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第八章 シフトの国 前

ロデオの抹消された、本編一部の第二章下書き。

 トアロシティよりヴォルラスの実家まで、神官領域を避けた通路を歩くこと三日。三人は、小さな村に辿り着いた。


 季節の変わり目である空は、何時もよりも明るい。


 急ぎ旅では無いにせよ、三人の足取りは早かった。


 あの日以来、ラプラスは形を潜めている。旅は平和と言えば平和な旅であった。


 今、三人が通過している村は、地図には載っていない。大陸にはそんな村や街が幾つも存在する。その多くが、戦争や種による暴走で焼け落ちた後に復興を遂げた地域や神官や政府が秘密裏に本拠地としている場所であると言われている。


 地図ができた当初、すべてを載せ管理することが難しいと判断した地学者とその研究一派が、ある一定の広さを持たない街や村を省いて制作したのである。後に、政府に実権が移ってからは、通貨を払うか、統合をし定められた上限に当てはまった地域のみが地図に掲載されるのである。



 スピカが、珍しく地図を眺めて先頭を歩いていた。


 村は小さいので、今日には出てしまおうと言う計画なのである。


 朝方の風は三人の頭の上を通り過ぎ、爽やかな太陽光は、地面に降り注いでいた。


 ただ、順調な旅路に満足げなヴォルラスの後を歩いている彼は、つまらなそうに欠伸を噛み締めていた。


 なんとか、村を出て、分かれ道に差し掛かりスピカが足を止めて、後方の二人を呼ぶ。


「近いのは右ですが、少し危険ですね」


 アタッシュケースを引いてヴォルラスが近寄り地図に目線を落として道を確かめる。


 右は山道、左は迂回路である。勿論、左には地図に載って居ない街か村が存在することを、スピカもヴォルラスも知っていたが、左道の行き着く先は、神官領域でしかない。


 神官領域を避ける理由は、彼が居ることと神官達があからさまに政府を嫌う傾向にあるからだ。


「山道にしましょうか。スピカさん。体力の方は大丈夫ですか」


「いえ、心配いりません。これでも体力はある方なんです」


 山道の険しさを考慮してヴォルラスが心配げに問い掛ければ、スピカは笑顔で答えて右へと歩きだそうとした。


「って、隊長。こっちですよっ」


「なにを聞いていたんですか、隊長さんは」  


 スピカの後に続こうとしたヴォルラスも、彼が左側の道へなにも言わずに突き進んでいくことに気付いて声を上げ、彼を追いかけた。


 しかし、彼は二人の慌て振りにまったく関知せず道を進む。二人が彼の前に回り込んだときには、地図上の森に差し掛かっていた。


「戻りましょう。この森は気味悪いです」  


 スピカの懇願に彼は、だるそうに首を左右に振る。


「別にどっちでも同じだろ」


「同じじゃないです。隊長は、何時も狙われてるんですよ。自覚がないんですか」


「自覚もなにも、大丈夫だよ。お前等が居るときは奴ら動かないから」


 彼は、スピカに言って森へと足を踏み入れた。


「ちょっと、隊長っ」


 青ざめたスピカが助けを求めるようにヴォルラスをみたが歩み出した彼を止める術は無かった。

 針葉樹が乱雑に並ぶ道を進むと、看板が見えてきた。


 看板には、【ようこそ、いらっしゃいませ。シフトの国へ】とゴシック体で描いてある。


「シフトの国。地図にはありませんね」


 スピカが地図を覗き、ヴォルラスが目線を空に向けて瞬きを二回した。


「どうしたんですか」


「ああ、いえ。どこかで聞いたような名前だなと思いましてね」


 ヴォルラスは言葉を濁しながら答えて、尚も先に行く彼を追いかける。


「あ。待って下さい二人共」


 スピカは地図を丸めると小走りに二人を追う。


 シフトの国への入口は、直ぐに見えてきた。


