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第三章 殺戮

 気難しい顔でその死体を眺めて居たのは、第一等星警備警察隊所属のヒルである。


 住民からの連絡を受けて駆けつけたその場所には、幾つものひしゃげた体が転がり、そのどれもが息絶えていた。


 スラム街の抗争でも、これだけの激戦は前代未聞である。これは最早、あの指名手配犯の所業であると、ヒルは内心で気づいていた。


 死体の身元は監獄島に置いて確認はしない。特に、スラム街の住人となればその場で焼き捨ててしまうのが習わしである。


 何故なら、政府はスラム街の撤去を推進しているからだ。


 スラム街での犯罪数は増える一方で、政府軍率いる警備組織では手が回らなくなっているのだ。そこで、政府総監並びに総合政府軍長が提案した策なのである。


 ヒルは白髪混じりの頭を掻きながら、深い溜め息を吐いた。


「ヒルさん」


 背中から声が掛かる。


「副隊長殿。お早いお着きで」


 振り向いたヒルにスピカは、死体を隠すように立つ。スピカもそれを察してか、ある一定の距離で足を止めた。


 死体の数は、七つ。いずれも遺体の原型は口に出せない程である。ヒルは、スピカにそう説明を加え指示を仰いだ。


「いつも通りです。監獄から脱走したガルダさんを大陸に出さないよう全力を尽くしましょう」


「しかし、実力の差がありすぎますぞ。大陸に協力要請を出すことも視野に入れるべきですな」


 スピカは、頷いてヒルに言った。


「わかりました。やっておきますね」


 そう言い、スピカは頷いた。


「あとは、その。死体は僕が処理しますね」


「いや、埋めてやりましょう。せめて」


 スピカの申し出にヒルは肩をすくめる。


「スラム街の墓場にですか、手伝いますよ」


「副隊長殿は、出張の準備を優先させていただきたい」


 ヒルは言い放ち、黒いステッキを持ち直した。


 スピカの表情が暗くなることを知りながら、優しい口調で続ける。


「なに。囚人ひとりに手こずる組織ではありませんぞ」


「それは、そうですが。さっき、囚人に会いましたから」


 スピカが、ガルダのことを話す。技術では叶わない。力では尚更手が出せない。唯一、手応えを感じたのはシードであると。


 ヒルの目が大きく開く。


 スピカはユーリから聞いたG計画の内部を伏せて、ガルダの情報だけをヒルに渡す。


「では、その後のガルダの足取りは」


「不明です。死体の硬直状態はみましたか」


「二時間前くらいの話ですな」


 重々しい口調でヒルは言う。

「では、僕が丁度ユーリ邸に居た頃ですね」


「迂闊でしたな、もう少し早く此処に着ていれば」


 悔むヒルに、スピカは首を振る。


「まず、彼らを弔いましょう」


 スピカのポケベルが鳴る。慌てるようにポケベルを開いたスピカは、眉を顰めた。


「隊長からです」


 ヒルは何も言わずにスピカを見つめ返しただけだ。そこへ、何人かの警備隊員が小走りにやってくる。


 監獄島を仕切るのは四つの警備組織である。事件が起きた際はその大小に関わらず協力することを義務付けられている。


 しかし実際は、協力と言うより潰し合いであった。


 手柄を立てれば、俸給が上がり信用度も増す。小さな島であるだけに、信用度の有無はかなり重要視されているのだ。


 現場に駆けつけたのは、鑑識と島にふたつしかない医療施設の医者だった。


 スピカは、ヒルと彼らに現場を任せて隊長である彼のところへと向かう。


 ヒルはそれを見送り、やってきた第三等星の人々に事情と状態を説明した。


 医師が改めて死体を検証し鑑識の人々が地べたを這うように犯人の手掛かりを探す。


 犯人の予測はできても、証拠が無ければ意味がない。とは言え、今回のケースは自白だけでも逮捕状が取れるということを、ヒルは確信していた。


 左手にステッキを持ったまま、死体を担架に乗せる鑑識にスラム街の墓場へ運ぶようにと、口を開く。


 紺の作業服を着た鑑識が怪訝にヒルを見返した。


「死体処理は、第一等星の副隊長さんの役目では」


「副隊長殿は、出張準備で忙しい。出かける前にその行為は、任務を送らせることにしかなりませんぞ」


 仕事は楽に適当にを推進するヒルだが、スピカのことを考えると、もっともらしいことを言い放つ。


 鑑識の言う通り、スピカは死体処理班としての能力を政府に買われた節もある。しかし、特種トクシュと呼ばれる第二のシードを遣う行為は、種師シュシにとってもかなりの負担を要する。


