第三話「まずは、けものを倒す」
私は、頭を抱えながら、歩いていた。
――眼前に魔物、見るつもりもない。
手に持った剣で、切り裂く。黒いモヤとともに、魔物は消える。
ついさっき、私のパン屋は、完全に閉店と相成った。店は綺麗なまま、私さえ戻ったならば、またパンを焼く事だって出来るだろう。
だけれど、やはり閉店は免れない。
理由は単純だ。
お客さんが、一人もいなくなったから。
タナトスが、あの拠点の皆を、全て連れて行ってしまったから。
「何にも、出来なかった、か」
生き残ったのは、私だけ。守ろうと剣を抜いた初めての日が、誰も守れなかった日なんて、皮肉なんてものじゃない。これを絶望と呼ぶのだろうと、思った。
――後ろに気配、よろめくように振り返り、魔物を切り裂く
形があるなら、剣は通る。ただの魔物なら、良かった。
絶望に打ちひしがれても、足は前に進んでしまう。やる事は、まだ残っている。
生き残った理由なんて、知らない。だけれど誰が生き残っていても、やるべき事は見えている。
この場所が、裏世界である以上、この場所を選んで訪れた以上、仲間の死に打ちひしがれて足を止める暇なんて、無い。
私は、見てしまった。あの光景を見て、生き残ってしまった。
何が正しかったのか、何が間違っていたのか、決めるのはきっと、私じゃない。
だから、私はただ、伝えに行かなくちゃ駄目だ、
私が私であるという事もそうだ。あの違和感に気付けた私に、力が足りなかったのもそうだ。
責められる為に、責任はあるのだから。私は私を罰する為に、言葉を練っていく。
どう、伝えるべきだろうか。
何を、すべきなのだろうか。
――目の前に、殺意。
蹴り飛ばし、崩れた姿を、刺突する。
本当は、こんな風に剣を使いたかったなと、思った。
本当は、こんな風に誰かを守りたかったなと、思った。
結局の所、私にとって平穏でパンを焼く日々も、剣を取って戦う事を夢見る日々も、ある意味での平和ボケだったのだろうなと、今になって気付く。
一歩ずつ
一歩ずつ
一歩ずつ
日々を忘れないように、私が生きる意味を踏みしめるように、前に進む。
「流石に、上がってくる人は、いないか」
前の補給が来たのも、そう遠くない。誰もいない第一拠点には、十分に暮らしていける程の食料があるはずだ。タナトスが裏世界で人を刈り取るだけの装置のようなものだという噂は本当なのだろう。だからこそ誰もいないあの村には血の一滴すら溢れず、ただ折れた剣だけが落ちている。
階段を降りて、淡々と第二拠点へと進む。
魔物は、見つけ次第切り崩した。それが、裏世界の存在理由だから。
タナトスのようなルールがあるように、魔物の存在にもルールがある。
そもそも、私達が裏世界にいる理由は、絶えず裏世界に発生する魔物の飽和を防ぐ為なのだ。
飽和しきった時、その魔物達は地上に顕現して、人を襲う。それを防ぐ為の抑止装置が私達、裏世界の住人だ。
――だから、見えただけでも、追いかけて、斬る
結局、私達は地上を平和に維持する為のパーツだ。それでも、それぞれがそれぞれの意思を持って階段を降りていく。消える為に来たわけじゃ、ない。
第一拠点の消滅は、早々に伝えるべき事件だ。
観測係がどうしてタナトスの出現タイミングを予期出来なかったのか。
それにどうして彼はタナトスに消される瞬間嘲笑ったのか。
理由はきっと、これから分かる。だけれどこれは、私一人で決めるべき事じゃない。
地下五階層に作られていた第一拠点から降りる事四階層分、この階層の魔物は、私にとってはとても弱い。まだ戦った事のない魔物を見る事すらない。
だからこそ、タナトスのような、魔物とも呼べない存在は想定外だった。
防ぐだけで精一杯、その認識も広まりきっていない。
知る限り、タナトスの出現例はそう多くなかった。それだけ私達が徹底して少ない例で対処してきた証拠だろう。だけれど、前向きに捉える事も必要だ。
絶望は、ただそこにあるものじゃあない。私は絶望を見て、知った。
だからタナトスに今、一番近い人間は私だ。斬り裂き対応出来る魔物じゃない、裏世界のルールの一つに一番近づいた私が、継がなければいけない。
一歩ずつ、一歩ずつ、だけれど思考は足を動かす歯車の何倍も早く回る。
何を言うべきか、何をすべきか、そう考えている間も、魔物は襲ってくる。それらを一体ずつ、確実に、黒い気持ちのままに斬り伏せながら、足を踏み入れようとした少し大きな部屋の向こうに。階段が見えた。あそこを降りると、第二拠点に着く。
――ただ、魔物の巣が出来ている事だけが問題、かもしれない。
魔物が自然発生するように、タナトスが現象として発生するように、時折裏世界では魔物が集中的に発生する中部屋から大部屋が存在する。
そこで発生した魔物はその階層を彷徨く事はなく、ただその部屋に侵入した人間を総出で襲ってくる。
