砂漠の村
「それでは、魔力を流します。…少し光ります」
私はそういうと、弓を引き矢を放った。
シュンッと綺麗にまっすぐ垂直に空へ溶けてゆく。
やがて光の柱が広がり始め、関係者と見学者がざわつき始める。
ドーム型になった金の光がキラキラと輝き、舞い落ちる。
ああ…綺麗だな…周りの風景と相俟って、幻想的な光景が広がっている。
「なんと…これが神聖力…なんて美しい…」
「…ああ、ありがたい…」
歓声と驚嘆。
このざわめきが浄化のクライマックスだ。
弓を肩に掛けて、回収された矢を受け取り一礼して私の仕事は終わりを告げる。
「お疲れ様です、サトミ様。体調は大丈夫ですか?」
「はい。セオドア様」
「どれ、失礼…」
「大丈夫だって言ってますが…ステラ様?」
「あなたは他人には優しいけど、自分に厳しいから信用できません。
……うん。まあ…大丈夫だね」
「だから、言ってるじゃあないですか」
「念のため、ですよ」
「では、宿に一旦帰ろう。サトミ、俺の馬へ」
「はいっ、グレンさん。ケープはまだ外さない方がいい?」
「そうだな。まだ村人がこっちを見てるし…視界悪いと思うけど
もう少し我慢できる?」
「うん!」
このやり取りも、何度目だろう。
浄化遠征の旅は気づけば4ヶ月になり、いよいよ最終局面に差し掛かっていた。
* * * * * * *
「うわー次の村は、砂漠地帯のど真ん中ですねぇ…
良くこんな緑のない環境で生活できますね」
「うん。でも、この不毛な土地のお陰で侵略されなかったという利点もあるし、
あと、湿気もないカラッとした気候だから、意外と暮らしやすいらしいよ?」
「そうなんですか?へぇ~…物知りですねぇ、サトミ様」
「それに、全然自然がないわけじゃないし、そんなに不便じゃないと思う。
ほら、町の中心に多少の森林や噴水あるし…多分湧き水だと思う。
それに、シンプルに暮らしで無駄がない感じもいいと思わない?」
「ほんとうですね…余計な装飾がないから殺風景に見えましたけど…
確かに、悪くないですねぇ…」
「家の壁と石畳の道がみんな白いから、統一感あって可愛いし、
世界観が違って素敵だよね。
衣裳も気候に合わせた独特のスタイルの美しさがあるし」
「言われてみればっ!村の方々の頭から覆ってる布、
色とりどりの柄でお洒落ですねぇ!」
暑い気候では、日差しを避けるのに合理的なスタイルだった。
町探索用に、私とエリカさんも頭から被る布を購入した。
なんでもこの布は、ヌリーというらしい。
麻や綿の布地でサラリとして風通りがよく、触り心地がいい。
私は、緑から青のグラデーションが掛かっているのを購入、
エリカさんは、黄色からオレンジのグラデーション。
「…似合うよ。この村のお姫様みたいだ」
「…ありがと…」
グレンさんてば、嬉しいけど誉めすぎなんだよなぁ…
隣で、いつもエリカさんがニヨニヨ笑ってるし。
「サトミ様って、黒目でクリッとしてるから、ほんと可愛らしい…
特にヌリー被ってるとなおさら色白も強調されて…
はあ…愛らしいですぅ…」
「エ、エリカさんこそ似合うよ。妖艶な美女って感じっ」
私はどちらかというと、前の世界でも美人ではなく可愛い部類のようだった。
どうやら、この世界の美的感覚でもそうで小動物系らしい。
「所で、この村の土地浄化はどれ位の範囲なんでしょう?ステラ様」
「ああ、浄化じゃないんですよ。この村は」
「え?宿の宿泊のみですか?」
「いいえ。この通り砂漠地域でしょう?当然作れる農作物は少ないです。
周辺の村からの仕入れに頼っているのが現状。
農作物に適した土に出来ないかと、相談を受けているんです。
出来る範囲でいいから、試して欲しいとね」
「…砂漠化は、自然の変化なので、それを変えるのは…どうなんでしょう…
変えられても、元に戻るのではないでしょうか?