 使い方を間違えれば、精神状態に異常をきたし、最悪死に至るような危険な能力なのである。


 これは、訓練次第で緩和できるが、その能力を持つ人間も数える程度であり、安全な訓練方法も現状では見つけられずにいた。


 また、スピカの特種は神官に多い浄化能力とも似たような力であると言われ、兎に角珍しい能力であった。


 鑑識がヒルを一瞥し、帽子を被り直す。


「焼き払って起きますよ。長官にばれたら一大事ですから」

 発された言葉には温もりが感じられない。


 冷たい視線と無表情の群が担架を運び通り過ぎて行く。


 毎度、毎度の光景ながらヒルはうんざりと首を振るしか無かった。


 ステッキを左手にその場を去るとヒルは、表通りに出た。


 事務所への道を物思いに歩いていると、喫茶マドレーヌの前が異様に騒がしかった。


 どこかの水夫が、昼間から暴動を起こす等の問題は日常茶飯事の世界だ。今日も、酔った誰かが暴れているのだろうとヒルが近づいたその時、けたたましい絶叫が空へと上がる。


「なんだよ。どいつもこいつも……つまんねえの」


 群がる野次馬の中心で、少年が更なる遺体を蹴飛ばしてぼやいていた。


 随分洗ってないのか、手入れの悪い髪からフケが落ち、死んだ人間の返り血が上半身腹部を濡らしていた。


「誰か居ないのかよ。強い奴」


 少年。ガルダは凶悪な眼差しに無邪気な笑みを作る。


 ヒルはとっさに身構え、群集を割るように地を蹴るとステッキを振るう。


 いきなりの攻撃にも関わらずガルダの腕がステッキを受け止め、開いていた手で拳をヒルの腹部に叩き付けた。


 ヒルの身体が空を飛びそのまま地面に落ちる。


 辺りのざわめきが引く中でガルダは、腕から流れた血を舌で舐めた。


 ヒルが手にしていたステッキの表面部分が割れ中から銀色の刀が姿を現している。


「仕込み刀ってやつか、おもしれえ。おい、まだ死んでないよな爺さん。起きろよ」


 どこまでも楽しげに、ガルダが言葉を発するとヒルはゆっくりと起き上がった。


 それなりに損傷しているようで、動きが鈍っている。


「いきなり、大物に出くわすとは。今日は本当についてないの」


 言葉を苦しそうに吐き出して、奪希ダッキと名付けた愛刀を抜刀の形に構える。


 抜刀は東国の一部で発展した刀技である。一度鞘に収めるのが特徴で、殺人技としても名高い技術である。


「楽しくなりそうだな」


 そんなガルダに目線を向けたヒルが、一瞬、動くことを忘れた。


 ガルダに付いた傷が消えていたのである。


「お主、傷は」


 思わず問い返した。


「再生するんだ。痛いけど」


 ガルダは純粋に答えてヒル目掛けて突っ込んでくる。


 振るわれた拳を試しに刀の刃で受け止めて、後ろへ飛ぶ。

 ガルダの拳が割れ、血が飛び散った。言った通り痛覚はあるのだろう、痛みに顔を歪めている。


 しかし、それも束の間。


 茫然と見守る群集を前に、ガルダの血管が異様な音を立てて繋がり、もとの身体に戻って行く。


「痛いって」


 子供じみたひとことを呟いたガルダは、斬られた手を握り締めし離れたヒルを睨み付けた。


「便利な身体しとるな」


「便利じゃねえよ。おかげでつまんねえの。激烈に」


 ガルダの噂を思い出しヒルは更に、この出逢いを呪う。


 二打浴びせただけだが、先程スピカの言った通り力や技術では勝ち目はないことを理解したのだ。

(しかし、副隊長殿は再生を知らない)

 胸中で呻きながらガルダの出方を待つ。


「なぜ、お主ほどの者が監獄を抜け出した」


「つまんねえからな、あそこのはみんな弱すぎる」


「しかし、戦いに不自由はしなかったはず」


「うるせえなあ。もう飽きたんだよ。帰りたくもねえ」


 ガルダは呆れたようにヒルの問いに返し、再びヒルに追撃を食らわせた。


 最早、一般の島民が介入できる喧嘩ではない。


 ヒルはガルダの攻撃を交わすので精一杯だ。


 人間離れした剛拳が再生する事を武器に、突き刺さってくる。


 まともに食らえばヒルの命も無いだろう。ヒル自身、何故こんな平和の固まりのような場所で、死闘を繰り広げなければならないのかつい疑問に思う程だった。


(隊長と同等か、それ以上か) 


 攻撃を交わし、構えを崩さないまま切り返していく。


 頭で考えていたのでは、ガルダには勝ち目が無い。来たものに対処する事を前提に置いて、あらん限り攻防戦を繰り広げる。


 周りの野次馬は既に避難する。ヒルが吹き飛び、ガルダが斬られるたび表通りに悲鳴と歓喜が交差した。


 次第に、体力の差と一番始めに食らった一発がヒルの動きを奪った。


「もう、終わりだなっ。楽に行けっ」


 ガルダが止めとばかりに、ヒルの顔面目掛けて容赦ない一発を繰り出した。


 だが、その拳を平手で受け止めた人間がいる。


 ヒルはその現れた人間の背中を薄れゆく意識で見つめていた。

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