領主の娘の呪い
「では、魔力を流します…
体が辛かったりしたら、すぐ声をかけてください」
ベットの上で青い顔で力無く横たわり、私に手を預けている、
綺麗な茶色の長いウェーブ髪の少女は、無言で頷いた。
グリーンの瞳が美しい…いかにも、深窓のご令嬢という雰囲気だった。
神聖力を指先から彼女の体に流す。
体が金色にふわりと輝く。
美しい瞳を瞬かせ、私をじっと見ていた。
指先にウネウネとした黒い物が、蛇のように身動ぎして抵抗している。
これ、闇魔法の………呪いだ。
誰かに恨まれ、知らぬ内になんらかの方法で
呪いに触れさせられたのだろう。
この呪いのせいで、徐々に精気を奪われ…弱っていったのだ…
その黒いウネウネを掴み、握り潰す。
断末魔の悲鳴を上げて、煙のように消えて無くなった。
これは…どう、説明すればいいのだろう…
呪いをかけた相手を解明しないと、また呪われる可能性がある。
今は、これで解除された。
そして、呪いは…呪った本人に返っているはず。
「体の具合は、どうですか?」
「凄く…軽いですっ……痛みもありませんっ、
あああっ…ありがとうございますっ‼︎」
「もう大丈夫ですよ。長い間、よくお耐えになりましたね」
「セディア…」
「父上…私…私っ…治りました!」
「おおお…感謝いたします。聖女様‼︎ 」
チラリとステラ様を見ると彼も気がついていた。
頷いて、私に目配せすると1歩前に出て口を開く。
「良かったですね。これで皆と変わらない生活が出来ますよ。
ところで、お喜びの所に水を差すようで、少々申し訳ないのですが…
これは、病ではありません」
「…は?」
「私と聖女殿には見えています。そうですね?聖女殿」
「はい。呪いです。闇魔法の…」
「呪い?な、なぜそんなっ!」
「呪いをかけた者がいるはずです。
そして、呪いは浄化や解除されると呪った相手に返ります。
なぜ呪ったのかは、その相手にしか分からないですがね」
「今日から、急に原因不明で体調が悪くなる人がいると思います。
それが、ご令嬢を呪った犯人かと」
「なんて事だっ…呪いだなんて…医師が匙を投げるはずだ…」
「…父上…私…心当たりがありません…
でも、知らない内に…誰かを傷つけてしまったのでしょうか?」
「お前ほど美しくて心優しい娘はいない。呪うなどと…そんな馬鹿な事……
そうだな、きっと嫉妬だ…そうに決まっている!全く迷惑な話です!
そんな下らないことで、長い間娘は苦しめられたのですからっ!」
「まあまあ、真相はまだ分かりませんし、あまり気に病まないように。
逆恨みの可能性も充分ありますしね。
その犯人探しは、我々の管轄外ですので、あとは村の魔術師団に、
こちらで知りうる情報をお渡しします」
「あの…聖女様には…犯人は分からないのですか?」
「申し訳ありません。私も万能ではないので…」
私が謝罪すると、セオドア様が私の前に進み出て手を挙げて制す。
私を後ろに下がらせて、領主に向きなおった。
「魔術や呪いの痕跡を辿るのは、彼女の仕事ではありません。
何でも聖女殿に頼るのは、控えていただけますか?
それに先ほどステラ師団長より、管轄外とお伝えしたはずです。
ただでさえ、今回の治癒は特例なのですよ?」
「も、申し訳ありませんっ!
