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「あら、随分頑張っているのね」
「お母様。そうなのです、実は……」
お母様にお店の事を話すと、刺繍を手伝ってくれる事になった。
お兄様に頂いた絵を下絵に使い、二人で喋るのも忘れて針を動かした。
「ふうー、これくらいにしておきましょう。目が痛くなってきたわ」
夢中になって縫い進めていたら、いつの間にか窓の外は真っ暗になっていた。
今まで作り上げたハンカチーフは公爵家の四季を再現できるように、庭園に咲いていた花をモチーフにしている。
今日は無くしてしまったハンカチーフと同じ花をモチーフにして完成させた。
売り物にするため紋章は入れなかったが、二度目ともなると前回より美しく刺繍できた。
お母様は私よりもずっと刺繍がお上手なので、私が一枚作る間に二枚も仕上げてしまった。
「そろそろ夕飯にしましょう。クタクタだわ」
遅い夕食を取りにレストランに向かった。
昼食も忘れて刺繍し続けていたため、お腹がぺこぺこだ。
今日の夕食は白身魚のムニエルと栗かぼちゃのスープ、ほくほくのじゃがバターだ。
じゃがバターを割るとふかしたての湯気がほわりとひろがり、キラキラしたバターがとろりと染み込んで艶やかに光っている。
いまが旬の栗かぼちゃのスープは、かぼちゃの自然な甘さが感じられる優しい味わいだった。
ムニエルも魚が新鮮で身がしまっていてとても美味しい。胡椒と塩の単純な味付けながら、それが逆に魚の旨味を引き出していた。
ムニエルには、コゼットが作っていたハーブのスパイスを加えたらさらに美味しくなるかも知れない。
今度、コゼットにスパイスを送ってもらおうかな、と考えながら食事を堪能した。
それにしてもここの宿の食事はかなり美味しい。
特に凝った料理という訳ではないので、素材が新鮮で美味しいのかもしれない。
もちろん、料理人の腕も良いのだろうが。
素材の味を引き出すのも料理人の腕次第だというのは当たり前だ。
「ここの料理は美味しいわね。公爵家にはかなわないけれど」
お母様もご満足されている様子だ。
公爵家にかなわないのは仕方ないことだろうし、お母様にとっては最上級の褒め言葉といえる。
「本当に。この宿に泊まれて良かったですわ」
二人でうふふと笑いあった。
思えばアルトニルを発ってからこんなに落ち着いた夕食は初めてだ。
誰に追われている訳でもないのに妙に気が焦り、逃げ出すように先を急いだ。
しかし、この旅を嫌な思い出にしたくはない。
明日からのお祭りでは沢山の出店が軒を連ねるというし、精一杯楽しもう。




