温泉と桜
領主は、バークレー・ガレリアと名乗った。
国王陛下に似て、穏やかそうな人柄が雰囲気で分かる。
あの王族特有のはりついた笑顔ではない、自然な微笑み、
貴族らしくない、駆け引きのない率直さ。
隣に立つ可愛らしい奥様は、この村出身の平民だそうで、
それも彼の雰囲気が違う要因なのかもしれない。
私が土地の浄化を終わらせると、
目を瞬きながら、感動したように惚けていた。
「なんと…美しい光だ…ああ、花まで咲いて…感謝する。聖女殿」
「いいえ、こちらこそ温泉施設の貸切の件、お礼を申し上げます。
素晴らしい景色と広い温泉で…お陰様で皆の疲れも癒えました」
「いやいや、当然の事です。ここは環境に恵まれていますからね。
お役に立って良かった。まだまだ浄化の遠征も続くのでしょう?
残りの期間も、ごゆるりとお過ごしください」
「はい、ありがとうございます」
この村は最初の村より随分大きかったが、村人達と交流は特には無かった。
その変わり、観光名所に赴き、思いっきり温泉につかり、
詮索も干渉もされず、思う存分体休める事が出来た。
最終日にグレンさんと私で、あの大きな温泉に入りに行くと、
先客のエリカさんが、ぼんやりと過ごしていた。
「この温泉も、今日で最後かぁ…」
「名残惜しいな。今度は個人的に来ればいい」
「うん。そんなに遠くないしね」
「馬なら片道1日以内で来れる距離だからな…」
「うん、今度一緒に来ようね!グレンさん」
「うん」
「ふぅわぁ~~、温泉入りまくりましたぁ!」
「エリカさん、ツヤツヤだね…」
「ふふふふっ!天国でございましたぁ〜!」
浄化の仕事も無事終え、温泉療養を堪能した私達は、
領主他、村民達に見送られ村を後にした。
「いい村でしたねぇ…」
「うん。ゆっくり出来て良かった」
「サトミ様も、グレン団長とゆっくり過ごせたみたいですし、
顔色も良くなったので、安心しました」
「えっ…」
「そんな、照れることないですよぉ。
何か周りに遠慮してるみたいですけど、恋人同士なんですから、
もっとイチャついてもいいんですよ?誰も何とも思いませんしぃ」
「え~…いや、その…」
「野営以外の宿泊の夜はグレン団長と一緒に寝たらどうですか?
その方が、護衛の意味も込めて安全ですし…
一緒に寝るのは婚約者同士ですから当然です」
「ん~…考えてみる…」
「宿の料理、食材が肉や高級きのこで豪華だったんですけど…
味付けが少し残念でしたねぇ。
サトミ様の料理になれて、舌が肥えた弊害でしょうか…」
コンコン
馬車のドアが、ノックされる。
覗き窓から確認すると、馬で併走しているグレンさんだった。
「グレンさん?どうしたの?」
「馬車、飽きてないか?」
「あー、うん。少し…」
「俺の馬に、相乗りしようか?」
「えっ!」
「いいじゃないですか!今日天気もいいですし!気持ちいいですよぉ!」
返事する前に、エリカさんにずいずい押され、
グレンさんの馬に相乗りする事になった。
「君が返事する間もなく乗せられたけど、良かった?」
「うん。乗りたかったんだけど
エリカさんに先に返事されちゃったね。ふふっ」
「もうすぐ、大きな運河が見えてくる。
景色もいいし、河からの風が気持ちいいんだ。
川沿いに植えてある樹木の花が見事でね。君に直に見て欲しくて…」
「ほんと?楽しみ」
しばらく風を頬に受けながら、進んでいると開けた道に出て河に突き当たった。
その川沿いの並木道を進むらしいが、ズラッと並んで植えてある樹木を見て
私は驚愕した。
桜だった。
それも、染井吉野とそっくりな。
「綺麗…これ…なんて花なの?」
「綺麗だろう?ちょうど見ごろで良かったよ。
これは、アルラという花だ。花が終わると赤い果実がついて、
美味しいんだ」
「そうなの?食べてみたい。どんな味するの?」
「ベリーに近いかな…君が良く作るパンの付け合わせの
ジャムにいいかもしれない」
「北の辺境で、手に入る?」
「いや、ないな。欲しいなら取り寄せればいい」
「うん。……ありがとう。ここに連れ出してくれて」
アルラの淡いピンク色の花々を背にして、微笑んだ彼女は美しかった。
この花がサトミは良く似合う。
可憐で優しく、ふんわりした控えめな美しさは、彼女そのものだった。
* * * * * * *
「今日は、宿に泊まれるの?」
「ああ、この村は浄化の必要がないから宿泊だけだ」
「あの花…アルラの花が至る所にあるんですね。
村全体がピンク色で綺麗」
「グレン団長…ちょっといいか?」