目の前で見事な奇跡を見てしまったので…つい…
失礼いたしましたっ…」
ああ…なるほど…こういう事か…
何でも軽々しく力を貸すと、おんぶに抱っこ状態になる。
皆に頼られ、お人好しにもどんどん力を貸して忙しくなり、
疲弊しながら、出来て当たり前、やって当たり前の状況に追いやられる。
そして、それが当然になり感謝も薄れて、やがて使い潰される。
もし、魔力が枯渇でもしようものなら、何かミスしよものなら、
役立たずとして全ての責任を負わされて断罪され、
切り捨てられる流れが、一瞬で見えた。
だから、レイさんは注意してくれたんだ。
優しさと甘さは違う。
自分を守るために、自分を安売りしない。
見極める判断が正しく出来ないのなら、苦手なら、周りに任せろと。
領主の何か物言いたそうな視線を感じるが、
気づかない振りして帰路につく。
あなたの可愛い娘かもしれないけど、グレンさんは渡さないから。
自分の大人げない苛立ちに、苦笑するが仕方ない。
グレンさんは、私がここで生きていく理由なのだから。
だから、
私から、これ以上奪わないでよ。
* * * * * * *
村の魔術師団に事の次第を提出する為に、
私とステラ様とセオドア様は、宿の一室で報告書を作成している。
「はあ…面倒な件に首突っ込んでしまいました」
「だから、断ればよかったんですよ!まったく…セオドア殿が欲を出すから!」
「仕方ないでしょう、ステラ師団長。周辺国の流通ルートがあるこの村で、
優位に確保できる権利をもぎ取る対価を得たんですから。
これは臣下としての私の仕事でもあるんですよ」
「あの…あの呪い…相当強くないですか?
それに闇魔法って、使い手が国内にいるのですか?」
「ああ、そうだね。呪い返し喰らって相手今苦しんでるじゃない?
もしかしたら、死んでるかもしれない。自業自得だけどさ。
秘密裏に隣国から仕入れている闇ルートがあるらしいのですよ。
呪い専門の闇魔法の使い手が隣国にいるのでしょう。
この機会にそのルートも潰さなければ…全く隣国には困ったものです」
「そうなんですね…。
ご令嬢大丈夫でしょうか…身体は治りましたが、
恨まれて呪われるなんて…精神的に辛いと思います」
「大丈夫ですよ。そこまで、こちらが踏み込む必要はない。
ご希望通り治りましたし。それに、もし、あの一家の醜聞が関係していたら、
私達に知られたくないだろうし、探られたくないでしょう?
あとは向こうの問題ですよ」
「あ…なるほど…そうですね。無粋でした」
「ほんと、あなたはお人好しですね。
あの時だって、領主の対応なんてしなくてもいいのに、謝罪までするし…
あれ以上相手させたら、向こうのペースに飲まれそうだったので、
遮りましたがね」
「すいません…」
「彼女は貴族じゃない。駆け引きなんて無理だって。
だから、セオドア文官殿がいるんでしょう?」
「そうですね。事前に注意するべきでした。
今後はアドリブの対応はしないで下さい。私が全て対応しますから。
その方が、サトミ様も気が楽でしょう?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「でも、あのご令嬢、結構いい性格してると思うよ?
サトミさんが治癒してる時、チラチラ護衛のグレン団長に色目使ってたし、
案外悪行で呪われたのかもしれないよ?」
「え…私、全然気が付きませんでした」
「報われない恋をしている女は、感情的で成り振りかまわなくなりますからね。
もう接触してこないと思いますが、念のために早めに出立しますか」
「ええ、さっさと報告書提出して去りましょう」
凄いな…この2人…
何歩も先を読んで行動している。
私は…優しさと甘さをはき違えて…間違えた対応をする所だった。
そうか…私が毛嫌いしていた、
あの感情が読めない表情は、駆け引きにやっぱり有効なんだ。
賢く友好的に対話をするって難しい。
詐欺師みたいで嫌だったけど、私みたいなバカ正直は利用されちゃうんだ。
今度から貴族への態度を改めよう。
* * * * * * *
「おはようございます」
「おはよう、サトミ」
「…あれ?ステラ様とセオドア様は?」
「来客があって、今宿の応接室で対応中」
「来客…?」
「ほら、サトミが、治癒した領主とその娘だよ」
「え…」
「あいつらに任せとけばいい。サトミ、ほら座って。
朝食取ってくるから」
「う、うん。ありがとうグレンさん」
朝食を食べに宿の食堂に行ったら、
どうやら領主親子が訪ねてきて、その対応をあの二人がしてくれてるらしい。
何だろう…治癒に何か不手際があったとか?
それとも呪った相手が分かった?また新たな依頼?