いわば、私が次に踏み出す一歩は、足が部屋の中についた瞬間から始まる対多数戦闘の合図になる。
「ん、誰かが先に逃げてても、此処で駄目だったかもなぁ……」
自分を慰めるように、結果論だけを呟いてみる。だけれど結局、私と共に此処まで誰かが来れたならば。
――こんな奴らからは、守り切れたというのに。
一歩踏み出す、と同時に、ざわめく魔物のうちの一体は、既に霧散する。
目線がブレるのは、戦いのノイズでしかない。
私は部屋全体の外壁周辺を駆け回り、自分の目線よりも低い位置にいる。獣型の魔物を切り裂いていく。死角からの攻撃に対処出来る程、私は俊敏ではない。
それでも、死角を無くす努力くらいは出来る。
「まずは、けものを倒す!」
肥大化したネズミのような魔物は強く蹴り飛ばし、私に反応して飛びつこうとするコウモリのような魔物も本体を狙えずとも、横の一閃で羽根を落とせたら良い。
獣型から、処分するのがこの階層では一番楽なのだ。決して、本当の鼠や蝙蝠が憎いわけではない。それでも何故か魔物は地上の動物に似ている物が多い。
もし、それが人間の目を欺く為なのだとしたら、随分と趣味が悪い話だ。
「じゃあ、次!」
誰もいなくとも、自分の意味を成立させるように、私は言葉を絞り出す。
矢を打ち込んでくる小人の矢が、背中に当たる感覚。
軽い鎧をつけていたから傷こそ受けないが、重装備でない以上、次に警戒するのはこいつらだ。こいつら同士で弓矢の誤射が始まるのも、面倒になる。
魔物は人間が倒した時こそ霧散するが、魔物が魔物を倒した時には、その霧散したモノを魔物自身が取り込んでいく。その結果、霧から出てきた魔物は、見るからに強力な魔物に変貌しているのだ。
人間が、魔物に倒された時に起きる事は、今は考えたくない。
それを考えるならば、第一拠点はタナトスという現象に滅ぼされただけ、まだマシだとも思える。
「ん、違う」
――マシなんかじゃ、ない。
私は自分に向けて放たれる矢を目視して叩き落とし、そのまま弓矢を扱う二足歩行の魔物を切り払う。弓を奪えたらいいのだけれど。その為には魔物自体を生かす必要がある。
「だけど、こういう事も出来る、よっ!」
誰も知らない、私だけの秘密。
いつか知ってほしかった私の秘密。
――私は、本当は頑張って、頑張って強くなったんだよ。
放たれた矢を剣の柄で弾いて、片手で剣を持ったまま、その矢を空中で掴み、隣にいる大きめの魔物の頭部に突き刺す。
霧散するそいつの姿を確認もせずに、私は最後の一体を、切り裂いていた。
約十数体程。中部屋にしてはそこそこ多かったけれど、獣型が多かったからか、比較的楽に済んだ。
そうして、何も残らない部屋の、階段を見据える。もう、言葉にする事はない。
この場所にある存在は、私だけなのだから。
階段を降りた先、第二拠点へ向かう通路の途中、嫌な気配を感じた。
昔から、妙な悪寒が走った時は、必ず何かが起こる。必ず、私は選択に放り込まれる。
何か、見える気がするのだ。すべき事が、起こる事に対して私という役割が。
ただ、今まで感じたそれらは全て、柔らかなモノだった。
第一拠点でタナトスが出た時に感じたモノ以上の感覚は、ない。
だけれど、この先の第二拠点でもまた、それ程までとはいかないものの、妙な悪寒を感じていた。
途端、私は駆け出していた。
――二度目は、二度目なんか、あっちゃいけない。
その感情が、ただただ、私をその悪寒の先へと足を動かさせていた。
やがて、その悪寒の正体が、音に乗ってやってくる。
叫び声じゃなかっただけ、きっとマシだと思ってしまいかけて、私は頭を横に振った。
――悲しい事に、マシな事なんて、無い。
第二拠点が作られている大部屋に足を踏み入れた瞬間に、私がいた階層ではまず見る事の無い、棍棒を持った二足歩行の魔物が、すぐこちらに向かって駆け出してくるのが見えた。
その魔物に、私は剣先を向けながら、射程に入る寸前まで、入口から第二拠点の状況を確認する。
多くの人間が、魔物と対峙しながら、互いに協力して魔物を倒している。おそらく、人間の死者は、見える限りでは出ていない。
ただ、私がこの部屋に入った瞬間に、分かる事が一つだけある。
この第十階層もまた、裏世界の一部だという事に、何の変わりもない。
だから、魔物も発生するし、その為に戦闘要員だって常駐している。
つまり、足を踏み込んだ瞬間に、そっぽを向いていたような魔物が私に駆け出したのにも、理由がある。
「あぁ……道理で上が片付いていないわけだよね」
本来なら、拠点と繋がっている魔物の巣は、偵察要員が見つけて、どうにかしてあるもの。
だけれど、この状態ならば、仕方も無いという話だ。
何故ならば、第二拠点もまた、魔物の巣と化していたのだから。




