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第二章 企画

 監獄島で一番危険な場所は、ユーリ邸と言われている。中庭には合成獣が屯し、中に入ろうとする人間を悉く攻撃するのである。

 中でも、うさぎのネリーは強烈で、ある一定の人間にのし掛かる傾向が見られた。スピカに言わせてみれば、端迷惑も甚だしい。

 ユーリ邸の門前に立ち、恐る恐るとインターホンを鳴らす。すると、どういう仕掛けかは皆目検討は付かないが、雨に濡れた鉄が重い音を立てて開いた。 島に就任する前も、何十回訪問したか分からないその屋敷の構造は、スピカにも理解できていない。黒く聳える煉瓦造りの屋敷を見つめ、息を呑むと、足を踏み入れた。

 雨は、霧雨に代わり乾いていたスーツは湿っていた。挿していた傘はなんの役にも立たない。

 中庭の中盤。

 赤い瞳を光らせ、地面を揺るがしたのはネリーだ。

 動物心理学者が言うには、うさぎは寂しいと生きていけない生物で、 夜な夜な一緒に居てくれる人間を探しているらしい。

 スピカは、ネリーの出現に身構えた。

 ネリーはスピカの気持ちもお構いなしにその巨体でスピカにのし掛かろうとする。

 反射的に、スピカは種を唱えた。

スピカの口から飛び出した短い言葉は、ネリーの目前に小さな光を産み出し、光は数秒後に爆発した。

 スピカは怯んだネリーに謝って、泥水を跳ね上げると一息にユーリ邸の玄関までやってくる。 扉を叩いてユーリを呼べば、エプロンを外し丁寧な物腰でカリンが出迎えた。


「博士は、管理棟へ出かけて降ります。スピカ様、此方へ」

「あ、そうなんですか。その。ユーリ博士からカリンが元気無いと連絡を頂いたんです。それで」

 と、しどろもどろに説明するスピカにカリンは驚いたように口元を隠し顔を赤らめた。

「え、私、は、大、丈夫で、すわ」

「顔が赤いですよ。具合が悪いなら無理しないで下さいね」 スピカがカリンを覗いて言い放つと、更に顔を真っ赤にしてカリンは、スピカから離れた。

「お茶をご用意します。いつものお部屋でお待ち下さい」

 スピカが呼び止めるしまもなく、カリンは廊下を掛けて行ってしまう。残されたスピカは、言い出せない愚かさを呪いながら、応接室へと向かう。

 夜は一層深い闇に包まれていた。 

 やがて、カリンがカートにお茶を注いだカップを乗せて運んでくる。 緊張気味にスピカの前にカップを差し出して、スピカの傍らに佇んだ。

 それが、どうしても落ち着かないスピカは、少し考えて話題を振る。

「博士は何時お戻りでしょうか」

「今日はイリスのメンテと申しておりましたので、夜半を過ぎると思います」

 投げかけた問いに、生真面目に答えるカリンに、スピカは困ったように笑う。

「博士居ませんし、博士もそんなカリンさんは嫌だって言ってましたよ」「しかし、スピカ様は今日は正式なお客様ですわ」

「あのですね。さっきも言いました。僕はカリンさんが心配で来たんですよ」

 生真面目なカリンに負けぬ程、真剣な表情で言うスピカに、カリンは何を考えているのか、全身から湯気を立てる。

「では。スピカ様は今日は朝まで居て下さいますのね」

 いきなり、心情に掛けていた鍵を取り外し、スピカの隣に腰を下ろした。

「話したいことが沢山在りますの。聞いて下さいませ」

 カリンは胸元で手を組み、ユーリ邸でのあれこれをスピカに話し始めた。ただでさえ人の出入りがない空間なだけに、話題はユーリの事に偏っていた。偶に、スピカが相槌を打つ程度で、カリンの口は休まる事無く、一部始終を暴露した。