それとも、土魔法でどうにか出来るのかしら…」
「なるほど…確かに…どこまで出来るのか未知数ですね」
「土の状態を見てからですね。とりあえず。どちらの魔力が有効なのかは」
「領主にも、実験的な意味は示唆してあります。
なので、サトミさんがどんな魔法を見せてくれるのか、
私も楽しみにしてますよ」
神聖力以外人前で使うなと言っていた割に、使う羽目になっている状況に、
少し疑問を感じたが、詠唱なしの私の魔力発動のお陰で気取られない事が
判明し、そしてそれが都合のいいことに気がついたらしい。
結果、神聖力以外の魔力も実質解禁になっていた。
* * * * * * *
宿泊先の部屋は可愛い作りだった。
シンプルなんだけど、アクセントに派手な柄のクッションやら、
天蓋カーテンやらで、お揃いに統一されている。
なんでも、地質を生かした砂風呂が名物であるらしい。
あとは、農作物が豊かになれば、もっと発展しそう。
宿のご主人も穏やかな人だし、いいなぁ…結構この村の雰囲気好きかも。
閑散とした砂漠に囲まれているが、
ここだけは、人々が営む脈打つ正にオアシスだった。
便利な物に囲まれて生活していた私は、
生きている感覚をどこかで忘れていたような気がしていた。
生きていて当然の守られた世界。
魔法が存在しているけど、少し不自由なこの世界の方が、
不思議と生を実感できている気がする。
「土魔法と水魔法…火魔法…風魔法…闇魔法…光魔法……
うーん…全部試してみるか…
光魔法はやっぱ浄化だけだし…あ、最後に祝福として施すとして…
火で野焼きして…水で潤して…風で植物の胞子を運んで…土魔法で育成増進…
闇は…今回はいいか…土を落ち着かせるのに役に立ちそうだけど…
土台さえを整えれば、この勤勉な村民達が後はどうにかするだろうし…
うん…やってみよう!」
ぶつぶつと対策を考えながら、私はお風呂を済ませ、
ゴロリとベットで寝そべり目を瞑った。
そして、コンコンとノックされ、ガバッと足を振り上げて起きあがる。
そうだった。グレンさんと一緒に寝るんだった!
「すまない…遅くなった。会議が長引いた」
「ううん。遅くまでお疲れさま」
「髪が、濡れている」
「あ、うん。お風呂あがったばかりで…グレンさんも入る?」
「そうだね、もうこんな時間だし入るよ。
サトミ、眠かったら先に寝てていいからね」
相変わらず清い関係のままだったが、
宿に宿泊時は、私たちは同じ部屋で過ごすようにしていた。
頭をタオルでゴシゴシしながら、彼を見る。
自分の小さなトランクを部屋の隅に置いて、彼は浴室へ入っていった。
グレンさんはじめ、騎士はみな荷物が少ない。
必要最低限の物しか持たない。そんな、職業なのだ。
彼を失いたくない。
あの小さなトランクを見るたび、私の心は小さくざわめいてしまう。
ああ…どうか…
少しでも長く…
最後の一瞬まで…
彼の側に、いられますように。
カチャリ
「……サトミ?………眠ってしまったか…
ふふっ…お休み…お姫様」
時折、彼女は何処か遠くを見るような瞳をする。
あれは、前の世界を思い出しているのだ。
そして、あろうことか拠り所であった、過去の記憶が消えゆくという
謎の現象が彼女の苦しみに拍車を掛けている。
明るく振る舞う笑顔の裏で、時折深淵に沈むような瞳をする彼女に、
俺はあまりにも力不足で己の無力さに歯がゆいばかり。
今にも泣き出しそうな…あの耐えた笑顔を見るたびに…
そのまま彼女の姿が、フッと消え入るような恐怖に襲われ背筋が寒くなる。
やはり本心では帰りたいのだろうか…そう思うたび胸がツキリと痛む。
こうして、彼女を抱きしめて眠っても、
これから先も、その不安は決して消えてはくれないのだろう。
* * * * * * *
「…グレンさん……グレンさ~ん…」
「…ん………サトミ?」
「お、おはよ…あの…動けない…」
「あっ…すまない。また、こんな風にしてしまったか…」
「…いや、いいん、だけど…」
「腕にすっぽり収まるから、つい抱きしめやすくて…ごめん」
「あははははっ。私グレンさんにとって、抱き枕として丁度いいんだね。
ふふふっ」
「………………」
「ちょっ…なんで、また抱きしめっ…苦しいってぇっ!」
目覚めのじゃれ合いから始まり、私は今日も生を実感する。
「おはよう、サトミ…」
「おはよう、グレンさん」
良かった。
今日もグレンさんと、一緒に生きられる。
* * * * * * *
「これは…一体何をなさったのですか?土が…土が輝いている!」
砂漠の村の村長、ハムル・ザグレブは、8歳の息子を共なって、
正装の白と金色の糸の刺繍を施された清楚なヌリーを被って、