 門前に見張りの兵士が二人おり、国は壁で囲まれ、王政制度時代の名残と雰囲気があった。


 IDの受付を済ませた三人は重い扉の向こうに足を踏み出した。


 外の陰気な森とは違い、国は明るく華やかな感じがすると彼は思った。


 観光地図をどこからか手に入れたスピカが、国の説明文を読み複雑な顔をする。


「取り立てて、めぼしい説明はありませんね」


 それを聞いたヴォルラスが、横から地図を覗いて顔をしかめる。


「本当ですね。私もなにかがひっかかってはいるのですが」


 彼はふい言った。


「歩いてればわかるな」


「そんなところです、それより早いところ先に進みましょう」


 スピカが観光地図を眺めて、名物らしき鐘の位置と日時計を探しながら気のない返事を返した。


 と、城門前に人が集まっている。元から集まっていた人間が手に武器を持ち整列し直したと言うのが正しい。物々しい雰囲気に包まれた一角に視線を移し、三人は目を併せた。



 鐘がおどおどしく鳴り響いて、住民達が動くと先程まで客だった女が、店屋の制服を着て店前に立ち、店員をしていたおやじが客として買い物を始めた。


 武器を手に持つ面々は、一致団結の儀式的な動きを全員でした後、門を破壊しようとし始める。


 スピカが落ち着きなさそうに、彼とヴォルラスの後ろに隠れた。


 空模様が変わるのと同じく、城下の風景は一転しそこは戦争の最中となった。

 取り残された三人は、ただただ佇み光景を見守るだけである。


「なんか、おかしくないか」


 彼の一言に、スピカもヴォルラスも同意した。


 喧嘩や上訴の類ではないことは、端から見ても一目瞭然である。止めようと試みたところでその勢いが収まることはないのだろう。


 しかし、それでも、光景は動く。


 まるで、段取りを踏んだように的確に兵士達と一般市民の雄叫びが上がる。


 そのとき、ひとりの兵士が剣を転んだ少女に突き付けた。


 周りは、そんな滑稽な催しを無視し自分達の役をこなしている。


 動いたスピカに、彼はあからさまに舌打ちをして、振り返る。


 兵士が振り落とそうとした剣と子供の間に立ち塞がるスピカが、鍵詞を唱えたのか、兵士の身体を気圧が押し潰した。

 それを間に子供がスピカから離れていく。起き上がった兵士がそれを追おうとしたスピカへと剣を振ろそうとした。


 それを、彼は腕組みした状態で見詰める。彼が動く前にヴォルラスが移動を始め、兵士の剣をレイラと呼ばれる細身の剣で、跳ね上げた。


 兵士は剣を捨て慌てふためくように、乱闘へと逃げていく。


「あの子はっ」


「無事だ。放っておけ」


 スピカが、子供の姿を探す。それを止めた彼だが、スピカは聞いていない。


「怪我をしていました。心配です」


「あっ。おい。副っ」


 駆け出したスピカを怒鳴りつけた彼は呆れたように首を振り、状況把握に務めるヴォルラスに言った。


「あれの回収任せたから」


「えっ、ええっ。隊長さんはどうなさるんですか」


「顔見知りを見つけたから、そいつを殴りに行く」


 スピカが走り去った方向とはまったく別方向に走り去る彼に、ヴォルラスは何か言いたげな顔をしたが、ここ数日の経験からなにを言っても無駄なのだと心中に言い聞かせ、言われた通りにスピカの後を追い掛けた。


 その間にも、抗争は激化し人間達が倒れて行く。


 ヴォルラスがスピカを追い掛ける間に、彼は門兵が居た場所に戻ってきて、口元を歪める。


 あの鐘の音と共に、門兵が変わっていたのである。


 彼は門兵の胸倉を無造作に掴み上げ、数分前まで勤務していた門兵の居場所を吐かせると、その門兵が着ていた服を剥ぎ取り、物陰で着替える。


 彼は門兵をロッカーに押し込むと、帽子を深く被り、槍の柄を握り締めて抗争の最中へ潜り込む。


(東陣地の雇われ種師、詐欺師に間違いない)


