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第四章 船出

「あん。誰だ。お前」


 ガルダに聞かれ、拳を受け止めた黄髪黄眼の彼は、そのままガルダを押し返す。


「好きに呼べよ。名前ないんだ」



 ガルダは、彼を怪訝な顔で見返すと鼻を鳴らした。


「じゃあ。金髪で」


「お前は囚人だよな」


「だったらなんだよ」



「別に」


 彼は肩を竦め、異色な瞳を向けた。


 やんでいた雨がまた地を濡らす。


 二人の、探るようなやりとりには、危険な空気が漂っていた。


 どちらが仕掛けてもおかしく無い状況でヒルが地べたに倒れる。その音を切欠に、彼は逃げ出した。


「はっ。なんなんだ言ったい」


 完全に肩すかしを食らったガルダだったが、それが馬鹿にされたようで気に食わない。


 腹が立つので追いかけ始めた。


 人間離れした速度で二人は島内を駆け回り、島への入口である港桟橋付近の倉庫が建てある場所で立ち止まる。


 湖の癖に潮辛い風が鼻孔をくすぐる。

 彼が振り向くと同時に、ガルダの足下に種陣シュジンと呼ばれる遠い昔、魔法陣と呼ばれた不思議な力を備えた文様が光る。


 刹那。


 ユーリ邸でガルダを閉じこめた結界が発動した。


「壊せるらしいな。それ」



 黄髪黄眼の彼が、籠に捕らわれたガルダに聞いた。


 ガルダは応える様子も無く、籠を壊そうと頭突きを食らわせる。


「臆病者だな。金髪。こんなん使わねえと戦えねえのかよ」


「見たいんだ。壊すの」


「ああ、見せてやるよ」



 ガルダはそう言ったが、先程のように上手く壊れ無い。籠の内部で、衝撃を加え続けるが結果は同じだった。


「なんだよ。まぐれか」


「うるせえ。待ってろ」


 ガルダが籠の中で気合い一線した叫びを上げ、拳を数発叩きつける。


 度重なった衝撃に結界に亀裂が走り、消滅する。


 彼は満足げにその光景を見ていた。


 慌てる様子も怯えて逃げる気配も無い。寧ろ、ガルダがそこから這いずり出ることを望んで居たようにすら思う。それ以前に、彼は落ち着いていた。


「なんなんだ。お前」



「さあ。なんだろうな」


 会話にならない会話をして、彼はガルダから離れた。


「また、逃げるのかよ。弱虫っ」


 ガルダが叫び様に彼の懐に飛び込む。


 自分の拳を受け止めた相手が、逃げ回る意味がわからなかった。


 ただそれが、馬鹿にされてるようで、ガルダは一気に怒りを拳に変えた。


 しかし、見切られている。


 飛び込めば、遠ざかり攻撃を加えれば交わされた。彼からのやり返しは一切無く、しばらくガルダは殴る蹴るの繰り返しとなる。


「おいっ。闘う気ねえだろ。金髪」


「無いな。そっちは当てる気が無いのか」


 益々、ガルダを煽るような暴言を吐いて彼は、後ろへと下がる。


 彼が数歩下がったところで、ガルダは攻撃を辞めた。


「意味分かんねえ」

 そうとだけぼやいたその一瞬を突いた彼が、いきなり踏み込みガルダの左頬に拳を打ち込んだ。


 ガルダは、殴られはしたものの即座に体制を整え、彼の胸倉を掴もうと手を伸ばす。


 その伸ばした手が彼に絡み取られ、そのまま背負い投げられた。


 背中を打ち付けたガルダは持ち前の反射神経で起き上がり、彼の足へ組み付きそのまま押し倒す形にする。


 彼もそれを振り解こうと、ガルダを蹴り付けた。


 そこからは取っ組み合いだ。上になり下になりじゃれあうような形で、お互いが相手の動きを止めようとしている。


 ガルダが、彼の腕を折り曲げる音が駆けつけたスピカを硬直させる。


「さっきのお返し」

 ガルダが息も上げずに言い捨てる。


「悪いな。痛くないんだよ」


「は。何」


 腕を曲げていた手を離し、彼を投げ捨てたガルダは、疑問符を投げた。


「まって」


 スピカがガルダと彼の間に割って入る。


「あ。お姉さん。闘う気になったのか」


