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お祭りが楽しみで昨夜はなかなか寝られなかった。

カーテン越しの朝の光が目に眩しく、寝不足のぼんやりした頭に染みるようだ。


顔を洗って髪を軽く整えるとクローゼットに向かう。

今日は簡素なワンピースで出掛けるつもりだ。

やたらと豪華な私の縦巻きロールには似合わないので、きっちりと編み込んでアップにした。


私が支度を終えると、お母様も丁度寝室から出ていらした。

今日はお母様も地味な色合いの外出着を着ている。

貴族のお忍び感がダダ漏れではあるが、長年染み付いた所作からお母様の意思とは関係なく貴族感が出てしまうので仕方ないだろう。


「出店の申請は出来たのかしら。ハンカチーフを渡さないとね」


「そうですわね。沢山売れるかしら。楽しみです!」


軽い足取りで階下に降りていくと、御者がロビーで待っていた。


「おはようございます、奥様、お嬢様」


「おはよう、モーリッツ。申請は通った?」


お母様の問いに、御者は満面の笑みで頷いた。


「ええ。問題なく通りましたとも。場所は広場の隅っこなんですがね」


御者にハンカチーフを渡し、朝食を食べてから街の散策に出かけた。

危ない場所には立ち入らないつもりだが、もちろん護衛も一緒だ。



宿から一歩出ると、街の様子は昨日とは一変していた。

立ち並ぶ建物の窓には様々な花や旗などの飾りがつけられ、街灯にも色鮮やかな旗がひらめいている。


宿は比較的太い通りに面しているのだが、通りの向こうが見えないほど行き交う人でいっぱいだった。

人々は華やかな服に身を包み、楽しげに露店を覗いたり屋台の食べ物を食べたりしている。


王都でも建国祭などの祭りはあったが、貴族としての夜会にしか出たことのない私は、ドキドキと胸が高鳴り興奮気味にお母様の手を引っ張った。


「お母様、お母様!あちらのお店はなにかしら?アクセサリーが沢山売っているわ!あっ!あの食べ物美味しそう!食べてみたいわ!」


「レミーエったら、子供みたいにはしゃいで。お祭りは逃げないわよ」


「でも!売り切れてしまうかもしれないわ!」


苦笑するお母様を引っ張ってあちらこちらの露店をめぐる。


「あら、あれはなにかしら?とっても綺麗ね」


すれ違ったカップルが手に持っているのは、棒の先に白い鳥のような形をしたものがついている。

カップルはそれをペロペロと舐めながら仲睦まじく歩いていった。


「あれは……飴かしら。そこのお店で売っているわね」


お母様の示す先を見ると、可愛らしい屋台には様々なかたちの飴細工が売られていた。


先ほどのカップルが持っていた白い翼を広げた鳥や、カラフルで繊細な花や蝶の形をしたものもある。


「なんて可愛いの!」


飴細工はキラキラと光を反射して艶やかに輝いている。

私は蝶の形、お母様は花の形の飴細工を買い、包んでもらった。

可愛らしすぎて食べるのが勿体無い。


見るもの全てが珍しく、キョロキョロしながら歩いているといつの間にか広場のほうまで出てきていた。

宿からの大通りを抜けたところにある広場には、通りとは比べものにならないほど沢山の出店が出ている。


「お母様!あちらは……!」


興奮した私が小走りに露店の方に近づいた時、ドンとひとにぶつかり、尻餅をついてしまった。


「キャッ!ご、ごめんあそばせ」


私がぶつかったのに、相手はビクともせずに立っていた。


「こちらこそすまない。ケガはないかい?」


男性が手を差し伸べてくれたので、その手を借りて立ち上がった。


「あっ……エリオット……」


なんと男性はエリオットだった。

こんなに人がいるのに彼とぶつかるとは。

彼と偶然会うのはこれで三回めだ。


私が名前を呼ぶと、エリオットは驚いたように目を見開いた。


「俺の名前を知ってるのか?初めましてだと思うけどな……お嬢ちゃん」



エリオットの言葉にハッとした。

私は彼の名前を知っているけれど、彼は私の名前を知らないんだ。

なんとなくムカムカしてしてしまう。


「一昨日の晩、あなたが私の泊まっている宿のレストランに来たのよ。大通り沿いの……」