 彼は、門兵の言葉を信じて西陣地の兵士ひとりを捕縛し、東陣地の指揮官に詰め寄った。


「捕虜を確保しました」


「城内の地下牢へ連れて行け」


「了解しました」


 彼は端的に答え、捕虜として気絶させた兵士を城内へと連れ込む。


 城の床には血まみれの兵士が多々転がり、衛生兵が忙しく走り回っている。


 彼は、その生々しい光景を黙視て地下へと捕虜を連れ込み見張り役の兵士に突き出すと、適当な言い訳をして種師の居場所を聞いた。


「クラフト氏なら、陛下の部屋で護衛をしているはずです」


「そっか。わかった」


 彼なりに礼を述べて去ろうとすると、見張り役の兵士がそれを止めた。


「あんさん、見掛けない顔だが。新入りか」


「ああ。最近、着たばかりで初陣なんだ」


 彼は肩越しに振り向いて答えた。

 その態度は堂々としており、見張り役の兵士は関心したように頷いて言った。


「出世するよ。あんさんは」



「それは、どうも」


 彼は特に興味のないような素っ気ない口調で言い放ち、陛下の部屋へと歩き始めた。


 しかし、歩き始めてまもなく、違和感と耳鳴りが絶えなくなる。それは、初めての感覚では無かった。遠い昔にも何度か体験したことのある、嫌な違和感である。背筋に悪寒を感じた彼は、槍の柄を握る手に力を入れていた。


(なんだろうな。この感じ)


 身体を入れ替えられて暫く無かった感覚に戸惑いを隠せないまま、血生臭い廊下を歩き続けて重たい扉の前に佇む、見知った顔の人物を睨む。


「おや。芸術品じゃないか。久しいね」


 黒い髪を真ん中から二つに分け、額を見せるような格好にした三十前後の背の高い男は、肩に乗せていた桃色の鸚哥を人差し指でつついている。



「暇だな。詐欺師」


「そうだね。暇だよ。此処に到達する人間も居ないというのに」


 詐欺師こと、ブギル・クラフトは彼の言葉に飄々とした口調で答えた。それはまるで、彼が来ることを予想していたような口振りである。


 彼は、それが気に食わないと言いたげにブギルを見返していた。


「厄介なことに、此処から先は何が何でも通すなと言われていてね」


「それで」


「芸術品が堂々と乗り込むことを、私が予想していたと思うかい」


 ブギルの言い回しはどこまでも遠回りである。


 彼はあからさまにブギルに毒づくように訳す。


「予想外。想定外と言うことだな」


「まあ、その様なところだね。本来ならあの場所で」


  尚も続けたブギルの言葉を遮って、彼は廊下を蹴り上げ、ブギルに体当たりを食らわす。


 桃色の鸚哥が、耳障りな羽音を立てて天井付近へ舞い上がり、情けなくも吹き飛ばされた主を、水色の瞳で見下ろした。


 堅く閉ざされた入口に、ブギルの背中を叩きつけると彼は有無を言わさずに胸倉を掴み上げる。


「なあ。この国は一体なんなんだ」


「普通の神経では渡れない国さ。離したまえ、芸術品」


 気取った口調に彼は思い切りブギルを投げ捨て、扉を開こうとドアに手を掛けた。


 その瞬間。


 口に言い表せない奇妙な違和感が押し寄せた。 とっさに手を引っ込める彼の後ろで、ブギルが床に叩きつけられた音に反応した近くの兵士が数名駆け付けて来た。


 彼は、その足音に背中を向けたまま扉を凝視していたが、決心が付いたのか扉をこじ開けようとした。


 そんな彼に兵士が組み付く。


 彼は兵士達を乱暴に振り払って、初めてきびすを返した。 

 サングラスを付けていない彼の瞳の色に兵士達がざわめきその表情を凍らせて後退りを始める。この辺境の地においてもどうやら、彼の持つ色の意味は変わらないようである。

 が、鐘の音が全てを終わらせた。


 城下に設置された日時計の隣にある鐘が、けたたましく且つ何かを告げるように鳴り響くと、抗争が起きた時同様に、兵士含む場内の人々は、服を着替え役職を変え、持ち場に虚ろな眼差しで歩き始めた。


 その中には、怪我を治種チシュで治したばかりの人間も混じっていた。


 老若男女問わず、現在の状況すら問わず。彼の目の前でいろいろ様々な職種が交換されていく。 彼は先程の見張り役の兵士を見つけて、腕を取ると静かに事態の説明を求めたが、まるでそれを無視したように、譫言を並べて持ち場へと急いで走って行ってしまう。


 彼は、空になった手をポケットへと突っ込み、取り落としていた槍を軽く蹴り飛ばした。 彼にはこの光景の意図も意味も理解できずにいたが、それでも国の実体を知ろうと無意識に説明を求めていた。


