脳内自殺
中学校の制服を着た数人の女子が僕の前を歩いている。
僕と同じ中学校の生徒なのだろう。
彼女らは楽しそうに談笑し、こちらが見ていることにまるで気付いていない。
さらに、その向こうから怪しそうな男が歩いてきた。
僕は少し歩幅を広げる。
怪しそうな男は両手をポケットに突っ込み、その顔は黒いフードでまったく見えない。
その男が彼女らとすれ違う時、ポケットからナイフを取り出した。
それを思い切り振り被ったが、ナイフの刃が彼女らに届くことはなかった。
僕が間に入ったのだ。
ナイフは僕の心臓を貫き、そして絶命させた。
男は僕が通っている中学校の出身であり、当時中学生の彼は女子生徒から執拗にいじめられていたそうだ。
その結果不登校となり、高校へと進学することもできなかった。
今回、ナイフで襲いかかられた女子生徒は男となんら関係はない。
ただ、制服を着ていただけだ。
それだけで危険が及んだ。
以降は制服のデザインを一新し、近似の危険を予防するようになった。
◇ なんてことはなく。
男は彼女らに目もくれず通り過ぎた。
歩幅を広げた僕は後ろから彼女らを追い抜き、そのまま登校を済ませた。
僕はまだ誰も来ていない教室に辿り着いた。
教室の真ん中に席が決まってしまったので、扉からそこまで歩いて行かなければならない。
早めに登校し、誰かがその周囲で話し始めないようにしている。
「ふぅ……」
大きなため息が教室中に広がる。
僕の頭は切断された。
大きな声を出し過ぎた。
音に反応する化け物が僕の頭部を丁度三等分に切り裂いたのだ。
その化け物は隠れ潜む。
人類を殺し尽くすまで。
◇ なんてことはなく。
僕の頭はいつも通り結合している。
カバンから本を取り出す。
ブックカバーで表紙が見えないが、恋愛モノのライトノベルだ。
つまりラブコメ。
僕は挟んでおいたクラゲの栞を手前に引っ張り、本を開く。
だが、読まない。
読んでいるふりだ。
今はあまり本を読む気にはならない。
ぼうっとしていたいのだ。
視界がクラクラする。
ジリジリと空間が歪んでいき、僕の体は倒れた。
毒ガスが広がっている。
ガス漏れがあったのだ。
学校中にガスが広がったが、しかし早朝ということもあり被害は少なかった。
ただ一人、僕だけが死んだ。
経年劣化でのガス漏れだったため、定期的な点検をしなかった学校側が責められ、謝罪をした。
しかし少子化も相まりこの中学に入る子供が減っていき、遂には廃校となった。
◇ なんてことはなく。
僕がぼうっとしていると、だんだんクラスメイトがやってきた。
最初は一人で来る人が多かったが、徐々に複数人で登校する人が増えてきた。
先に来ていた友達の席に向かう者、教科書を開き勉強する者、遅刻ギリギリで走り込む者。
多種多様な人間がこのクラスにはいた。
朝のホームルームが始まったため、本を閉じる。
しかし視線を上に上げることはない。
本を読む角度のまま先生の話を聞く。
そこで、放送が流れた。
普通の放送じゃない。
なにか特殊な放送だ。
僕はこれを知っている。
不審者の侵入を知らせる放送だ。
これは訓練ではないだろう。
僕らは教室のカーテンを閉め、扉を机で塞いだ。
しかし、いくつかの音が周囲から聞こえてくる。
複数の足音だ。
廊下から複数の足音が聞こえてくる。
その一つが僕らの教室で止まった。
扉の向こうから、銃口が覗いた。
僕は威嚇射撃により、運悪く脳天を撃ち抜かれてしまった。
偶然だった。
その威嚇射撃が跳弾し、偶然にも僕を貫いた。
しかしそれに動揺したテロリストを教師たちが押さえつけた。
無血でテロを行う予定であったそうだが、その大義名分すらないテロリスト達は全員捕まった。
◇ なんてことはなく。
一時間目が始まった。
数学の教師がチョークで何かを書いていた。
周囲からはノートに鉛筆をこする音が連なっていた。
僕はそれを横目に、カバンを漁っていた。
数学の教科書がどこにも見当たらない。
僕はカバンに深く手を突っ込んだ。
しかし、どこまでも底が見えない。
いつの間にか僕は体の半分以上をカバンに突っ込んでいた。
これはマズイと思って体を引こうとしても、動かない。
カバンの底には無数の手があった。
それが僕を引きずり込み、僕は虚空に消え去った。
誰も気が付かず、知られない。
人食いカバンは世界中に潜んでいた。
◇ なんてことはなく。
授業が終わり、席を立つ。
地雷があった。
◇ なんてことはなく。
窓の外からスナイパーに狙撃された。
◇ なんてことはなく。
野良犬に噛みつかれ、狂犬病に罹った。
◇ なんてことはなく。
突如として空から雷が落ち、運悪くそれが命中した。
◇ なんてことはなく。◇ なんてことはなく。◇ なんてことはなく。◇ なんてことはなく。◇ なんてことはなく。◇ なんてことはなく。◇ なんてことは……………
誰も来ない屋上へ続く階段に座っていた。
一人で、ただ呟く。
「……死んだ。死んだ。また死んだ」
お弁当を広げ、それを見る。
ああ、そうだ。餓死もいい。
そう思いながら卵焼きを口に運ぶ。
おかずを全て食べ、それから白米に手をつける。
「……毒で死ね」
そういえば水を沢山飲んだら水中毒で死ぬんだったか。
それもいい。
水筒の蓋を開け、お茶を飲む。
「……死ね。死ね。さっさと死ね」
僕は食べ終えたお弁当を畳み、立ち上がった。
階段を降りていく。
足を滑らして階段の角に頭を打ちつける。
「……それで死ね」
一歩一歩、階段を降りていく。
ゆっくり、足を滑らさないように。
そして最後の一段で、僕は座り込んだ。
手すりに寄りかかるような格好で、ただ座り込んだ。
「……情けない」
頬に水が垂れる。
それは涙だった。
知らず知らずの内に、涙が流れていた。
鼻を啜り、袖口で涙を拭う。
それでもそれは止まらなかった。
「情けない。情けない。死ねよ。生きてる意味もないんだから。死ねよ……死ね……」
死を意識するたび、足が震える。
腕は自然と自分の体を抱く。
歯はギチギチと鳴り、目は涙を流す。
「死にたくない……、死にたくない……。嫌だ……。死にたくない……」
情けのないその本音に、再び涙が流れてくる。
死にたいのに、死ぬのは怖い。
怖くて震えて、結局死ねない。
死ねないから、余計に死にたくなる。
そうしてしばらくの間だけ震えていた。
しかしすぐに歩き出した。
ただただ中学校の、その短い廊下を。