 彼から興味を無くしたガルダは、スピカにぎらついた眼差しを向けた。


 スピカは首を振り意志を否定するのがやっとである。


「なんだよ。なら、そこどけよ。殺すんだから、そいつ」


 スピカの後ろで座り込んだままの彼を見もせずにガルダは告げた。


「嫌です。ガルダさん。貴方に此処から出られると厄介なんです」


 返したスピカの声はガルダには意味の分からない話でしかない。


「僕は、ガルダさんと闘いたくありません。監獄へ戻って下さい」


 スピカの必死の呼びかけに、何度目かの舌打ちをし、地面を踏みつけた。


「やだね。オレは強い奴と闘いたいんだ。此処じゃ狭すぎる」



「そうね。なら、私達と一緒においで」


 船のエンジン音が鳴り響く。


 それは、余りに唐突で、湖の付近にいた三人にはその声の主が分からなかった。


 声の主は、種で作られた淡い光の側に居る。背丈は標準。髪は背まで伸ばした女が、船場から三人を見つめていた。


「連れてってくれんのか」


 初めに反応したガルダに女は頷いた。

「誰ですか、あなた方はっ」

 スピカが後から叫ぶ。


 それに応じて女は笑うと、指を弾いたその瞬間。白銀の狼がスピカと彼の前に現れる。


「自己紹介は後よ。坊や。お乗りなさい」



 女の促しにガルダは躊躇い無く、島から船へと飛び乗った。


 その衝撃で、船が揺れる。


「待って下さいっ」

 スピカが、勢いだけで後を追うのを、式紙と呼ばれる、命玉を核として持った狼と片腕をへし折られた彼が止めた。


 狼は、彼がスピカを止めると同時に姿を消し、光となって主である女の元へと消えた。


「見逃すんですか」


 服を摘まれたスピカが彼に怪訝な表情を向けた。


 ガルダの力量と船の女。二人をスピカひとりが相手にすることは、不可能な話しであることは直ぐ察しがつくが、スピカ自身が納得できずにいた。


 ユーリから話は聞いた。


 ガルダが逃げることは、既に計算されていることであることも承知している。


 ただ、船場の女についてはなをの予備知識もない。スピカは混乱しながら離れていく船を一瞥する。


「良いんですか」


「別に、どうせ後から追うことになってるだろ」


「隊長もユーリ博士に話を聞いたんですか」


 スピカの質問に彼は否定した。


「変な資料を読んだ」


「そうですか。怪我の治療をしますね」


 スピカは、かがみ込み彼の折れた腕を治そうと治種チシュと呼ばれる種術シュジュツを練ろうとする。


「触るな。勝手に治る」


「何言ってるんですか。普通に治したら2ヶ月は掛かりますよ」


 彼は右腕の他にも損傷していた。


 青ざめたスピカが掠り傷や引っ掻き傷含め裂けた皮膚から滲む血を、種による構成で水に軽く濡らしたハンカチで軽く拭う。


「やめろって。大丈夫だから」



「ごめんなさい。痛みましたか」


 彼が治療を嫌がるのは、てっきり傷が痛むからだと勘違いしたスピカが、謝ると、彼は面倒くさそうにスピカを見返した。


「全然痛くないから大丈夫だ」


「我慢は良く無いですよ。治さないと」

「痛覚ないんだよ。俺」


 心配するスピカに彼は言い放つ。


 驚いたスピカの目が丸くなると彼は、適当に話をでっち上げた。


「ほら、ドラゴンの何かが遺伝したんだろ。痛くないないんだ」


 本当は、兄と入れ替わった時からなのだが、スピカに説明するつもりは最初から無い。いずれ知られることではあると密かに思いながらも今喋る気にはなれなかった。


「でも、治さないと僕が痛いです」


 スピカは、真顔で言い返し治種を発動させた。


 治種能力は、ウィルス感染の症状を覗き大抵の怪我を治すと言われている。その玄人を目指すと、治す速度を操作することも可能な能力だ。医療に勤める人間の過半数が、その道の資格を採ることが義務付けされている。神官との戦争もいつ起きるか知れない時代に、密かに衛生兵の訓練を行う時代背景もある。