 唯一、答えられるであろうブギルは、兵士達に踏まれて息も絶え絶えに気絶している。


(どいつもこいつも使えない)


 ポケットに入れていない右側の手で額を押さえて首を振り、その場に居る全員の着替えと役職が変わるまで待つ。


 鐘の音が鳴り終わり、人間達は散らばって行く。


 廊下に残ったのはブギルと彼の二人だけだ。


 その二人の存在に手をつけることなく、国の人間は別の仕事を規則正しく続けていく。


「だから、なんなんだこの国は」


「早く出るべきだ。拘わるとろくなことにならない。それは説明しなくても理解できると思うんだがね、芸術品」


 皮肉るように言い、廊下に胡座を掻いて冷めた笑いを漏らした。


「あのな。もう、遅いだろ」


 彼は、帽子を被り直し言い放つ。


「ところで、先程から天井にいるあれはなんだろうね」


「詐欺師の鳥だろ」


 彼がブギルの目線を追うと、そこには紅い瞳を持った真っ白な竜がいて、鸚哥にじゃれついていた。 竜。つまりは、ドラゴンと言うその珍妙な生き物に彼が会うのは二度目だった。しかし、ブギルという種師シュシはその姿を知らないのか、高い天井を見つめたまま呆然としている。


「蜥蜴だ。空飛ぶ蜥蜴。きっと誰かの式紙だろ」


 彼はとっさに答えた。


「式紙にしては、邪悪なものを感じるけどね」


「気にするな。あの玉を砕けば消える」


 白い竜の首に巻き付くリボンに光、小さな玉を顎で指して彼は言い放つ。


 彼の予想が確かなら、小さな竜は誰かが作り出した想像が具現化した産物になるはずだ。現物の竜は、異世界の住人であり、この世界では神だ。


(あれが、政府の探せと言ってた竜。まさかな)


