したものよ。買ってくれたなんて嬉しいわ」
商人であるエリオットが買ってくれるなんて、刺繍の腕を認められたみたいで嬉しかった。
私はにまにまと緩む頬を指先でおさえたが、一度緩んだ口許はなかなか戻ってくれない。
「実は昨日はこのハンカチーフの刺繍を見て、馬車の令嬢の手掛かりが掴めないかと思って銀のぶどう亭に行ったんだ。……結果は知っての通り、ドンピシャ。レミーエが馬車の令嬢だったなんてな」
エリオットの甘い微笑みに、私の顔はまたしても赤く染まる。
「しかしこんなに素晴らしい刺繍が出来るなんて……レミーエは器用なんだな」
エリオットは再びハンカチーフに目を落とすと、まじまじと刺繍を見つめた。
あんまり熱心に刺繍を見つめるものだから、私はなんだか居心地が悪くなってしまう。
「……そんなに見られると恥ずかしいわ。そろそろ行きましょう」
私はエリオットの腕を掴むと、やや強引に歩き出した。