 音も無く開いたドアから、白衣を着た長身の男が静かにスピカの背後に立つ。その気配に、悪寒を感じたスピカが振り向くと、頭上から青年の肘が降ってきた。

「あら、博士お帰りなさいませ」


 カリンのほんわかした声に、スピカの呻き声が重なる。

「痛いですよ。ユーリ博士」

 しかし、抗議を聞き入れる気配もなくユーリは、カリンに自分のお茶を用意するよう言いつけると、空いていた席に腰を下ろした。

「早速だけど、出張の話は聞いてるかな」

「え。また、急ですね。大陸で事件でも起きたんですか」

 抗議を無視されたスピカが頭をさすりながら聞き返す。「いや。これから起きるんだ。

とんでもない事件がね」


 不安を掻き立てるような言い回しで言い切り、人差し指を立てる。

「即ち、スピカ君と隊長君に長期出張命令がいずれ公になると言うことなんだ」

「長期出張命令、しかも、隊長と、ですか」

 言葉に詰まりながらやっとの事で聞き返すと、ユーリは大きく頷いた。

 スピカの顔から血の気が引いた。

「あの。隊長は、大陸初めてなんですよ。誰がそんな馬鹿げた任命を」

「イリスだよ。政府を動かすのは、PCイリスだけさ」

 あっさりと答えたユーリを震えた眼差しで見据えたスピカは、悪夢を見ていた。最早、ユーリの説明など聞いては居ない。

 スピカが必死で話を理解しょうとする傍ら、お茶の用意をしてきたカリンが、暗い顔でスピカの様子を見つめる。

 出張内容は、少女と異世界に生存する神の化身白飛竜事、隊長の父を探すことであるらしいが、スピカが先程口にした通り、隊長こと彼は大陸に渡った事が無いのである。

 常識の半分を無視して生きている彼と旅ができるのは、スピカだけだとイリスが判断したのだとユーリは言うが、スピカが納得する訳が無かった。

 あからさまに、首を振り何度もユーリに聞き返すが、答えは変わることは無かった。

 雨音が観念してうなだれたスピカを嘲笑うように、勢いを増した。

「出発は何時ですか」

「それなんだけどね。少し、複雑な話になりそうなんだよ」


 深刻な顔でスピカの問いに答えたユーリは、茶封筒から何冊かの冊子を取り出して、スピカへと渡した。

「G計画」


 冊子の表に書かれた文字を口にしたスピカは、ずり落ちた眼鏡を直して苦笑いを浮かべた。

 G計画。

 別名逃亡計画と題名された冊子の内容は、監獄から抜け出した囚人ガルダを抹殺せよとの命令が下されていた。

 この時点で、少女と飛竜探しは機密事項であることが予測された。

 一般市民や周りには気づかれてはならない仕事を押し付けられたスピカは、顔を歪めるだけである。

「囚人の名前はガルダと言うらしいね。神様が邪神を倒しに島をでるんだから、神官も渋々納得するだろう」

 ユーリは、スピカを見据えてそんな事を言う。

 囚人ガルダは、監獄の闘技奴隷であり犯罪者である。戦う事を喜びとし生きている危険思想の持ち主でもあった。それを、わざわざ脱走させると言う政府の考えが理解できないスピカは、尚も気乗りしない表情で、ユーリを見返した。