 素直な疑問が浮かんで消える。


 出張に出す理由は何でも良く、少女とドラゴン捜索は適当にでっち上げたものだと散々聞かされている。彼自身も、その話に真実味を持っては居なかった。


 寧ろ、島に置いておくことで神官等に攻め込まれることに臆した一部の政府連中が、自分を大陸に追いやり島に起きる被害を軽減しようとしていると考えている。

 それだけに、竜の出没はあり得ないことであった。


「とりあえず。捕まえる」


「私も興味はあるね」


「詐欺師にはやらね」


 言って彼は、取り落としていた槍を拾い、竜に向かって投げた。しかし、竜もかなりすばしっこく猛然と投げ込まれた槍を、軽々と避けた。


 槍は天井に突き刺さって降りて来ない。


 桃色の鸚哥をピアと呼ぶブギルの声に、竜はピアに体当たりを食らわせて下降した。


 そしてそのまま、彼とブギルを嘲笑うように眼前を通過し、勢いよく扉に突進した。


「この野郎っ」


 彼は吐き捨てて後を追い掛け、扉に突っ込んだ竜に手を伸ばしたが、そのまま扉に掌を着いただけだった。


 白い竜は、扉に溶けるよう飲み込まれてしまったのである。


「吸い込まれた、だと」


 余りのことに、彼もブギルも疑問符を飛ばすが、兎にも角にも扉を開かなければ先は無いようであった。


 彼は、ドアノブを回すが鍵が掛かっているらしく容易には開かない。先程から彼の身体を支配する悪寒も強くなる。


 と、部屋の向こうで何かが弾かれる音がした。それも、一度や二度ではなく、数回に渡り空間を揺らした。「部屋の向こうに誰か居るのか」


「妃役と皇帝役が籠もっていたね。なに、心配はいらないよ。彼らは死ぬために籠もっていたのだから」


 ブギルの言葉に、彼は扉を蹴り飛ばし体当たる。蝶番を外して中に入ろうとする彼をブギルが止めた。


 しかし、その甲斐なく彼は扉事部屋の中へと入ってしまう。


 豪華な部屋。

 取り分け、この城の主が使う寝室だろう。


 散らばる火薬の臭いに眉を顰め彼は、目線を上げた。

 その先に、人間が倒れている。


 それ以外に荒らされた形跡はない。


 うっすらとした淡い光が部屋を照らしていた。


 その中に彼は佇んだ。


 倒れた人間よりも目を引くものが中央に浮かんでいた。


 形を形成しよいとしては、分解される息のしない物質。


 小さな破片ひとつひとつが様々な光を織りなして、引き寄せ合いそして分裂を繰り返す。


 それが、なんなのか彼には分からなかった。


「隊長っ」


 部屋の反対側から彼を呼ぶスピカの声が聞こえた。


「どこから入ったんだよ。おまえ」


「よくわからないんです。少女さんを追い掛けていたらここに……って、ブギルさんもいらしたんですかっ」



「居ては悪いかい」


「あ、いえ、そう言う意味では」


「なら、どういう意味かな」


 小走りで走り寄り、ブギルの存在に気付いたスピカの言葉に、意地悪く笑みブギルが言う。


 スピカは慌てるように口を抑えて、彼の影に隠れるように身をずらした。


「そうだ。白い蜥蜴を見なかったか」


 彼はブギルを無視してそんなスピカに問い掛けた。


 スピカは疑問符を浮かべ、眼鏡を直す動作を加えた後、スピカは蒼い瞳を彼とブギルを見た。


 当然、二人は首を振る。


「それよりも、ヴォルラスさんと少女さんですよ」


「いや。飛ぶ白い蜥蜴だろ」 


「それよりも、死体とあの物体の分析じゃないのかい」


 三人は、まったく別のことを口にして目線を合わせた。 その間にも、まとまっては破壊する不思議な物体は、小さな音を出して行動を繰り返していた。


 その法則には規則性があるものの、今の三人にはまったく理解できない存在であった。  しばらく。三人は見つめ合っていたが、こうしていても何も解決しないことに落胆の溜め息を漏らした。


「ところで、死体はどこに消えたのかな」


「えっ、死体なんてありましたか」


 口火を切ったブギルにスピカが驚きの声をあげる。


 ブギルがスピカの後方を指差すほうには、部屋に転がり込んだときに有った死体が綺麗に消えていた。そちらを一瞥した彼もまた、うんざりしたように肩を竦めた。


「気のせいではないんですか」


 ぽつり聞き返したスピカにブギルは苦笑いを向けた。


「火薬の臭いをどう説明するのかな。副隊長君」


「それは、そうですけれど」


 敵のブギルが繰り出す質問にスピカが渋々と答える。だが、死体が綺麗さっぱりと紛失する理由や方法が思いつかないだけに、スピカは頬を軽く膨らませるのがやっとだった。


「やれやれ。敵に好き好んで手を貸す自分が情けないよ」


 ブギルは本音を言い、後は二人で考えてくれと素っ気なく言い放ち、不思議物体に近づいて行った。


「黙れ、詐欺師」


 彼は彼でぶっきらぼうに答えると、竜を捜した。しかし、目に映る範囲にはその代物は見当たらない。この部屋に吸い込まれたのを確認している彼もまた、不機嫌に顔をしかめた。


 しかも、寝室には生活観が見あたらない。あるのは、ブギルが触れようとしている変な物体だけだった。


 スピカも彼の脇で少女とヴォルラスを探す素振りを見せていたが、やはり変わりはなく、目線を不思議物体へ向けるしかなくなっていた。


 ブギルが破片に手を触れると細い爆発音と火花が散る。


「ブギルさん。触らないほうが良いかと思います」 


 スピカが慌てるように制するがブギルは聞いていないようだ。彼もこれ以上ブギルに関わる気がないのか、部屋の中を歩き回り始めた。 彼女もドラゴンの姿もない。それだけは三人の中でも認識できた。 それでも、三人は探し回る。


