13
昨夜はよく眠れなかった。
あの窓辺での邂逅の後、エリオットは『また来る』と言って去っていった。
私はその背をしばらくぼうっと見つめていたが、初秋の肌寒さにぶるりと体が震えたことで我に返ってベッドに潜り込んだ。
冷えていた体はだんだんと体温を取り戻していったものの、早鐘を打つように鳴り響く心臓はなかなか静まらず、やっと眠りにつけたのは東の空が白みかけてきた頃だった。
いい加減起きないといけない時間なのに、頭に霞がかかったようにぼんやりとする。
脳裏に浮かぶのは、赤銅色の髪。
「エリオット……」
唇に言葉をのせてみると急に恥ずかしさが襲ってきた。
私ったら、私ったら!
恥ずかしさのあまりベッドの上でじたばたしてしまう。
この、胸が熱くなるようなモヤモヤするような、くすぐったい感覚はなんなのかしら。
ほとんど知りもしない相手なのに。
たった4回会っただけの……
「そうよ、四回目なんだわ」
「まあ。もう四度もお会いしたの?」
「そうなの。約束もしていないのに」
「まあっ!運命ね!」
……え。
ぎぎぎと顔を向けると、両手の指を組み合わせて顎のあたりに添えた満面の笑みのお母様がいらした。
「お、おかっお母様!き、聞いていらしたの?!」
私は慌ててベッドの上で居住まいを正した。
お母様は慌てる私に構うことなく距離をずいっとつめ、鼻と鼻がぶつかりそうなほど顔を寄せてきた。
「ええ。そのエリオットさんから、あなたにお届けものが届いているわよ」
「えっ!」
私ははしたなくもベッドを飛び降りて、寝室のドアを開け放つと続きの応接間に駆け込んだ。
「まあっ……!」
応接間には、秋には珍しい色とりどりの光る花……と見まごう繊細な飴細工の花が咲き乱れていた。
テーブルの上に置ききれず、ソファや床にも飴細工の花が咲いていた。
黄金や青に緑に薄桃……ひとつとして同じ色のない飴細工は、窓から射す朝陽に煌めいて幻想的な花畑を作っている。花畑には同じく飴細工で作られた小鳥や蝶が舞い踊り、部屋に満ちた甘い匂いにむせ返りそうになる。
その中央に、ひときわ目立つ大きく赤い薔薇の花細工があった。
その薔薇に、カードがひとつリボンで括られていた。
『お転婆なお姫様へ
俺に君と過ごす時間を与えてくれ。嫌だと言っても後で攫いにいく。
エリオット』
カードを持つ手が震えたのは、恥ずかしさからか、喜びからか。
私は瞬く間に顔が真っ赤になるのを感じた。
「熱烈ね……」
私の横からカードを覗き込んだお母様が、ほう……と溜め息をついた。
どうしよう。
胸の高鳴りが止まらない。
私はカードをぎゅっと自分の胸に押し付けた。
王太子殿下に対する時とは明らかに違う感覚が私を支配していた。
あの時は胸が締め付けられるばかりたった。
殿下とコゼットが共にあるのを見た時、見つめ合っている時、私の心臓は醜い嫉妬でキリキリと締め上げられ苦しいばかりで。
こんな胸の高鳴りは知らない。
こんな喜びは感じたことがない。
「レミーエが一番可愛らしく見える服を選びましょう!さ、早くしないとお迎えが来てしまうかもしれなくてよ」
お母様に手を引かれ、私は再び寝室に舞い戻った。