 医療技術も、なるたけ能力に頼らないように進歩進化の道を歩んでいるが、これはまた別の話だ。


 彼の治療を終えたスピカは、離れて点になった船を再度青い瞳で追いかけた。


「隊長。副隊長」


 アスカの声が聞こえ、二人は振り向いた。


 コアリスがスピカ愛用の肩掛け鞄を手にアスカと小走りに近寄ってくる。


「出張依頼の資料読みました。行くんですよね」


 鞄をスピカに渡し、ゆっくり立ち上がる彼にコアリスは一礼した。


「カリンさんに連絡を貰ったの。出張の準備をして欲しいって」


 アスカが彼にスーツケースを渡した。

「後、カリンさんが船を出してくれるそうです」


「着々と、追い出す手筈は整ってるわけだな」


 コアリスとアスカの説明に、彼はくだらないと言いぼやいた。


「もう、戻ってこないの」


 追い出されると言う彼の言葉にアスカが不安げに聞いた。彼は、アスカの頭を撫でて口元を歪めた。それは、楽しげな笑みである。けして苦笑では無かった。


 その傍らで、鞄の中身を探るスピカは悩ましげな顔をしている。


「あの。隊長のIDを預かってませんか」


「IDですか。いいえ何も」

 スピカが鞄を引っ掻き回し、スーツケースを開いて唸る。


 IDとは、大陸の住民にあてがわれた、住民表のことである。


 博士は懐中時計。政府軍は武器に警備隊はタイピン、またはブローチ等各部署で決まっている持ち物に組み込まれており、関所を通る際必ず必要になる代物である。


 隊長にはそのIDが無い。島で隔離されていた彼は、大陸に出たことが無く、住民と神とを区別する為に住民表は作られていない。


 しかし、今回はそうは行かないだろう。てっきり、政府が申請してくれてると思ってたスピカは、考えの甘さに苦笑う。


「別に無くてもいいだろ」


「IDが無いまま、出張に出たら不法侵入で神官に捕まっちゃいますよ。特に隊長は、神官に狙われているんですから」


「大陸に出たら恰好の餌か。まあ、仕方ないな」


 慌てるスピカに彼はにべも無く言い放つ。反論する気力を殺がれてスピカは溜め息を吐いた。


 雨は何時の間にか上がっていた。時間の感覚は、既に麻痺し気づけば太陽が空にあったと言うところだろうか。


 パンゲア湖と呼ばれる湖面がざわついた。


 白のクルーザーを操りユーリ邸のメイドがやって来る。


「一体どこに隠してたんだ」


 彼が泊まったクルーザーに飛び乗りぼやいた。


「スピカ様もお乗りくださいませ」


 カリンが、運転席から手を振った。


 スピカが鞄とスーツケースを手にし返事を返し乗り込もうとすると先に乗船した彼が、アスカとコアリスに言い放つ。


「隠居がマドレーヌ前で死にかけてたんだ。お前等回収しとけよ」


「ええっ。御隠居がっ」


「隊長。それは早く言ってくださいよ」


 アスカとコアリスが顔を引きつらせるのを、スピカが困ったように見つめる。


「島の様子は僕に教えてくださいね。帰ったら消えていたなんて嫌ですから」


 言ったスピカに部下二人は軽く握った拳を左胸に添えた。それは、敬礼と同じ意味を持つ仕草だった。


 カリンがクルーザーを動かし始める。


 大陸までは約二十分の船旅となる。


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