「動くな。若造ども」


 声が入り込み三人は振り向いた。


 扉の入り口に老人が佇む。背丈はそんなにない、口髭に銀縁コルクを嵌めて三人に色のない瞳を向けていた。


「爺さんなに」


 彼の問い返しに老人はカゲロウと答えた。


「儂は、この国の管理者だ。いきなり目覚めさせられての。おかげでこの有り様だ」


 くつくつと喉奥で笑い、黒靴の爪先で床を叩いた。一見執事のような印象を受ける老人は、部屋へ入るとそのまま、中央の不思議な物質へと近づいた。「これは何かな」


 早速のブギルの質問に、カゲロウは笑いを絶やさず物質に触れる。


「さあの。昔は分かりやすい物体だったが、これではなんだかわからんな」


「管理者がそれでいいのか」


 彼はそのやり取りにあからさまに言葉を投げる。


「仕方なかろういきなり目覚めさせられたんだからの」


 カゲロウは、乾いた目線を向けた。


「目覚めさせられたとはどういうことですか」


 スピカが、カゲロウに近寄り疑問符を投げた。


「儂はかれこれ数万年眠っていたんだ」


 笑うこともなく問いに答えてスピカを見返し、コルクを指で調節したカゲロウは、三人に名前を聞いた。


 三人が答えると、満足げにコルクを触る。


「インプット完了。お前さん方は此処にはむかない、さっさと帰るんだ」


「あの。カゲロウさん。なんだか話が突飛過ぎていまいち理解し難いのですが、詳しく教えていただけませんか」


 カゲロウの素っ気ない口調に、スピカが食い下がる。


 その間も、町の様子は有為転変を重ね色を変えていく。


 部屋のバルコニーから彼は中庭を指差して、説明をせがむスピカとカゲロウを呼んだ。 二人が彼の方へと近寄り中庭を覗くと奇妙に舞う人々が見えた。


 カゲロウはそれを日課だと答えた。神を讃える舞であり古来から中庭に生えている木を中心に、その周りを練り歩くのだと言う。

 その一行に混じった少女と白い生き物を見つけたスピカが指をさす。


 バルコニーのフェンスを飛び降りて彼が庭に着地すると、歩いていた人間達の動きが止まる。 また、鐘が鳴り響いて人々が移動と着替えを始める中、少女とドラゴンは彼を直視した。


「大人しく言うこと聞いてついてこい」


「なんで」


「あ、それは知らない」


 彼は即答した。


 出張の際、連れてこいとは言われたが理由は省かれていたような気がする。


「じゃ、やだ」


 少女も即答しドラゴンを抱き締めると一目散に逃げ出した。


「待てっ」

 とはいえ、彼と少女の速度には相当な違いがある。


 少女の首根を捕まえて、彼は後から走ってきたスピカに振り向いた。


「なあ、これが探してたガキか」


「ええと、多分」


 スピカが曖昧な返事をして、似顔絵らしきものと見比べて頷く。


「私はカゲロウ。ガキじゃないよっ」


 彼の手に掴まれた少女は抵抗しながら名前を名乗る。しかし、それは老人カゲロウと同じ名前であった。 彼とスピカ、そして老人の頭に疑問符が浮かぶ。


「ん。思い出したぞ。お嬢ちゃんが儂を目覚めさせたんだ」


 老人カゲロウが、軽く手を打ち少女をじっと見つめた。


「お爺ちゃんなんか知らないよ。私」


 茶色の円い瞳で見返した少女は答えて首を傾げるが、カゲロウは首を振る仕草をして言い募る。


「いや。確かにお前さんだ。儂に触れたのは」


「知らないよ。私が触ったのは変な箱だけ」


「そう、それが儂だ。この国が崩壊する前に、責任者の手によって眠らされた」


 カゲロウはしみじみと空を見上げて語った。


「崩壊した。そうは見えないのですが」


 スピカが、周りの人々を見る限りの感想を述べるとカゲロウは悲しげに笑みを零した。


「崩壊したんだよ。これは儂が作り出した立体映像にすぎん。ほれ、それを証拠に奴らは儂等を認識しとらんだろう」


「いや、でも、さっき。俺に話し掛けた奴が居たぞ」


 彼は、少女の服を掴んだまま牢屋の番人と指示を飛ばした指揮官らしき男を思い出して言った。


「バグだ。気にするな」


 カゲロウは、一言で片付けて笑むと、少女を見返した。


 少女は事態の意味を呑み込めずに、透き通った茶色い眼差しを向けている。


「おまえさん。何者かの」


「私、カゲロウだよ」


 カゲロウの問いにさも当然と言い返す少女に、傍らに佇むスピカと彼は目線を交差させるのがやっとであった。 その時だ。


 なりを潜めていた白いドラゴンが、屋敷バルコニーでブギルの手に捕まった。それに気づいた少女は、ふいに緩んだ彼の手から離れ、屋敷に向かって走り出す。



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