君が好き
夜通し打ち上げは続いた。
エリカさんと食堂の調理係の人達を残業させる訳にはいかないから
彼らは帰して、私は一人で大量の唐揚げを作り続け、エールを配り、
食器の洗い物を繰り返し、いつの間にか眠っていた。
それは、他の団員達も同じで、至る所で彼等は寝そべって熟睡していた。
目を覚まして飛び込んで来た光景がコレ。
そして…何故か私は、
グレンさんにガッシリ抱きかかえられている。
騎士のマントを毛布変わりに掛けられ、まるで隠すように。
私、彼の太ももの上に思いっきり座ってるけど…足しびれてないのかしら…
寝顔が目の前だし…睫毛長いし…髪が乱れているし…美形だし…
お、起きてくれないかなぁ~……良く寝てるなぁ…
そういえば、こんな無防備な姿…初めて見るかも……
「……ん…」
「あっ…」
グレンさんが身じろぎして、私をギュウッと強く抱きしめる。
ぎゃあっ!力すごっ…流石騎士!
いや、ちょっと痛いかも…
「あ、あの…グレンさん…」
「…ん…ああ、おはよ…」
「お、おはようございます…」
「………………」
「………………」
しばし至近距離で見つめ合って沈黙。
どうやら、この状況をまだ把握出来ていないもよう。
「………あの…ちょっと…
腕の力を緩めて貰うと…助かるん…ですが~…」
「……え?…あっ!すまないっ!」
バッと両腕を上げて、慌てて腕を放す。
勢い有りすぎて、私の体はバランスを崩し体が傾き落ちかける。
それを見て、慌ててガシッと再び抱きかかえる。
「こっこれは……その…無体を働いた訳ではなくっ…」
「いえ…私も同罪です。謝らないでください。
こうなってる経緯の記憶がなくて…
それより、足痺れてませんか?私がずっと乗っかってたので…」
「いや、大丈夫だ。昨日、皆エールを飲み過ぎてたから、君が心配だったんだ…
ほら、騎士団は男ばかりだし…皆酔っていただろう?
気が付いたら君がカウンターで眠っていて…私室に運ぼうと抱き上げたんだ。
その途中で、他の団員に話しかけられて……そこから先覚えてないって事は…
俺もその辺で君を抱えたまま、眠ってしまったんだな……」
「そうだったんですね。ありがとうございます。
お陰で風邪ひかずにすみました」
「いや………はぁ…飲み過ぎたな…こんな醜態を…」
「ふふっ。私は、グレンさんの寝顔見れたから役得でしたよ?」
「俺も君の可愛い寝顔、バッチリ見たけどね…ははっ」
何だか、ずっと至近距離で私をガン見してるんですが…
この雰囲気はマズイのでは?
他の団員が起きたら、絶対イチャイチャしてる図に見える。
「君の瞳は…本当に綺麗だ…」
「…あ…え……あああありがと、ございます…
でも、私から見るとグレンさんのアイスシルバーの瞳は
宝石みたいに綺麗に見えますよ?」
「こんなに透明で澄んだ瞳を…俺は見たことがない…」
少し屈んでコツンとおでこ同士が当たる。
え…何か…顔近すぎない?
グレンさん、寝起きでぼんやりして理性がゆるんでるような…
「…おっと、他の連中も起き始めそうだな。部屋まで送ろう」
「え?あっはい。あの…私歩けます」
「いや、このままで。
疲れただろう?気も張っていただろうし、ずっと働き通しだった」
「で、でも…重くないですか?
グレンさんだって、ずっと働き通しだったじゃないですか」
「男の方が体力も筋力もある。こういう時は甘えるものだ」
これは、いくら言っても無理そうだったので、
大人しく抱きかかえられながら、私室に送って…いや運んでもらった。
そういえば…昨日のあの男は、顔が認識できなくて結局誰か分からなかった。
声の感じは覚えたし、今度会えば分かるだろう。
でも多分あの人は、ここの騎士団員ではない。
私は、この件は誰にも言うつもりはなかった。
何もなかったとはいえ、間違いなく心配掛けてしまうし、
あれほど1対1で、知らない人と向き合うなと言われたのを
思いっきり破ったし…でも、あれは不可抗力だけどね。
ひょいひょいと階段を上り私室の前まで来ると、そっと下ろされる。
ほんと、騎士ってタフだなぁ…
いくらこの世界の中で私が小柄だからって、体重50キロ以上あるのに。
「ありがとうございます」
「明日から1週間、特別休暇か出ているから、ゆっくりするといい」
「みんなも、ですか?」
「ああ、南の派遣や急遽討伐もあって忙しかったし特別手当だ」
「グレンさんは?」
「俺は状況報告があって再登城したりするから…
多分、今日と明日は少し働くね」
「そうなんですね…団長は忙しくて…大変ですね。
…あの試食は、いつできそうですか?」
「試食?ああ新メニューだったね」
「はい。最初にグレンさんに食べて欲しなぁって…ふふっ
自信作なんですっ!」
そういって、無防備に微笑む彼女は、
さらに幼くみえて本当に可愛いくて愛嬌があった。
計算がいっさい感じられない、自然体の笑顔。
心臓がドクリと大きく打つ。
俺を信用しきって、好意を示すこの瞳は、
どこまでも、まっすぐで美しい。
初めて合った時から、彼女の美しさには気が付いていた。
