表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残り野菜のスープは、追放聖女と冒険者の縁を結ぶ  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 さようなら、私のいない王国


風が荒れ狂っていた。

 国境の荒野で、私たちは大神官バリオスの私兵団に取り囲まれていた。


「愚かな娘だ」

 バリオスが馬車の上から冷ややかな視線を下ろす。

「大人しく戻れば、地下牢での生活くらいは保証してやったものを。……やれ。抵抗するなら腕の一本くらい折っても構わん」


 私兵たちが剣を抜く。

 ザックが私の前に立ち、大剣を構えた。

「……エマ、俺の後ろにいろ。絶対に離れるな」

 彼の背中から、殺気が噴き上がる。でも、多勢に無勢だ。彼一人で全員を相手にするのは無理がある。


 私は震える手を握りしめ、一歩前に出た。

「ザックさん、下がってください」

「おい!?」

 私はリュックから、あの「真鍮の小鍋」を取り出し、高く掲げた。

 そして、ありったけの声で叫んだ。


「ガルヴァランド辺境伯様! お約束の品をお持ちしました!」


 その瞬間だった。

 地響きと共に、荒野の丘の向こうから、漆黒の騎馬隊が現れた。

 先頭に立つ旗印は、辺境の守護者・ガルヴァランド家の「双頭の狼」。

「な、なんだと!?」

 バリオスが狼狽える。

 騎馬隊は瞬く間に私兵団を包囲した。その数、百以上。圧倒的な戦力差だ。


 指揮官らしき騎士が進み出て、私の持つ小鍋を見て恭しく礼をした。

「豊穣の神器、確かに確認いたしました。……ご苦労だったな、ザック」

「……遅いぞ、親父」

 ザックが剣を納め、呆れたように言った。

 親父?

 私が驚いてザックを見ると、彼はバツが悪そうに視線を逸らした。

「……説明は後だ」


 指揮官──辺境伯が、氷のような目でバリオスを睨んだ。

「教会の者が、我が領土の目前で何ごとか。これは侵略行為とみなすが?」

「ご、誤解だ! その女は教会の罪人で……」

「罪人? 彼女は我が領土への正式な亡命希望者であり、この神器を届けた恩人だ。手出しは許さん」

 辺境伯の宣言に、バリオスは顔面蒼白になった。

 越境行為の現行犯。しかも相手は武闘派で知られる辺境伯軍。言い逃れはできない。


「そ、そんな薄汚い鍋が神器なものか!」

 バリオスが最後の悪あがきで叫ぶ。

 私は小鍋を撫でた。

「ええ、見た目はただの鍋です。でも、これで作ったスープは、何百人もの人々を笑顔にし、健康にしました。……貴方たちの飾り立てた聖杖よりも、よほど尊い奇跡です」


 私はバリオスを見据えて告げた。

「私は戻りません。私の料理を『家畜の餌』と呼んだ貴方の国には、もう私の居場所はありませんから」

 バリオスは言葉を失い、崩れ落ちるように膝をついた。

 彼らは辺境伯軍によって武装解除され、連行されていった。その背中は、かつての威光など見る影もなく小さかった。


 騒ぎが収まり、夕暮れが荒野を黄金色に染めていた。

 丘の上には、私とザックの二人だけが残っていた。

 眼下には、辺境の街の灯りが瞬き始めている。


「……黙ってて悪かった」

 ザックがぽつりと言った。

「俺は辺境伯の拾い子でな。親父から『神器の鍋を持つ聖女を保護しろ』って頼まれてたんだ」

「そうだったんですか。……じゃあ、あの鍋が神器だって知ってて?」

「いや。ただのボロ鍋だと思ってた。……まさか、あれで作った飯があんなに美味いとはな」

 彼は懐かしそうに笑った。

 そして、改まった顔で私に向き直った。


「エマ・フローリス。……依頼完了だ。ここまで無事に送り届けた」

 契約の終わり。

 胸がきゅっと痛んだ。

「……はい。ありがとうございました。ザックさんのおかげで……」

「だが」

 彼は私の言葉を遮った。

「俺にはまだ、やり残したことがある」

「え?」

「毒見だ」

 彼は真顔で言った。

「お前の料理は危険だ。いつ毒が入るかわからない。……だから、これからも俺が一番に味見をする必要がある」


 それは、あまりにも不器用で、遠回しな告白だった。

 私は瞬きをして、それから吹き出した。

「ふふっ……一生、かかりますよ?」

「構わん。俺の胃袋は頑丈だ」

 彼は大きな手を差し出した。

 私はその手を、両手でしっかりと握り返した。

 荒れた手。温かい手。

 この手となら、どんな荒野でも、どんな料理でも作っていける。


「じゃあ、契約更新ですね。……報酬は、とびきり美味しい夕ご飯でいいですか?」

「……悪くない」


 彼は短く答え、私の手を引いて歩き出した。

 風が私たちの背中を押している。

 さようなら、私のいない王国。

 こんにちは、美味しい匂いのする新しい世界。


 私たちの旅は、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