私は、少し気にしながら朝食をもそもそ食べた。
「団長、俺出発前に野営用の食材追加で、町に買い出しに行ってきます。
みんな騎乗中に干し肉食いたいって言ってるし…」
「アレンくんが、行くの?」
「うん。他に荷物持ち新兵5人つれていくけど…」
「わ、私も行っていい?市場見たい」
「俺はいいけど…いいですか?団長」
「…まあ、いいだろう。俺はこれから出立準備があって同行できないが…
この村は治安も悪くないし…ただ、彼女から離れるなよ?」
「大丈夫です、了解しました!じゃあ、30分後に宿の玄関でね!サトミさん!」
「うんっ」
私はフード付きのローブを身につけて、髪の色を隠した。
そして、町の中心街の市場で干し肉を大量に購入しに出発。
温泉の村よりは規模は小さいが、それなりに栄えているようだった。
貿易ルートだとセオドア様が言っていただけあって、
食材の種類は豊富で、衣服も種類が多く価格も控えめだった。
「うわー干し肉、箱で買うんだ」
「うん、全然足りないからさ…
騎乗してる時って正直暇だし、干し肉口に入れて動かしてた方が、
眠気覚ましにもいいんだよ。おーい、荷物持ち!」
「凄い量…」
「サトミさん、何か欲しい食材ある?」
「……あ、キャベツでっかい!巨大ロールキャベツ作れるじゃん‼︎」
「ロールキャベツ?ああっ、あれかぁ。味がしみて美味いよね。
食べたいなぁ…」
「私も食べたい。野営の時に作ろうか?」
「いくついる?」
「とりあえず10玉」
「ぎゃあ、もう持てません!アレンさん」
「気合いだ、気合い!」
「無茶言わないでください!」
「私も持つからっ」
「サトミさんは駄目!」
「何でよっ‼︎」
「おーい、荷車貸すよー。そこのご一行様〜」
店主が荷車を貸し出してくれて、一件落着した。
何とか買い終え宿に戻ったら、もう馬車で出発する準備が整っていた。
保存魔法をかけて荷馬車に食材を積み込み、荷車を市場へ返却して、
自分の部屋に急いで荷物を取りに行く。
「あっ、グレンさん。ただいまっ」
「お帰り。そんなに慌てなくても大丈夫だよ。
荷馬車は、早めに準備してるだけだから」
「うん…グレンさんは、もう準備した?」
「ああ。手伝うよ」
チェックアウトまで、まだ2時間ほどあったからゆっくり荷造りした。
荷物を持って宿の玄関に行くと、
ステラ様とセオドア様が、誰かを見送っている風に立っている。
そういえば来客対応してたんだった。私とグレンさんに気づいて向き直る。
「ああ、もう出発の時間ですね。我々も準備をしなくては…」
「大丈夫でした?あの領主様と娘さん何か…」
「ええ。大丈夫です。お気になさらず。
娘さんも、すっかり元気になって普通に歩いてました」
「まあ、思った通りのあばずれだったけどね~」
「ちょっと、ステラ師団長!」
「え?…あ、あばずれ?」
「ほら、見て。こんなの御礼にって寄越してきたんだよ。
もう俺が無効化したけどね」
「……何ですか?これ…」
「香り袋。中身は乾燥させた花が入ってる。貴族令嬢が良く作るんだよ」
「可愛い袋ですね、ほのかに香りもします…」
「中身は全然っ可愛くない!」
「…魔力が、込められていたのか?」
「正解。さっすがグレン団長。これがさぁ、とんでもなくって…」
「ちょっと!ステラ師団長、この2人には言わない方がいいって
言ってたくせに、何バラしてるんですか!」
「言っておいた方がいいかなって…特にサトミさん無防備だし、
こういうの簡単に喰らいそうじゃない、この人」
「まあ、それも、そうですね。確かに…
では、説明をお願いします。ステラ師団長殿」
「ええ?何なんですか?…遠回しに私の事バカにしてますよね?」
「じゃあ、説明しますねー。これ、まじないに近い魔力なんだけど、
こっちは特定の相手に掛ける、魅了の魔法。
こっちは広範囲で他人から嫌われる、孤立の魔法。
魅了はグレン団長宛。孤立はサトミさん宛て。さて、どう思います?」
「……………」
「……は?」
「あの領主の娘が、持ってきたんですよ。御礼にって」
「……効果は?」
「ずっと、サトミさん無言ですけど大丈夫ですか?
分かったでしょ?こういう娘なんだよ。呪われたのも逆恨みじゃないかもね。
効果は…まあ、相手の精神が弱っている時に影響でるかな?