彼女に合うたびに目を奪われ、彼女の賢さや優しさを知るたびに魅了され、
自分の気持ちが変わっていくのに戸惑った。
鹿のように細くて長い手足、上品な色気を纏う細くて華奢な腰回り、
まっすぐで、さらりと動く黒髪、黒い瞳は心の鏡を映すように純粋だった。
一見、か弱そうで擁護欲がわくが、
実際は逞しく前向きで、自分の意見を持っている。
そして、誰に対しても変わらず接する平等な博愛主義。
気が強く傲慢な女性ばかりの
この世界の男共が、心惹かれるのも無理はないだろう。
昨夜打ち上げ中に団員の1人に言われたのだ。
「団長って、サトミさん好きなんですか?」
「ん?」
「その…任務で側にいるだけですか?」
「いいや。好ましく思っているが…」
「あ~そうっすか…やっぱり…そうなんですね」
「なぜ、そんな事を聞く?」
「俺、あんな可愛くて優しい子、初めてで…
だから、団長がサトミさんに対して何の感情もなければ…
その…告白しようと…」
「告白…」
「はい。でも、やめます。
サトミさんと団長が、両思いなら入る隙ないっすし…
無粋な真似したくないっす」
「…………」
「俺の他にも何人もいますよ。
本気でサトミさんに懸想してる団員」
迂闊だった。
彼女に惹かれているのは、自分だけではないのだ。
だから、気持ちが焦っていた。誰かに彼女に先に言われたくない。
他の誰かの隣で微笑む彼女を見ることになるなんて…気が狂いそうになる。
「…サトミさん」
「はい!」
「俺は……」
「はいっ」
「君が好きだ」
「は……?」
「だから、もし君が俺に対して少しでも…
そういう気持ちがあるなら、
その…伴侶候補として考えてくれないだろうか」
「…え…あの……一応確認ですが…酔って、ませんよね?」
「正気だ。俺は酒に強いし、酔っても理性は無くならない」
「分かり、ました……え~と…」
「嫌なら潔く諦める。
今まで通りの友人のような関係性で構わない。
だから、その、返事は急がないから…」
「わ、私もグレンさん、好きですっ‼︎ 初めて会った時から!」
「………え…」
「だ、だから!もっと、グレンさんの事知りたいし!
もっと仲良くなりたいです!」
「ありが…とう。俺もだ」
「いえ、こちらこそ…嬉しいです」
お互い俯き、顔が真っ赤になる。
そして、彼はおずおずと私の手を取りボソリと呟く。
「俺で…いいのだろうか?」
「グレンさんがいいです。…他の人は考えられません」
「俺も君以外は…いらない」
真っ直ぐな言葉。
ぎゅうっと、ますます強く握る手。
「その…昨日…打ち上げの時に団員達が…
サトミさんを凄く誉めていたんだ」
「え?は、はい…そうですか」
「優しくて強くて料理上手で、可愛くて…
君の夫になりたいと…口々に言っていた。
だから、誰かに取られそうで…その…
自分の気持ちを押さえられなくなった…」
あ、それで…
なるほど。ライバルがリアルで出てくると焦るもんなぁ。
只でさえ、この世界は女性が少ないから…
私みたいなのでも、好印象でモテモテなのか。
「私は誠実で、強くて優しくて不器用で、
団長としてみんなを統制する格好いいグレンさん大好きです」
嘘はいらない。
羞恥心はいらない。
こういう時は、照れずに意地を張らずに、素直に伝えるべきだ。
私は前の世界で、羞恥から余計な意地を張って拗らせたことがある。
結果別れてしまった。死ぬほど後悔した。大好きだったのに…
過去の後悔から学び、グレンさんに素直にそう伝えると、
彼の殺人級の嬉しそうな微笑みを真っ正面から見てしまい、
倒れそうになった。
「ありがとう、夢みたいだ。……夢じゃ、ないよな?」
「あははっ!違いますよ!」
「じゃあ、その…おやすみ」
「はい、おやすみなさいっ!」
「…サトミさん…」
「はい?」
彼は、私の手を引き寄せ抱きしめた。
そうか…私達はもう…そういう関係になったんだ。
うわぁ…そうか…そうだよね…
彼の背中に腕を回し、少し力を入れて抱きついた。
私の体はすっぽり彼の腕の中に納まった。
こんな風に密着すると良く分かる、凄く逞しい体。
過酷な環境で、命がけで魔獣と戦って来た人の激戦の結晶…
そう思った途端、愛しい人の役割に一抹の不安を覚えた。
絶対に死なせない…絶対…
この人だけは…失いたくない。
新メニューは、明後日試食してもらう約束をして私達は別れた。
ベットに入り、ぼんやりする頭で2度寝に入る。
そうか…私とグレンさん、恋人同士になったんだ…
何となく彼からの好意は感じていたが、
最初に保護した責任感から任務として、不遇な私の立場に同情して、
そういう感情で対応してくれているのだろうと、ぼんやり考えていた。
だから…なるべく、のぼせ上がらないように、彼への思いを押さえていた。
でも…私の事…好きだって…
嬉しい…
嘘みたい…
どうしよう…
いや、どうしようじゃないだろ。
覚悟を決めて、ちゃんと向き合うんだ。
グレンさんとの未来を。
ここで、生きていく覚悟を。