歓喜の声をあげる。隣の息子も、目をキラキラと瞬かせている。
「土をリセットして農作物を育てやすい土に作り替え、phを定着させました」
火と水と風と土魔法、神聖力で祝福を駆使して、
最後に闇魔法でphを定着させたのだ。私の全属性をフル活用である。
「それは…すごい…ペーハーとは?」
「水素イオ……え~と…土の成分のような物です…栄養を吸収しやすい、
弱アルカリ性に保つためph6.0~6.5に停滞させる、闇…魔法を使いました」
「…なんというか…そんな知識聞いたこともないです…
聖女殿は博識なのですね」
「本の知識です。ここより範囲を広げたい場合は、
ここの土を他の土地に3割位の割合で混ぜてください。
それを繰り返せば、同じ土質になり、どんどん農作地が広げられます」
「なんですと?そんな…そんな事まで、出来るのですか?」
「はい。後は、根気よく作物を育ててください。
この不毛の大地を工夫して、ここまで住みやすくしている、
勤勉なこの村の方達ならば、豊かな土地になるでしょう」
「ありがとうございます…何と御礼を言えばいいか…
本当にありがとうござます!村民一同、心より感謝と敬意を申し上げます」
「今回は実験も兼ねているので、何か不都合や相談などありましたら、
私セオドアまでお願いします」
「…なるほど…凄い事しましたね。
魔法だけに頼らず、己の知識もミックスして、このような砂質を腐葉土に
変化させるとは…素晴らしいの一言です!!」
「ステラ師団長には、私が何をしたのかバレてしまいますね…ふふっ」
「ええ、これなら作物も育つでしょう!
この土地が生まれ変わるのが楽しみです」
試しにジャガイモの成長を促してみたが、問題なかった。
でも、平民は魔法を所有している人は少ないし、ずっと私が手助け出来る
わけではない。魔法なしの手作業で育つように施す加減が難しかった。
でも、魔法って便利。あっという間に土を変えてしまえるのだもの。
その夜、歓迎会に呼ばれ村長の邸宅に招待された。
庭も開放して、村民も多く参加し料理や酒を持ち込み賑やかな晩餐になった。
遮蔽物がない分、夜空がよく見えて、星に囲まれた天然のプラネタリウムが
息を飲むほど美しかった。
この村では、畜産は暑さに強い山羊を中心に飼育しており、
山羊のミルクや肉を使った料理、チーズ、山羊乳が名物だ。
主食はジャガイモが多く、パンの原料の麦は輸入に頼っている。
でも、これからは、自分の村で麦も栽培できると皆大喜びだった。
土地が豊かになれば、もっと沢山の農作物や畜産が実現出来る。
「とても素敵な村だと思います。私、今まで浄化の遠征で
色々な村を見てきましたが、この村の雰囲気が好きです」
「それは…光栄です。ぜひ、またいらして下さい。歓迎します」
「はい、また伺います。土地と農作物の経過もみたいですから」
「お待ちしてます!それまでに、もっと豊かにしますよ」
「ふふっ楽しみです。…それとヌリーの柄は、この村独自の物なのですか?
凄く洗練された美しさで素敵ですね」
「それはそれは、お気に召しましたか!
ええ、この環境で少しでも気分を明るくしようと工夫した、
先人達の知恵なのです」
「素敵ですね。暑い季節に通気性が良いし、デザインもいいので、
服も何着か買って帰ろうかと思ってるんです」
「サンダルも可愛いデザインがありますので、お薦めです。
砂が入ってもすぐ出せる設計なので、ビーチにも向いております」
「ホントですか?サンダルも見てみます。
そういえば、小物も可愛いですよね?私カバンも欲しくて…」
「ああ、それならお薦めの店があります。店主には話を通しておきますので、
ぜひ、プレゼントさせてください。噴水広場の前の~……」
「サトミさんと領主が、話し弾んでますね…まあ、大丈夫か…
あの領主、腹黒とは無縁のお人好しだし…」
「領主の息子が、ずっと隣でサトミ様をガン見してますが…
大丈夫でしょうか?」
「まだ8歳位だと思うけど、あのガキ…色気付いてるなぁ…
まあ、綺麗な人は何歳だろうと好かれる運命なので仕方ないのでは?」
「サトミ、こっちの料理食べてみたかい?美味しいよ」
「ううん、まだ。ありがとう、グレンさん」
「あ、グレン団長が、大人げない横やりを入れに行きました」
「はははははっ」
みんな気取らない人達ばかりで、過ごしやすかったし馴染みやすい村だった。
いいなぁ…もし、北の辺境に住めなくなったら、この村に移住したい。
本編と関係ありませんが、作者はただ今歯医者に通っています。そして、正しい歯磨きの仕方をスパルタで歯科衛生師さんに叩き込まれ、すっかり歯磨き好きになりました。歯茎が気持ちいい♪(^皿^)