「どうして、それに僕が着いて行かないと行けないんですか」

 恐る恐ると口を開いたスピカに、ユーリは困ったように言い放つ。

「イリスに聞いてくれ。ボクはそのことに関して全く分からないんだ」

 その答えは、先程とほぼ同じ物であった。スピカにしてみれば、今回の出張命令は理不尽すぎる。しかし、喚いたところで話が変わる分けも無いことをスピカは良く知っていた。

 さらに、ガルダは既に逃亡済みと結ばれている文面を読めば、ガルダが島から出た日が旅立ちの日となる事も理解できる。

 悲惨にも、スピカに決定件は無いのである。

「僕、生きて帰ってこれるのでしょうか」

 真顔で問い掛けるスピカに対して、ユーリは人差し指を天井に向けて答える。

「お墓くらいは、豪勢にしてあげるよ。安心して旅立つと良い」

「博士。酷すぎますわ」

 カリンが泣き叫ぶように割って入る。

 その拍子に紅茶が零れスピカの服に掛かる。

「申し訳ございません。もう、博士のバカ」

 主に対して暴言を吐き捨て、布巾で汚れた箇所を拭き取ると泣きながら外へ出ていってしまう。心配するスピカに、ユーリは肩を竦め、紅茶を口に運ぶ。

「一緒に住んでるんだ。あれくらいが調度良いよ、仕事もしてくれるしね」

 カリンの暴言をまるで気にしていないユーリにスピカは笑い返した。

「ユーリさんらしいですね。でも、僕は簡単に死にませんよ」

「隊長君が、スピカ君を殺すことはないさ。ボクが保証するよ」


「どうして、ですか」

「なんとなくだよ。殺すならもうスピカ君は、居ないような気がするんだ」

「成る程、そうですね」

 零れてしまった紅茶を見つめてスピカはぽつんと呟いた。

 憂鬱な時間を過ごした後、話の内容を整理したスピカは、カリンの所へ行くと謁見の間、つまりは客室を後にした。

 カリンはネリーと他の合成獣に餌を与えている。

 合成獣が普段居る檻の中で、黒い陰が蠢いていた。

 雨は、芝生を濡らしている。

「スピカ様。お帰りですか」


 種と呼ばれる力で創られた光が、合羽姿のカリンと雨傘を挿したスピカを照らす。

 聞かれたことに頷いたスピカは、何気なく檻の中へ視線を投じ、あからさまに強張った顔で口を開いた。

「一匹多いです」

 その一言にカリンも檻へと向きを変え、合成獣を指差して数を数えた。

 うさぎのネリー。

 ねこのフォンテーヌ。

 ライオンと牛を掛け合わせたギャルレッド。

 鸚鵡のサルト。

「なんか、居ますわね」

 合成獣に混じり、餌を口にしている少年と目が合ったカリンは、信じられない様子で固まった。

「やべ。見つかった」

 手に肉の塊を握り締めた、黒髪黒眼の少年は、手足に枷を付けた人間であった。 光球に照らされ黒い眼差しが光る。

 小柄な体型の少年は、玩具を見つけたように無邪気に笑った。

「お姉さんは、強いか? 」


 雨音に声が落ちた瞬間、鉄格子を蹴り砕きカリンを吹き飛ばす。

「カリンさんっ」 カリンの立っていた場所に佇む少年は、首を回してスピカを見つめた。

 スピカはそれを無視して気を失うカリンを抱き起こした。

「あんたは。強いかな」

 見た目十六くらいの少年は、水飛沫を上げて二人へ向かう。 

 スピカは、直ぐ様結界を貼る。

 空気中に出来た見えない壁にぶつかった少年が、弾き飛ばされた。

「凄い。あんた、どうやったんだ」

 檻近くに着地した少年が感嘆の声を上げた。それは、未知のモノに触れた喜びでしかない。スピカは、悪寒を背負いながら、カリンを結界内に置いて少年と向き合った。

「ガルダさんですか」

「そうだけど。俺、お前と戦いたい。行くぜ」

「ちょっと待って、話をっ」

 スピカの言葉が終わらないうちに、ガルダの拳が唸りを上げ、結界へ当たる。

 幾ら防御壁を作ったスピカでも、その衝撃に顔を引きつらせる。結界内でたじろいて、後退りするスピカにガルダの挑発的な眼差しが突き刺さった。

 戦いをこよなく愛する純粋な眼。

 純粋すぎるがゆえに、手に負えない危うさにスピカが完全に後込みしていた。

