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第六章 足踏み

ローレンツ家


案 神谷(敬称略)


ガルダ


案 勝(敬称略)


お手伝い有難う御座いました。

この場を借りて御礼申し上げます。

 二日目の朝日が、窓から差し込む。


 眠い目を擦りながら目覚めた彼が起きあがると、ベッドの毛布が床に落ちた。


 監獄島ではベッドに寝た記憶のない彼は、少し面倒そうにそれをベッドへと戻した。


 ここは、ゼルフィンドが逗留するラグトバークシティの寮である。


 港の一件が片付くまでは、旅へ出ないようにと昨晩言われた彼とスピカは出張二日目にして足留めを食らった。


 二人は朝食を取りに食堂へと足を運ぶ。

 食堂には逗留する政府軍の軍兵士と街の警備兵が席を埋めていた。

 座れる場所を探す二人を、ゼルフィンドが手招きで呼ぶ。


 セルフサービスの朝食を取り分けて二人はゼルフィンドが座るテーブルへと近づいた。


 テーブルには、取り分けた料理が皿の上で大人しくしている。


 軽い社交辞令の挨拶をスピカが同席者に言うと、政府軍上位官らしき人物が名刺を渡してきた。

 無言で口に料理を運ぶ彼は、そんな光景を目の端で捉えている。



 彼にはそのやり取りが、気に食わなかった。そもそも、社会に関わり無かっただけに、光景が滑稽に見えて仕方無かったのである。


 スピカがそんな彼に、名刺をくれた紫色の軍服を着た背の小さな男をレス・フリギアと紹介したが、彼は一礼するだけで取り分けた料理を黙々と食べていた。


「それで、ゼルフィンド。ほんとに彼が神なのか」


 レスが彼を見遣り小声でゼルフィンドに確認を入れた。



「さあ、神かどうかは知らないが。度胸はあると聞いたな」


 答えたゼルフィンドは、隠すつもりも無いらしく普通に説明をしてスピカに笑い掛けた。


「あ、あまり、言わないで下さい。誰に聞かれるかわからないので」


「大丈夫。政府も神官も馬鹿じゃない。幸い一般市民は此処には居ないから安心しておけ」



 スピカは、慌てるように手を振り回し周りを見渡した。そんなやり取りの中、黙って食事を平らげた彼が不機嫌に言った。


「んで、何時旅に出られるんだ」


 ゼルフィンドが笑ったまま声の方を向く。


「明日には出られる。まあ、土産付きだが」


「土産ってなんだよ」


「明日にはわかる。スッピー。今夜はユーリの話でも聞かせてくれ。ギルへの土産話になる」


 ゼルフィンドの言うギルとは、弟のギルガードのことだ、ユーリの親友であることは、スピカしか知らない。当然、彼はそのことに触れること無く呟いた。


「俺に土産は無いのか」


「ちゃんと用意してある。まあ、あんたにとって必要かどうかはわからないけどな」


 ゼルフィンドは咽の奥で笑うと、パンを千切り始めた。


 スピカも疑問符を浮かべながら、彼の隣の席へ座り朝食を取り始める。


 朝食が終わった後、彼とスピカを連れたゼルフィンドは、昨日船が大破した場所へとやってきた。


 大方の復興は昨日の内に終わっているようで、人も居ない。あるのは、動かすに動かせない船の残骸だけであった。


 スピカが、船へ近寄り焦げた縁をなぞると、炭が付いた。


「これから、どうやって足取りを掴むんですか」


 中身は殆ど回収できる状態でないことは一目瞭然である。しかし、手掛かりとしてはこの船だけであることを昨日の説明で受けていたスピカは、早速、疑問を口にした。


 ゼルフィンドの後にレスがやってくる。


 朝見た制服とは違い、緑の軍服に称号を付けた服装で、一見誰だかわからない格好であった。


「詳細を彼らに話す許可が出たよ」


「そうですか。そいつは良かった」


 レスの言葉にゼルフィンドが手帳を開くと、船が大破した原因からその船から消えたであろう人間のリストを二人に話した。


「船は港岩壁に乗り上げた後、種で石油に火をつけたと想定される。乗船していた人間は四名。島から抜けだした闘技奴隷のガルダとそれに関わる三名。そいつらの足取りだが、今朝馬車が盗まれたと通報があった」