って感じのゴミな魔力ですがねぇ」
「私…何かしました?」
「いいえ。グレン団長の婚約者だからでしょ。ただの嫉妬と逆恨みです。
凄いよねー。呪い解除してあげた人に、平気でこういう事してくるんだから」
「ステラ師団長がすぐに気づいて、指摘したら泣いて否定してました。
知らなかったとか、バカ女が…んんっ…失礼…
まあ、無知であんな特殊な魔力なんか、わざわざ掛けられないです。
今まで甘やかされて、泣けば許される被害者根性が、
染みついてるようですね」
「もう、この村には来ない。不愉快だ」
「グレンさん…」
「ええ、行きましょう。とっとと、こんな村はおさらばです!
この件は、しっかり国王陛下にも報告しますので、
彼等には、なんらかの処罰がくだされるでしょう」
信じられない…
私…あの人に何もしてないよね?
あんな涙ぐんで、すがるような可愛い笑顔で御礼を言ったくせに…
裏では、こういう最悪な事企んでたんだ…こわ。
グレンさんが好きなのは、別にいいけど…
そんな事してまで、手に入れたいものなの?
思い人を排除して、自分を相手が好きになるのか分からないのに。
現にこうやってバレて、尚更嫌われてるし。
何か感情だけで、先の事を何も考えてなくない?
好きな人に振り向いて貰えないのは、辛いし、苦しい。
でも、その相手の思い人に害をなすのは違う。
八つ当たりもいいとこだ。
そんな無駄な事に情熱を燃やすより、さっさと諦めて、
自分が幸せになる方法を探せばいいのに。
ガタガタと揺れる馬車から、遠くなる村を眺め、
虚しさと、割り切れ無さを抱えながら、
いい事をしても、全てにおいて感謝される訳じゃない事、
人を選ばなければならない事を心に刻み、ぼんやりしていた。
コンコン
「サトミ、俺の馬に相乗りしよう」
グレンさんが、私が気落ちしているのを感じ取って、相乗りに誘ってくれた。
少し寒いからと、ブランケットをエリカさんに渡され私は馬に同乗した。
「遠征に、ユキを連れてきたかったなぁ…」
「あの子は、他の馬といると落ち着かない所があるからな。
まだ調教が必要だから仕方ない。それとも、俺との相乗りは嫌?」
「え?違うよ。そんなつもりで言ったんじゃないの……」
「サトミ」
「だから、嫌じゃないって…」
「さっきの事だが…君が気に病むことはない」
「うん…」
「理由はどうあれ、サトミの善意を仇で返す阿呆な輩もいる。
だから、セオドア文官がいるし俺達もいる」
「うん…ありがとう。分かってるの。
みんなが守ってくれて感謝してるし、安心してる。
全ての人に好かれるのは、不可能なのは分かってる。
でも…あえて悪意をぶつけて絡んでくる人の気持ちが分からなくて。
モヤモヤして…気持ち悪いっていうか…時間が経てば忘れると思うけど…」
「そんなの分からなくていい。今回のこれは、完全に向こうの有責だ。
何をどうしたら、こんな恥知らずな行為ができるのか…
それに、相手の気持ちを無視した、独りよがりの恋情の暴走など
迷惑も甚だしい。君が気に止む価値もない連中だ」
彼は、あんな領主の娘のバカ女など気にするなと、
遠回しに言っているのだ。
「ふふっ…うん。ありがとうグレンさん…」
せっかく懐かしい桜のような綺麗な花が咲き誇る街なのに、
あの領主親子のせいで、あまり綺麗に見えなくなってしまった。
彼の背中に腕を回して、抱きついて顔を埋めると、
グレンさんは私が寝ると思ったのか、抱き直して体勢を整える。
そして、私はまたいつの間にか、彼の腕の中でグースカ眠ってしまっていた。
「……ミ……サトミ?」
「ん…あっ!ごめんなさいっ!私眠って…」
「ふふっ。おはようお姫様。ごめんね起こして」
「…休憩?」
「いや、今日はここで野営だ」
「あ、そうなんだ」
一眠りして彼の優しさに抱かれ、
私は、あれほど思い悩んでいたモヤモヤなど、もうどうでも良くなっていた。