「レイどうした?」
「この村の領主が話があるそうだ。
さっき領主の使いの侍従が来て責任者に会いたいと。
ここで仕事はない筈だが…」
「分かった。俺とセオドア殿とで対応する。レイ、サトミを頼む」
「グレンさん…」
「大丈夫、話を聞くだけだ。先に宿に行って休むと良い」
「サトミさん、俺の馬においで」
「は、はい」
何だろう…
面倒な事じゃなければいいけど。
レイに引っ張り上げられ、馬に相乗りしながら、
グレンさんが向かった方向に顔を向ける。
「レイさん…あの…」
「心配しなくていい。大丈夫だよ。交渉上手なセオドア文官がいるし…
ただ、領主の子供が病気で伏せていると噂で聞いたから…
多分、その件かもなぁ」
「え…じゃあ私も行った方が、いいんじゃないですか?」
「駄目駄目。そんな気軽にホイホイ応じてたら、サトミさん使い潰されるよ。
何のために周りが君を守ってると思ってるの?」
「あっ…はい。子供って聞いて、つい…そうですね、すいません…」
「ごめん、責めてる訳じゃないんだ。謝らないで。
君が優しいのは分かってるよ。
でも、こういう時こそ、あいつらに交渉を任せた方がいい。
決して悪い取引はしないだろう」
私達はそのまま宿に到着して、食堂で食事を済ませ部屋でくつろいでいた。
グレンさんとセオドア様と別れてから、3時間後に彼等は遅れて
宿にやってきた。窓から彼が到着したのを見ていた私は、そわそわしたが、
まずは上層部と話し合ってからだろう。
それから1時間後に、私の部屋のドアがノックされた。
「夜遅くにゴメン…いいかな?」
「ううん。お疲れ様。夕飯は?」
「さっき宿の食堂で食べてきたよ」
彼は心配ないよと、言いたげな優しい微笑みを向けた。
ソファに座るとハァとため息を吐き、話し始めた。
「さっきの呼び出しの件…気になるんだろう?」
「うん…聞かせてくれる?」
大体レイ副団長が予想していた通りだった。
しかし、予想外の話しも耳にする事になる。
まずは、原因不明の病で伏せっている娘を聖女の神聖力で試して欲しい事。
急遽の仕事の依頼なので、その対価を決める話し合いが長引いてしまった。
そして、もうひとつが、娘が回復した暁には、
グレン団長に娘の夫になってくれないかというお願いだった。
私はピクリと肩に力が入った。
グレンさんは、すかさず私をなだめるように背中をさすった。
娘さんは、長い間寝たきりで貴族間の交流が持てなかったが成人している。
今更、年が近い貴族の婚約者を探すのも難しく、病もまだ不安だし、
爵位の低い貴族や平民に嫁がせるのは可哀想だ。
また、淑女教育の一環として、王宮の侍女等の奉仕活動の勤めも不安がある。
更に修道院に入れるには若すぎる。
そこで、白羽の矢が立ったのが独身で地位のある誠実な男のグレン団長。
王族の臣下といっても、社交が余り必要がないのも丁度良いと考えたのだろう。
だけど、騎士団員がいいのであれば他に独身者は腐るほどいる。
グレンさんにこだわる理由は、娘さんが以前から好きだったらしい。
なんでも、凱旋パレードでグレンさんを見初めて、
娘さんは一目惚れしてしまい、一途に思いを寄せていて、
ずっと病で苦しんでいた娘の恋心を叶えてやりたい、という親心のようだ。
まあ、騎士団の頂点の方だし、強いし、誠実な人だし、
見目もいいから、モテるのは仕方ない…
勿論、グレンさんは断った。
もう心に決めた女性と婚約していると。
しかも、その相手が治癒をお願いする聖女と分かり、
恩を仇で返すような提案に、領主は大変気まずそうにしていたそうだ。
「お断りしたから、心配しなくていい」
「うん…グレンさんは、領主の娘さんには会ったことあるの?」
「いや、顔も知らないし、名前も今日初めて知った」
「あ、なるほど。憧れてたんだね。格好いいもんグレンさん」
「俺を都合よく使おうとしてるだけだ。
それに、よく知らない相手に、そんな感情を抱けるのか不思議だよ」
「恋と愛とは違うから。その娘さんは恋をしてるんだよ」
「セオドア殿が交渉して、一応明日、領主邸で娘の様子を見て欲しいと
頼まれて、受ける形にはしたけど…」
「うん、分かった」
「すまない、不愉快だと思うが…」
「大丈夫、仕事だもの」
私は、申し訳なさそうに言うグレンさんに微笑んだ。
こればっかりは仕方ない。
今後もこんなの沢山あるだろうし、
不愉快になったり、嫉妬したり、不安になったりするだろう。
でも、グレンさんを信じているし、
私は思ったより落ち着いていた。




