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第五章 大陸へ

 船場から慌ただしく離れた監獄島を眺めながら、スピカの脳裏には多大なる疑問が浮かんでは消えた。


 ユーリの説明と出張命令の資料を何度となく頭の中で繰り返してみるが、到底政府の目論見が見えてこない。


 過ぎる景色を見ながら俄かにはしゃぐ彼を横に、スピカはただ黙々と今回の出張についてを考えていた。


 彼を大陸に出して得る利益と損失。手掛かりの無い少女とドラゴンの捕獲。そして、自分の同行。


 ガルダの逃亡をわざと手伝う政府の理由。ガルダを促した女の正体。


 はっきり言ってスピカにはなんの繋がりもないこの状態を彼のように楽しむ気にはなれなかった。


 とはいえ、考えてどうなる状態でもない。それをスピカ自身が良く知っている。


 うまれてからこの方、まともに考えて成功を導いた記憶はない。


 スピカの人生は疑問と摩訶不思議現象で成り立っている。


 スピカが、男か女わからない際どい恰好をしている理由は、産まれて捨てられた教会に勤める神官が、ID登録の際に死んだ浮浪者の男が所持していたIDでスピカを登録してしまったからである。


 その上、スピカ・ファインは浮浪者の男の名なのだ。


 しかも、厄介なことに、PCイリスに一度登録されると、書き換え作業をするユーリに莫大な資金を払わなければならなくなる。スピカの人生は狂いに狂い、IDの説明を毎回するのも億劫な上、自分が神官の出であることを隠す為に、昔から歪な服装を選んできているのである。


 それを、カリンは、スピカが男だと思い好意を抱いているのだ。


 早く言わなければと焦る一方で、臆病なスピカはどうしても口に出せずに居た。


 彼にもこれは言っていない。


 彼が、スピカの話をまともに聞くことは無かったし、スピカが女だと知って彼の対応が変わるとも思っていなかった。


 しかし、出張に出た今、ばれるのも時間の問題であると何回目かの溜め息を吐いた。


 その頃には島は見えなくなっていた。


 スピカの視界にある靄が島を跡形もなく消している。


 これは、監獄島の周囲に巡らされた結界が齎す効果である。


 ドラゴン遺伝子の双子が産まれた時、大陸の最高位種術師無音サイレントである母親が作り出したと言われる、湾曲空間なのである。


 湾曲空間と名付けられた結界は、敵を選別し島に近づけないようにする役割を持つ。だが、大陸ではそれを破壊する武器の存在が確認されていると近年話題になっていた。 スピカが大陸を離れて六年が経つ間に全ての分野に於いて開発や研究、開拓が進んでいる。


 島では考えられない事実が大陸に転がっていることは間違いない。


 スピカは、不安だらけの顔をして俯いていた。


「副。降りたら此処に行かないか」



「えっ。此処って」


 彼がスーツケースに入っていたであろう地図を広げて、スピカに見せた。


 指差していた先を確認したスピカの顔が曇る。


「神官領域は避けましょう。死にに行くようなものですから」


「用事があるんだよ」


「大陸に出たことも無い隊長が、なんの用事ですか。それも神官に」


「観光地らしいんだ。どうせ急ぐ命令じゃない」


 あっけらかんと言う彼に、スピカは笑う。


「それはそうですね。少女とドラゴンの資料も無いですから」


 スピカが口にする瞬間、運転席から殺気が押し寄せた。


 彼と仲良くしているのが、カリンには気に食わないのだろう。


「相変わらず、嫉妬深いなメイドは」


 彼の言葉にスピカは苦笑いを浮かべるしかない。


 やがて、クルーザーは大陸の港から離れた岸へと泊まる。


「スピカ様。何か御座いましたら遠慮無く、私をお頼りくださいませ。カリンは何時でもあなたのお側に降りますゆえ」


 別れ際に小箱を渡しスピカに惚けた言葉を投げて去るカリンを見送り、彼は肩を竦めた。


「何で、お前を好きになったのかな」


「助けてくれたからと聞きました」


 彼の珍しい問い掛けにスピカは答えて歩き出す。


 行き先も、行く宛も手掛かりも無い出張の終了期限は無期限である。つまりは、二人のやる気次第で何時でも終わらせることができる仕事ではある。


「何から助けたんだ」


「境遇からです。あっ、そう言えば、さっき隊長が差してた場所、カリンさんと出逢った場所の近くですよ」


 思い出したようにスピカは言い地図を広げた。


 近いと言っても歩いて行ける距離ではない。


 東国ヒリスチア国を目線で指してスピカは言った。


「僕が十歳、ユーリさんと遊びに行った先で出逢ったんです」


「変態博士は島抜けが出きたのか」


「当時は、十六歳でまだ人質にはなってませんでしたから」


「そうか。それで」


 話すことも特に無いのだろう。カリンとスピカの出会いを探る彼にスピカが答える。


「屋敷で宝石が盗まれて、カリンさんが犯人になりそうだったんです。それを、僕とユーリさんで解決して。勿論それだけって分けではなかったんですが、カリンさんのプライバシーにも関わりますので」