「『銀のぶどう亭』か!なるほどな。ところで、ケガは?」


エリオットの言葉に、私は自分の身を確認した。


「ケガは……ないわ。……あっ」


見ると、せっかく買った飴細工が割れてしまっていた。

蝶の薄い繊細な翅も、花の花弁もパッキリだ。

私はガッカリしてしょんぼりと肩を落とした。なんだか浮かれていた気持ちまでしぼんでしまったような気分だ。


「壊れちまったか……ゴメンな。買い直してやるから許してくれよ」


私があんまり落ち込んでいるからか、エリオットがおろおろとしている。


「いえ、いいのです。子供みたいにはしゃいで前をちゃんと見ていなかった私が悪いのですから」


「まあ、そう言うなって!ほら、行こうぜ!」


エリオットが強引に私の肩を抱いて、飴細工の屋台の方に押していこうとする。


「ちょっ!本当にいいのです!やめっ……」


「いいから、いいから」


男性とこんなに密着したことなどない。

恋慕を寄せていたレオンハルト殿下にだって、ダンスの時以外手を触れたこともないのに。

そう思った途端、肩に置かれたエリオットの手の熱さに顔が赤くなっていくのがわかる。


私の手よりずっと大きな手が、頬に触れそうなほど近くにある。

反対側にはエリオットの身体が密着し、背の高い彼の腕の下に私の肩が入り込んで、包み込まれるような錯覚におちいった。


エリオットの身体からふわりと男性用の香水のような香りを感じたのが限界だった。

顔の赤みが最高潮に達し、頭の中までのぼせそうになって、私の頭がパンクした。


「さ、さ、さ、さ、触らないでちょうだいっ!!」


私は恥ずかしさのあまり、エリオットをドンッと突き飛ばした。

不意打ちの衝撃に尻餅をついたエリオットが目を丸くしている。


「ほ、ほ、ほ、本当にいらないのですうっ!」


私は後ろも見ずに駆け出し、丁度追い付いてきたお母様を広場の入り口付近に見つけると、お母様の手を引っ掴んで宿に駆け戻った。


「え?え?え?レミーエ?顔が赤いわよ。どうしたの?」


私は宿の自分の部屋に走り込むと、バタンと扉を閉めてベッドの中で丸くなった。

まだ心臓が跳ねまわっている。


これは走ったせいだわ。

決してあの軟派な男にドキドキなんてしていない!


「レミーエ?レミーエ?具合でも悪いの?」


心配したお母様が、布団からでた私の頭をそっと撫でてくれる。

私はその感触にほっとして、鼓動が落ち着いてくるのを感じた。


ひょこりと布団から顔を出す。


「お母様、ごめんなさい」


せっかくのお祭りなのに、お母様まで連れて帰って来てしまったことに罪悪感を覚え、私は眉を下げて謝った。

お母様は優しく微笑むと、私の頬を両手で包み込んだ。


「いいのよ。しっかりしすぎて忘れていたけれど、あなたもまだ十六歳ですものね。色々あるわ。なにかしら……例えば、恋とか?」


お母様が悪戯っぽくチラリと笑う。

その言葉に再び顔に熱が集まってくるのを感じた。


「そ、そんなんじゃないわ!あんな野蛮で軟派な男に……!」



「あら、図星なのね」


お母様はカマをかけただけだったらしい。

言わなくてもいいことを言ってしまった私はさらに混乱した。


「そんなんじゃ!そんなんじゃ!」


「野蛮で軟派……あまりいい評価じゃないわね」


「う……」


軟派はまだしも、野蛮は言い過ぎかもしれない。


「レミーエ。恋って不思議なものでね。自分ではどうしようも出来ないの。お母様は恋を成就出来なかったから、レミーエには幸せな恋をしてほしいわ」


「お母様……」


両親は政略結婚だった。

私は夫婦仲が冷え切っているところしか見ていない。

母の成就しなかった恋は誰に対するものなのだろうか……



「レミーエ。チャンスを逃してはダメ。一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は必然……四度目は、運命よ」



「三度目は、必然……」


私はキュッとシーツの端を握り締めた。


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