 と、そこへ割って入ったのはうさぎのネリーである。 結界を壊すことに夢中になっていたガルダに、ネリーが覆い被さったのだ。

 重い音がして、ガルダが下敷きになるのを呆気に取られた顔で見つめるスピカだった。

 だが、安心したのも束の間、ネリーが空に浮いていく。

 カリンが気を失ったせいで、明かりが消えてしまったが、スピカにも状況は理解出来た。

 ネリーの腹を片手で持ち上げたガルダの口元が笑う。

「邪魔するなって」


 ネリーを投げ飛ばして、更に結界へ打撃を与える。その度に、空気が揺れ、摩擦が起き火花が散る。


「やめて下さい。僕はガルダさんと戦うつもりはないんです」 スピカの必死の叫びに、ガルダが動きを止めた。どうやら、話を聞いてくれるようである。

「監獄に戻りませんか」

「嫌だね。彼処は狭いし、つまらないんだ。どいつもこいつも弱いし」

 言いながら、何時でも戦える体制を取るガルダを凝視したスピカは、眉を顰める。 殴り合いでは到底勝ち目がないことを理解しているスピカは、結界を張り攻撃を防ぐことしかできない。


「糞。なかなか、破れねえ。なんだよこれ」 そうは言うが、ガルダの口調は楽しげだ。

 スピカの体に冷や汗が流れ始める。

 能力の長期維持は、疲れるだけなのだ。

 幾度となく重なる攻撃による振動は、中に居るスピカに負担を与えた。

「むう。お前、変に強いぞ」


「僕は強く在りません。残念ですが、その手枷足枷を外さない限りは、種師に勝てることはまず無いです」

「なに。これ外れねえよ」 スピカに言われて、飾りの様に付いている枷を一瞥したガルダが言い放つ。

「当然です。ガルダさんが解放されたら、誰も止められ無くなってしまいます」

「へえ。そいつは面白そうだ」

ガルダが無理に枷を外そうと試みる。だが、ガルダの力ではまるきり動く気配がない。

「駄目です、それには、誘導用の」

 スピカがいらないことを口走ると同時に、枷に付いた赤い釦が点滅する。

 ガルダの居場所を確認し、行動を促しす為に付けられた、種拘束具だ。

 他に効力として、格闘家の種への抗体力を下げる役割をしている。

 誰かに指示され始めたガルダは、急に顔を歪めた。

「嫌だ。絶対戻らねえ。あんなつまらない場所なんか」

「ガルダさん。大丈夫ですか」

 ぶつぶつと唱える様に、言葉を紡ぐガルダに、スピカの性分が黙って居ない。敵味方関係無く、気遣いの言葉を掛けると、結界の中にカリンを置いて、ガルダに近寄る。

「うるせえ。うるせえ。うるせえ。俺は強い奴と戦うんだ。お前の言うことなんか聞くかよ。馬鹿野郎っ」

 錯乱したガルダの狂い始めた眼差しが、スピカを捕らえた。

 スピカは近寄った事に、後悔する。その瞬間、けたたましい口砲が空気を揺さぶった。

 とっさにうずくまり耳を塞ぐ。

 強烈な風が吹き、木々を凪ぐ。

(隊長並の種力です)

 半目を開いて、なんとかガルダを確認する。スピカの眼鏡のレンズに亀裂が入った。

「うわっ」

 それに驚き声を上げる。

 ガルダが吼えたまま、スピカの頭上を飛び越し逃げ出した。

 異様な殺気に不安が余儀る。

 スピカは、立ち上がるとカリンを揺すり起こした。勿論、ガルダに与えられた打撃は、種治と呼ばれる力で極力緩和させて。

 薄らと目を開いたカリンに事情を説明したスピカは、そのままユーリ邸を後にした。

 後に残されたカリンは、ユーリの部屋へと戻り扉を神妙な顔で叩く。

「博士。PCお借りします」

「カリン。外が異様な騒ぎだったね」

「はい。囚人が忍び込んました。スピカ様からの言い付けで、隊の方々に連絡を取らせて戴きます」

「うん。ゲーム開始だね。カリン。こいつを隊長君に渡してくれ。渡すタイミングは君に任せるよ」

 カリンに投げられたのは小さな箱であった。カリンがその中身を知るのはもう少し後の事になる。

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