「馬車で逃走したと言いたいんですね。その、目撃情報はないんでしょうか。確か、関所でID確認手続きがあった筈ですが」


 ゼルフィンドは首を振った。


「今調査はしているが、それらしき通報は受けてない。まだ、街内に潜むなら、潰しておきたい奴らではあるけどな」


 ゼルフィンドは、拳を鳴らして笑った。明らかにこの不可解な事件を楽しんでいることが分かる。


 誰にも聞こえないようスピカは息を吐く。もとより闘いには疎いスピカには、余り関わりたく無い事件であったが、脳裏の片隅にガルダがちらつき瞼を伏せた。


 ユーリ邸で出会ったガルダは、確かに殺伐としていたが、その中に何か無邪気なものを感じたスピカは思っている。


 スピカにはどう考えても、ガルダが殺人鬼には見えなかったのだ。

 ゼルフィンドはそんなスピカを一瞥して手帳を懐に仕舞う。


「しかし、ID審査無しで外に出るのは不可能なはずですよね」 


「ああ。監獄島のイリスに支障が無い限りそれは無理な話だ。違法入国者警戒態勢も既に隣国に通達してある。何かあれば直ぐ連絡がくるだろうな」


 調査の云々は、専らスピカの役目で、彼は特にやることもなくその説明とやりとりを聞いているだけである。


 数分の話し合いの結果、ID審査無しの出国は不可能ということになり、ガルダ含む悪党は未だ街に居るということになった。


 ところで、IDは役職や身分を見分ける為の持ち物につけられた番号であり、財布であり、本人証明書である。


 ラッドサンド大陸には、子供が生まれるとID登録をし、そのとき付けられたID番号と一生を付き合うことになる。そのために、スピカのような境遇が生まれてしまうのである。