 地図を見直し進路を街の中心へと向ける。


 港を離れると、機動力に種力シュリョクを使った機関車が泊まる駅が見えてくる。


 ラッドサンド大陸の出張の基本は、徒歩、馬車、馬、ラクダ、象、熊と様々であるが、主として交通面を賄うのはこの機関車である。


 駅に着く前の路地裏で、彼はサングラスをかけ帽子を被ろうとした手を止めた。


「副。鋏ないか」


「鋏ですか。糸切り鋏なら入ってましたけど」


 聞かれてスピカは言ったが、彼が欲しがってる鋏では無いことに気付いて笑う。


「マスクつけたら怪しい人ですね」


 彼の手が軽くスピカを叩いて、苦笑う。


「おいっ。港で船が大破したらしいぞっ」


「中に人は居ないって。変な話ね」


 そんなやり取りをしていた二人にそんな言葉が飛んできた。


 船を大破させる人間がいるとすれば、テロ組織か先程の面子が有効である。


 大方、足が付くことを防ぐ為に船を破壊したのだろう。


 船の状態やガルダと謎の女が気になった二人は、路地裏から港へ戻ることにした。上手く行けば鉢合わせることができると踏んだのである。ただ、この街も規模が広い。逃走に馬車を使われては、なんの証言も手に入らないと言う難点も浮上したが、行ってみなければ何もわからない状態は何時も同じことであった。


 港は船を見ようとして人が集まり、大陸の警備隊が大破したであろう船を取り囲み、調査を始めていた。そこら辺の手際の良さは島とは比べものにならない早さである。


「指揮を採る人がしっかりしてるんですね」


「それは、どういう意味だ」



「言葉通りですけど」


 スピカがきょとんとした顔で告げた。


「お前は一言多いんだよ」


 言うなり彼はスピカの頬を抓り、以前煙りの上がる船に視線を向けた。


 赤い炎に黒い煙。船に乗せられていた石油の臭いが、彼の鼻腔をくすぐっていた。


 種が作り出す水飛沫が、灼熱の炎から勢いを奪いやがて、場は静かになった。


 紫色の軍服を着た大陸の警官達が後始末や事情聴取を淡々と始める。


 スピカと隊長は一旦、現場から離れてその様子を見つめた。

 見た限り、船の中に生存者は居ないだろう。

 大破した船は、先端部がひしゃげ、後部が炎に飲まれていた。人は湖に投げ出されたか、先に脱出さたとしか考えようがない。


 だが、群がる人々の会話を拾い集めても、船から逃げ出した人々のことはわからずじまいであった。


「お手上げですね」

 彼に目配せしたスピカが、落ち込んだように呟いた。


「大丈夫だろ。奴ら、俺に用事があるわけだろうから」 彼は、そのうちまた仕掛けてくると言ってスピカから離れた。


 IDの事と船のことをしきりに気にしていたスピカは、そんな彼の行動に顔をしかめた。下手に、大陸の警備兵達に関わりたくもない。


「隊長。先を急ぎませんか」


 スピカは言葉通りに急ぎ足で彼の前に出ようとする。


「スッピー」


「えっ。ああっ。ゼルフィンドさん」


 そんなスピカに、懐かしい声が呼び掛けた。さすがに、スピカも振り返り、目を円くする。


 大陸政府直通の軍隊所属。緑の軍服を着た大柄の男、ゼルフィンドが大きく手を振っている。


 スピカはそれを見留めて、深々と頭を下げた。

「仕事か。珍しいな」


「いえ。あの」


 事情を知らないゼルフィンドに、なんとこの事態を説明しようかと内心で悩んでいると、部下を釣れて近寄ってきた。


 スピカが、ふと隊長を思い出したそのとき、警備兵達が騒ぎ始めた。

 ゼルフィンドの眼が、騒ぎの方へ向くとスピカは苦笑いを浮かべるしか無かった。


「なんだ、ありゃあ」 


「え。なんですか」


「あれは、野放しはいかんだろ」


「はい」


「おい。副。これ、貰ってこう」 


 スピカとゼルフィンドに彼が、叫んでくる。


「なっ。なんに使うんですかあ、そんなの」


 思い切って振り向いたスピカに、彼は大陸の国旗を振って楽しげに笑う。


  警備兵達は、突如現れた青年に唖然とした表情を向けていた。


 その後、スピカがなんだかんだで彼を宥めて、国旗を元に戻し、ゼルフィンドが逗留する寮へと一度、収容された。


 一息吐こうとするスピカを余所に、彼はつまらなそうに部屋を散策する。  


 そして、旅立ち一日目は過ぎて行った。

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