 一度イリスに入力されたデータは、書き直すのに莫大な資金が無ければ書き換えができないようになっている。当然これは、なりすまし等の犯罪を防ぐ意図が含まれているのだ。


 IDが無ければ、警備隊へと連行され、身元調査を経たあとに仮IDの発行や手続きで、一月近く国や地域に留まらなければならないのである。


 その時、スピカが動きを止めた。


 ID関連の抜け道としての常套手段を思いついてしまったのである。


「ゼルフィンドさん。近日に死んだ人間のIDを所持しているとは考えられませんか」


 レスと調査をしていたゼルフィンドがスピカに大股で近づく。


「確かにその方法なら籠抜けもできるか」


「もう一度、不審な馬車が無かったか問い合わせていただけますか」


「お安いごようだ」


 ゼルフィンドはにぃっと歯を剥きだして答えると部下数名に、命令を浴びせた。


 それから、数時間と経たないうちに、事態は一転する。


 港から数キロ離れた倉庫街で、不審な馬車を発見したゼルフィンドの部下が、乗っていたと思われる人物に大怪我をさせられたと情報が入ったのだ。


 現場に向かったゼルフィンドは、部下の悲惨な姿に所持していた大剣を抜き払おうとした。


「駄目ですよ。確かに街ごと消し去るのは簡単ですが、なんの解決にもなりません」


 間一髪。


 スピカがゼルフィンドに縋って行為を止めると、ゼルフィンドは苦々しく唇を噛み締めて運ばれていく部下を見送った。


 馬車の匂いを辿らせる為に何百の式紙が部下とそれ専門の技術者に作られる。


 作られた犬や猫は町に一目散に散らばった。

「面倒だな。俺が狙いなら適当にうろつかせてもらう」


 黙っていた彼が、スピカとゼルフィンドから離れた。

 スピカは慌てるように彼を追おうとする反面ゼルフィンドのことを気に掛けていた。


「いいよ。彼の方を頼む。奴らは必ず見つけて仕留めるから心配するな」


「すいません。あの」


「なんだ」


「隊長へのお土産とはなんですか」


 ゼルフィンドは怒りを捨てきれない表情をしながらも、内ポケットから小さな木箱を取り出してスピカに渡した。


「今朝、届いた彼のIDだ。それと。深夜最終船でヴォルが来る」


「ヴォルラスさんが……何故ですか」


「親父が呼び出したんだんだ。もし、行くところが決まってなければ、ヴォルを実家に送り届けて欲しい。本当は、ゆっくり頼みたかったんだがな」


 先行く彼の背中を見つめて吐息を付き再度、背中に大剣を背負い直す。


「わかりました。これ、ありがとう御座います。では、また後で」


 スピカはそれだけ言って走り出した。


 時間だけが刻々と過ぎていく。 空が夕焼けになる時刻になるまで、スピカは彼の後を無言で着いていったが、なんの変わりもない街並が続くだけである。


 事件は足踏みのまま前には進まない。 彼は立ち止まり、抜け出た通路の左右を確認した。


「迷った」


「えっ」


「良いや。暴れたら誰かくるだろ」


「ええっ」

 スピカは反射的に彼のコートを掴むと、必死で行為を止めるように訴えた。しかし、彼はその手をあっさり振り払う。


「つうか、どうも信用できないんだ。あいつ」


「あいつって、ゼルフィンドさんのことでしょうか」


「いや、あの偉ぶった奴の方」


 彼が言っているのはレスのことだと気付いたスピカは、戸惑いを隠せない眼差しで彼を見た。


「何時もの勘ですか」


「まあ、そんなとこ」


 夕焼け空に細い月が浮かぶのを見つけて彼が口元に笑みを浮かべる。


「二、三人につけられてるよな」


 小声での宣言に、スピカは苦笑を浮かべるのも忘れて頷いた。


 スピカも気づいて居なかった訳ではない。ただ、昨日に続いて今日もまたとなると、些か状況が悪くなる。


「政府は本当に、何を考えているんでしょうね」


「さあな。今は考えるより、逃げる」


「は、はい」

 いきなり、彼は言い放ち走り始めた。スピカは、てっきり戦うものだと冷や汗を掻いていたが、どうやらその心配は無用だったようである。

 しかし。しばらく、敵との距離を測りながら街裏を練り歩いた二人は、空き地を見つけて足を止めた。


 それを見計らうように速度を上げた黒い陰が数体、二人の首を狩ろうと、銀色の鈍い光を放つナイフを振った。


 彼が呆れたようにそれらを回避し、スピカの方へと追いかけてきた人間らしきものを投げて来る。


「副。それ運んでくれ」


 スピカの前で泡を噴いた人間が、うつ伏せに倒れている。スピカは、返事もろくにせず、言われた通りに人間を引きずるとひとつにまとめ、不細工な面を剥ぎ取った。


「うわっ。みんな同じ顔です」


「なんだと。こいつら四つ子なのか」


「そうではないです。クローンですね」


「クローン。なんだそれ。珍種の生物か」

 弾き出した小さな光に照らされた暗殺者達を物珍しそうに眺めた彼に、スピカは軽く眉を顰めて答えた。


「早い話。コピー人間です」


「コピー人間。やっぱり珍種だな。人間も量産できる時代になったわけだ。俺の変わりも作れないかな」


 伸びた暗殺者達をつつき彼は、そんなことを言って笑う。


「なにを言ってるんですか。貴方が二人もいるなんて、僕の苦労が増えるだけです」


 どこまでも楽しげな彼に、呆れたスピカは真顔で告げた。

 その後に、彼の軽い鉄拳がスピカの後頭部を直撃する。


 とかく痛くはなかったが、スピカは大袈裟に殴られた場所を抑えると、頬を膨らませて抗議したが、彼は取り合わずにクローンを再度蹴り飛ばした。


「しかし、誰だろうな。やっぱり、神官かな」


 蹴られたクローン人間をスピカは、同情の眼差しで見つめた。


「でしょうね。だから、旅に出すのはおかしな話なんですよ。どうして、僕まで」


 今更のように本音をぼやいたスピカに対して、彼は視線をくれることなく吐き捨てた。


「今から辞表でも書けばいい」


「嫌ですよ。隊長を野放しにはできません」


「なら、今ここで副を八つ裂きにして」


「嫌です。それは絶対嫌ですっ」


 勢いよく首を振るスピカに、彼は意地悪く笑う。


「あんまり動くと、眼鏡外れるぞ」


「うう……」


 言われてから眼鏡を押さえ、恨むように見つめるスピカに彼は肩を竦めた。


 夜の気配が強まる街裏には、人の気配はまるで無い。


 彼は朝交換した名刺をスピカから貰い、ゼルフィンドへ連絡した。


 月と星が空に上る頃、馬車が空き地へやってきて、暗殺者を連行する。


 彼とスピカの二人も馬車に揺られて寮へと戻った。


 その夜中にゼルフィンドが、船大破事故の調査結果を話してくれたが、彼の頭にはクローン人間のことしか無かった。


「やはり、予想通り奴らは街を出てしまったんですね」


「部下を殺った奴らは、さっき捕まえた連中ってことで処理された。上層部も囚人が逃げ出したことは内密にしておきたいみたいだ。スッピーも此処に留まる理由はないそうだ」


 煙草を咬みながら、ゼルフィンドは徒労を隠せずに落胆の息を吐く。


 寝静まった寮の食堂には、種で作られた淡い光が浮遊するだけだった。


「わかりました。では、ヴォルラスさんと合流次第、僕等もこの街を出ますね」


「ああ。そうしてくれないか。引き留めて悪かった」


「そんなこと無いです。久しぶりにゼルフィンドさんに逢えて嬉しかったです」


 スピカが、笑みを覗かせて言うと、ゼルフィンドも笑い返した。


「大陸に居るなら、いずれまた会う。連絡くれたら、動けるときは動いてやるよ」

「ありがとう御座います。ですが、御迷惑ではありませんか」


 ゼルフィンドの申し出に、スピカが申し訳なさそうに問い返す。


「なに。『神様守りに行きました』とでも言うさ。恰好の言い訳だろう」


 煙りを吐き出しゼルフィンドは言った。


 その時。


 俄かに廊下が騒がしくなり、外で見張りをしていた一等兵が、食堂へと駆け込んできた。


「た、大変、です。あの、あの、暗殺者達が」


――砂糖の様に、駕籠の中で崩れて消えました――




 その一等兵が続けた説明に、三人は椅子から立ち上がった。

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